第16話 二通目の脅迫状

 いつものように夜遅くなってから望月が帰宅した。

 そして犬飼や青野から、その日の報告を受けながら机の上に置かれた郵便物や書類に目を通していた。


 ふいに望月が険しい顔になり一通の封筒を取り上げた。


 「望月会長へ」とだけ表に書かれたその封筒を開け、折りたたまれた中の紙を開き中を一目見た彼は、それをそのまま青野の方に見せるように差し出した。



  『危険が迫る』


そこには、以前の脅迫状と同じような文字で書かれた短い一文が記されていた。



 「これは、今日の郵便受けに届いた物なのかな?」

 厳しい声で望月が青野にたずねてきた。


 「いいえ、違います。

 下飼さんが見せてくれた今日の郵便物に、そのような封筒はありませんでした。


 ただすみませんでした。

 日中向村さんがいらした時に、会社からお持ちになった荷物については、事前に確認をしませんでした。」

 青野がすっかり恐縮しながら答えていた。




 「向村君、遅い時間に申し訳ない。


 君は、今日私の部屋に『望月会長へ』とだけ書かれた封筒を届けたかどうか覚えているかな?」

 青野の回答を聞き、望月がすぐにそのまま向村に電話を掛け始めた。


 脅迫状が届いたという緊急事態ではあったが、その口調は、向村には伝わらないように努めて穏やかにされていた。


 「はい、会長。確かにその手紙をお持ちしました。


 すみませんでした。そちらは、今朝『宛名不完全で配達できません』と印を押されてこちらに戻って来た式典の招待状の封筒に、どうやら誤って一緒に入れられてしまっていた郵便物です。


 戻って来た封筒の中から発見された時、私が灰原さんに相談して、そちらにお持ちするよう指示をいただきました。」


 普通に届いた郵便物ではなく特別な状況にあった封筒の事でもあり、覚えていた向村は、すぐに答えてきた。


 「ありがとう。では、後の詳細については灰原君から確認するよ。

 遅くにすまなかったね。お疲れ様。」


 「はい、お疲れ様です。」

 望月が電話を切り、向村との話が終わった。




 「灰原君、夜分に申し訳ない。


君がこちらに届けるように指示をした『望月会長へ』と書かれた封筒について幾つか確認したいのだが、少し時間をもらってもいいかな。」

望月が続けてすぐに灰原へと電話を掛けた。先程の向村への電話と同じように、やはり穏やかな口調を心がけていた。


 「はい、会長。」

 すぐに灰原が答えた。


 「まず、この郵便物が入れられて戻って来た封筒や、中に一緒に入っていた式典の招待状はどのように処理したのかな。」


 「招待状は、同じ内容の物をもう一セット作りました。

そして、郵便物に書かれた住所の企業と名前の企業のそれぞれに勤務時間中に速達で送付しました。

 戻って来た封筒は、恐らく普通にシュレッダー処理されているはずです。」

灰原は、早口に答えていた。



 そもそも『宛名不完全で配達できません』と押印された封筒とは、封筒に書かれた住所と、宛名の企業名が一致していない郵便物のことであった。


 郵便局では、その封筒を見ただけではどちらが正しい配達先なのかの判断ができなかったため、配達不可能と判断した。

 だから郵便局の対応は、その封筒の送り先として後書きに記されていた秘書課への返送処理をしたのであった。



 そしてこの押印されて戻ってきた封筒の報告を受けた灰原は、先日秘書課の者数名で行った招待状の発送作業中に、誰かが招待客名簿の転記ミスをした為に起きた郵便事故だと判断した。


 そこで灰原は、招待状の連絡が取引先企業に届かない事態を避ける為に、どちらかが重複して届く事になる可能性もあったが、住所の企業と宛名の企業の双方に招待状の再送をする事を決め、対応したのだった。



 「そうか、郵便事故の処理を迅速に行った事はわかった。


  では次に、なぜ手紙を自宅に届けさせたのかね?

  それは私が帰宅後にこの郵便物を見るように対処したということだね。」

  望月は、灰原が怠った自分への報告義務を即座に指摘した。


 「…申し訳ありませんでした。


 招待状の中に誤って同封されてしまっていた郵便物と説明を受けた封筒でしたので、もう会長が読んでいなければいけない内容であった事を危惧いたしました。


 それを向村君達が誤って招待状と一緒に発送してしまっていたのかと考えたら、とても会社でお渡しする気にはなれず、結局ご自宅の方にお届けするよう指示しました…。」


慌てていい訳で何かを取り繕おうとしている灰原に、望月は静かに言った。


「そうか、わかった。」


 そう望月が答えると、灰原はそのまま電話を切った。

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