第12話 料理人

 「下飼さんは、こちらで奥様が亡くなられてから働くようになったと伺っていたのですが、奥様とは以前からのお知り合いだったようですね。」

 青野が聞いた。


 「はい。奥様の恭子さんとは、秘書課で一緒に仕事をしていて、その時から仲良くしていただいておりました。

 奥様が退職された後も、ご自宅にお招きいただいたり、外で食事をしたりしていました。ですから、お嬢様のお誕生日の過ごし方も知っていました。


 こちらに働く機会を頂いたのは、奥様の葬儀の後に、一度こちらにご挨拶にお伺いした時です。会長からこちらで働けないかというお誘いを頂きました。

 奥様は手作りのお食事を大切にされていた方でしたから、葬儀の時に会長から最近の食事がお弁当ばかりだという話を聞き、ずっと心配していたんです。

 そして奥様が、会長に私の料理好きだという話をして下さっていたり、私から聞いたレシピで料理を作って下さっていたという話を会長から聞いて、このお仕事を受けたいと強く思ったんです。


 正式にこちらに働きに来る事が決まった時、会社で働いていた時と同じお給料にして下さったり、子供がいるからと勤務時間に配慮していただいたりと、本当に会長には感謝しております。」



 「そんな風にして、下飼さんはこちらに来るようになったのですか。

 確かに今日の昼食、とても美味しかったです。」 

 青野が答えた。


 「ありがとうございます。そう言っていただけるのが何より嬉しいです。


 今朝の食事会は、準備をしなくてすみませんでした。


 急なお話でしたし、家族がいる忙しい時間帯だからという会長のご配慮に甘えてしまいまして…。」

 下飼が謝りながら笑顔で答えた。



 「今年の誕生日は、どうするのでしょう?」

 青野が佳菜ちゃんの誕生日の話を思い出して聞いた。


 「今年も当日は犬飼と私が昼間に、そして帰宅してから会長が改めてされると思います。


 奥様が亡くなった翌年からずっとそうしていますから。

 会長がお留守の時は、犬飼が泊まり込んでいるので、モコとさくらと一緒に寝ることが出来ると、お嬢さまはその事も楽しみにしているはずですよ。」

 下飼が答えた。


 「ああ、あの二匹の犬達ですか。確かに可愛いですよね。


 初対面の時に吠えてきて少し驚きましたが、その後は全然吠えないでずっと静かですよね。犬が家にいる事に気が付かない位なのには驚きますよね。」

 青野が二匹の犬がとても静かな事を不思議そうに言った。


 「私もそう思います。珍しいですよね。

 犬飼さんの後をいつもついて回っていて、彼が仕事をしていると大体その近くで寝ているでしょ。


 最初一緒に通勤する事になったと聞いた時は、性格の良い子達だと話に聞いていたけれど、正直な話やはり驚きました。ですが、連れてきた彼らを見たら、納得でした。

 犬飼さんの愛情の賜物ですよね。それぞれ個性豊かな性格なんですよ。モコちゃんは、人見知りだけど、仲良くなったら飛び切りの甘えん坊。さくらちゃんは、犬とは思えない位賢い子。

 犬飼さんに聞いたら、きっと喜んでもっと詳しく教えてくれますよ。」

 楽しそうに下飼が話してくれた。



 「最後に一つすみません。向村さんは、どのような移動手段でこちらに来たのですか?」

 姫子が確認した。


 「いつものように会社の車でしたよ。車田さんが運転していたので、彼にもお茶をお出ししました。」

 話を終えると下飼は、私たちに一礼して階段の方へモップ掛けに移動していった。 

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