第14話 運転手
夜も遅い時間。望月氏の帰宅予定時刻が近づいたので、青野と姫子は駐車場の近くで待機していた。車田は、望月氏の送迎後に何も無ければ、いつもすぐにそのまま帰宅していると犬飼から聞いた二人は、出来れば今日中に彼から話を聞きたいと思ったからであった。
「遅くまでお疲れ様。」
降車してきた望月が、二人の姿を見つけて声をかけてきた。
「お疲れ様です、望月会長。
遅い時刻にすみません。もしよろしければ今からお時間を頂いて、車田さんから話を聞いてもよろしいでしょうか?」
青野が思わず姿勢を正しながら望月に聞いた。
「車田、今から時間はあるか?」
姫子達に答える前に、望月氏はまず車田に確認をしていた。
「はい大丈夫です、会長。
本日もお疲れ様でした。」
慌てて車から降りてきた車田が、望月にお辞儀をしながら答えていた。
「そうか、ではすまないがよろしく頼む。
刑事さん、どうやら大丈夫のようです。
ところで、私は先に失礼してもいいのかな?」
「あっ、はい、もちろんです。
どうもありがとうございました。」
青野がそう答えると、望月は先に家へと戻って行った。
「車田さん、遅い時刻にすみません。佳菜お嬢様の警護をしている青野と申します。脅迫状が届いた日の状況を皆様から確認しています。
今から幾つか質問をさせて下さい。」
青野が車田に少し近づいて話しかけた。
「ちゃんと話したいのはやまやまなんだがね…。
そもそも私は、脅迫状が届いた日がいつかなんて知りませんよ。」
車田が少し驚いた顔をしながら答えた。
「届いたのは今から三日前です。
車田さん、その日にこちらに来た時の話を教えて下さい。」
車田が知らない情報を補足しながら、青野が質問を続けた。
「その日の朝ですが、望月氏から荷物を車に運ぶ指示などはありましたか?」
「三日前の話ですか。
…確か無かったはずです。最近の朝は会長が来るまでずっと車内で待機してますからね。
そうそう三日前と言うと、確か日中に秘書の女性と荷物を運びに、ここに来た日の事じゃないかな。」
車田が思い出したように答えた。
「ええ、その日です。
ちなみに秘書の女性というのは、向村さんの事ですか。」
青野が確認した。
「そう、そう。確か向村さんって名前だったよ。男性秘書の灰原さんは、会長と一緒にしょっちゅう外出しているから名前もちゃんと憶えているんだけれど、彼女はあまり乗らないからうる覚えでね…。」
車田が少し申し訳なさそうに言った。
「そうですよね。確かに一人で荷物を運ぶ為に乗る向村さんは、灰原さんのように会長がご一緒していないので、車内で名前を呼ばれる機会もほとんどないでしょうから覚えにくいですよね。」
姫子が車田が彼女の名前をちゃんと憶えていなかった事をかばうように優しく同調していた。
「確かにそうですよね。言われてみれば、彼女は一人で乗る事がほとんどです。
最初に自己紹介はして下くれたはずなんだけれど、つい忘れちまってたよ。」
車田が姫子の話に納得した顔をしながら答えていた。
「向村さんが荷物を運んできた時に、下飼さんが飲み物を出してくれたそうですね。車田さんは、それを車内で飲まれたのでしょうか?」
車田が打ち解けた顔で姫子を見ていたので、そのまま彼女が質問を続けた。
「いいえ、ちゃんと車から降りて飲みましたよ。もしも車内でこぼしたら大変ですしね。だからせっかくの機会だったので、ゆっくりと庭の花を眺めながら美味しく頂きました。
一休みもしたので台所にグラスを戻しに行ったら、彼女達が楽しそうに話していたのに、僕の姿を見て『そろそろ戻ります。』って慌てて話を中断してしまったから、悪かったな?って思いましたがね。」
車田は笑顔で答えた。
「そうだったのですか、ありがとうございます。
下飼さんと向村さんのお二人は、仲が良いようですね。
ところで車田さんは、いつから会長の運転手をなさっているのですか?」
「最初からずっとしていますよ。会長が車で通勤をするようになった時から、会長専属になったんです。
専属の前は、社内の配車の依頼に対応する部署で運転をしていました。
課長以上の方が車で外出する時に配車依頼をすれば、我々が目的地までお連れする部署なんです。
会長からのご指名で『君の運転は、いつも時間に正確だし落ち着けるからよろしく頼む』と専属になるお話を頂いた時は、本当に嬉しかったですよ。」
車田がしみじみと答えた。
「素敵なお話を教えていただきまして、どうもありがとうございました。
会長から車田さんの運転はとても信頼されているのですね。
お疲れのところに、色々教えていただいて本当にありがとうございました。」
姫子が礼を伝えた。
質問が終わると車田は、青野と姫子に一礼をしてから車に戻ると、そのまま帰宅の途についた。
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