第17話 愛情を掛けて育てる
翌朝、望月が出勤すると、灰原は足早に彼に近づいてきて、昨日の報告の不備を詫びてきた。
望月は、昨日届けられた手紙が実は脅迫状であったという事を、今までの経緯と共に詳しく説明し、シュレッダー処理された封筒の追跡調査をするよう灰原に伝えた。
その封筒から投函者の痕跡が残っていないかを調べる為に重要である事も伝えたのだが、その日の午後の灰原からの報告は、やはり回収が難しい状況だという残念な結果だけだった。
前日の夕方に清掃業者がシュレッダーのゴミ袋を回収してしまい、既に地下のゴミ置き場にまとめられていたのである。
社内全てのシュレッダー処理されたゴミの量はとても膨大で、その中から秘書課の分を発見する事は不可能に近いとの報告であった。
こうして、今回の脅迫状から分かった事は、
・一通目の脅迫状と同じ字体・プリンターを利用して作成されている。
・投函者を特定できる指紋がやはり無い。
とまたしても非常に情報が少ない状況となってしまっていた。
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夕方、太陽が少しづつ朱色に変わり、日差しが少し弱くなってくると犬飼は庭の手入れを始めた。
「警護初日は、まだ昼の暑い時刻に水やりをすると思って驚いていたのですが、やはり普段はこの時刻にするのですね。」
ホースのシャワーで一本づつ根本付近に丁寧に水やりをしていた犬飼に、姫子が話しかけた。
「そうですね。
あの日は、夕方からスイミングがありましたから、むしろそっちの水やりの時間の方が異例でした。」
犬飼が作業をしながら答えた。
「という事は、夕方の犬達のお散歩も普段はしていないのですね。」
庭でくつろぐ二匹の犬を見ながら姫子が言った。
「はい、そうです。この子達の散歩は、一日一回。それも通常は朝だけなんです。
いつもは、出勤前に自宅近くで先にしてきています。もしもこちらでするとなると、この近所は歩道が少なめで、この子達も車が来る度に慌ててしまいますからね。
そもそも散歩に限らず、お嬢様が家にいる時には、私は外出をしないようにしています。
それはお嬢様に何かがあった時に、お嬢様がすぐに自分の事を呼べる場所に常にいたいからです。」
少し遠くを見つめた犬飼は、話を続けた。
「奥様が『愛情を掛けて大切にすれば、かけた分だけ子供は幸せを実感できる。子供時代はアッという間に終わってしまうから、いつでも最優先にしてあげたい。』とおっしゃっていました。
私は、ご両親には到底及びませんが、お嬢様に出来るだけ寂しい思いをさせないようにしたいと心がけて仕事をしています。」
「犬飼さん、バラも大切に育てれば美しい花を咲かせます。
ですが、水やりや栄養の量に気を付けないと、かえって病気になったり、枯れてしまったりもしますよね。
どんな生き物も、その生き方に合った正しい育て方が必要ですよね。
奥様の大切にするという言葉は、ただ甘やかすという意味で話されていたのではないと思いますよ。」
姫子は、犬飼の目をしっかりと見ながら話した。
「おっしゃる通りだと思います。
姫子さんは探偵さんと伺いましたが、とてもよい教育者でもあるんですね。」
犬飼も姫子を見ながら静かに答えた。
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