第11話 郵便物
「脅迫状についてのお話を聞きたいとの事でしたね。何をお話すればよろしいのでしょうか?」
下飼が少し不安そうに聞いてきた。
「いつ・どのようなタイミングで発見されたのかを詳しく教えていただけませんか?」
青野が優しく答えた。
「はい、分かりました。
郵便物を取り出したのは、いつものように夕食の買い出しから戻って来た時です。郵便受けの郵便物を取り出した後に食材を冷蔵庫に入れて、それから郵便物の仕分けをしました。チラシやダイレクトメールを廃棄して、会長宛ての書類だけを会長のお部屋にお持ちしました。
先日お持ちした書類の中に脅迫状が入っていたという話を聞き、本当に驚きました。」
下飼は、その時の状況を思い出しながら、ゆっくりと話してくれた。
「その話はどなたから、いつ聞いたのですか?」
青野が確認した。
「会長から昨日教えていただきました。そして、今日から刑事さん達が来ることになるとも。」
下飼が私達が来る事も昨日一緒に聞いたと補足していた。
「それでは脅迫状の届いた日に、郵便物で何か気が付いた事はありませんでしたか?」
青野は話を続けて聞いた。
「そう言われてみると…。
確か消印が無い郵便物が一通だけありました。企業の後納郵便でもなかったので、どうして切手も消印も無いのだろうと少し不思議に思ったんです。
その他は、特に何も気が付きませんでした。ドラマで見るような、チラシを切って文字を作ったような怪しい手紙があれば、その時にすぐに気が付いたと思います。
ですが、郵便物は、全部普通に印刷された文字や手書きの物しかなかったと思います。」
下飼の言う通りなのである。
『脅迫状』は、一見しただけではそれとは分からない外観だったのである。
確かに消印が押されていないという特徴はあったものの、宛名も封書の中身も市販のプリンターで印刷された楷書体の文字で作成された物だった。ちなみに、宛名は十二ポイント、中の文章は二十六ポイントで書かれていた。そして、当然のように、封筒・中身のA4の紙のどちらからも指紋は検出されていない。
「郵便物の件、どうもありがとうございました。
それでは次に、その日こちらに来た方について教えていただけますでしょうか?」
青野が、犬飼と同じ質問を下飼にした。
「はい。ちょうど今位の時間に向村さんがいらっしゃいました。向村さんとは、会長付の秘書さんの事です。今週末の式典で会長が使われる荷物を運んできたと言っていました。」
向村の来た目的も含め下飼は答えてくれた。
「今週末の式典というのは、もしかしてこちらの自宅で開催されるお嬢様のお誕生日会の事なのですか?」
青野が誕生日会を式典とまで呼んだ事を少し驚きながら聞くと、
「いいえ、お誕生日会の話ではありません。毎年恒例の会社の式典の事です。」
下飼が青野の質問に、少し柔らかな表情をしながら答えた。
「終戦記念日に毎年沖縄で開催されていて、会長も必ずご出席なさっています。ですが、おっしゃる通り八月十五日は、お嬢様のお誕生日でもあります。
なので奥様は、お嬢様が小さかった時は、式典から会長が帰宅された日にお誕生日会をしていたとおっしゃっていました。そして、お嬢様自身が誕生日をきちんと認識された幼稚園位からは、誕生日当日は二人で、そして会長の帰宅した日には家族全員でと、毎年二回お祝いをするようになったと話していらっしゃいました。」
生前の奥様の事を思い出したのか、下飼が少し遠くを見ながら話してくれた。
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