3. ミッションスクール

 お屋敷の地下駐車場にあったのは、エビ色のトランザムで、別に喋るコンピューターとかはついていなかった。

 リモコンのボタンを次々とおして、ゲートをひらくと、外はもう世紀末の世界で、沢山のゾンビが歩き回っていた。


 ゆっくりとアクセルを踏むと、トランザムのボンネットは朝日にキラキラと輝き、エビ色に光って、僕はうっとりした。

 歩み寄ってきたゾンビをトランザムでゆっくりと踏むと、足の下でぼきぼきと骨が折れる音がする。

 ずっと性的なオモチャとして、この屋敷に居たので、外に出るのは久しぶりだった。


 丘から見下ろすカリフォルニアの街は点々と煙を上げ、サイレンが鳴り響き、暴走車が走り回っていた。

 スクールバスが横転して、小さな子供たちがゾンビに襲われ、お子様食い放題状態になっているのを僕はうっとりと見つめていた。


 やあ、これでこそ世紀末だなあ。


 子供を助けようと沢山のマッチョが、ショットガン、斧、チェーンソウ等でゾンビに攻め掛かる。ゾンビも負けじとマッチョに噛みつく。


 僕はゆっくりとゾンビを轢きながら、世紀末の街の光景を楽しんだ。

 街は大混乱だ。女性が悲鳴をあげながら、ゾンビたちから逃げる、逃げた先にもゾンビ。彼女は僕の車に物欲しそうな目線をくれるが、僕は乗せるつもりなんか一つもない。怒った女性がトランザムを叩いたので、僕はドアを開け、ゾンビに向かってショットガンを一発。サンキューと嬉しそうな女性の顔面にも一発。


 あなたは、僕が性的オモチャになっていたときに助けてくれなかった、だから、僕はあなたが困っている時にも助けない。


 うむ、一部の隙もない理屈だ。僕はとても正しい。


 トランザムが混乱した街を安全運転で横切っていく。

 沢山の人が死に、沢山の人がゾンビになって起きあがる。こうして合衆国は腐れ死んでいく。


 ピックアップトラックに乗ったにこやかなラッパーが”ヘイメーン”とか言って、拳銃を僕に発射する。このトランザムは喋らないけど、あのドラマと同じぐらいの防弾ガラスだったので火花を散らして弾は弾かれた。

 ピックアップトラックに僕のトランザムを激しく横ぶつけしたら、奴は道から港に落ちる。水しぶきを上げて沈むピックアップトラックから、華麗にラッパーは脱出。海から上がったラッパーの先にゾンビの群れ。”オーマイガ”とか言いながらラッパーは食われた。


 さて、行くところが無いので、ヒヒ爺の孫娘の顔を見に行く事にした。

 彼女は郊外のミッションスクールに居るという。ハンドルをそちらに回し、アクセルを踏んだ。

 

 丘の上のミッションスクールはゴシック建築と言うのだろうか、なんだか、威圧的でガウディが作ったようなもにょもにょした建物だった。

 柵にそってトランザムを走らせると、校庭の中では沢山の女生徒が尼さんゾンビに襲われ、女学生ゾンビとなって、級友を追いかけていた。

 高い塔のある玄関にトランザムを入れる。エントランスには沢山の尼さんゾンビ、女子学生ゾンビが徘徊していた。


 とりあえず、一匹ずつ踏んでいく。

 ぼきぼきという音が床下から聞こえ、尼さんは、女学生は、ミンチになって、トランザムの後ろに転がる。


 どかんと、唐突に塔の二階からゴシックロリータの娘がトランザムのボンネットに飛び降りてきた。

 娘はきっとした目で僕をにらむと、塔のドアに向けてロケットランチャーを発射した。

 ロケット弾は戸の近くにいるゾンビ、推定十五人を巻き込み、さらに扉も巻き込み、爆発した。

 真っ赤な炎と真っ黒な煙が、まるで魔物の臓物のようで、怖いと言うよりも官能的。


 ボンネットの君は、ロケット弾を鞄から取り出し、充填して、窓ガラス越しに僕をねらう。

 なんだよ、と言う感じで僕がにらみかえすと、細い白手袋につつまれた指でトランザムの助手席を指さす。

 僕はドアの膝掛けにあるボタンを押して、助手席側のドアのロックを外した。


「なんだよー、僕は君がゾンビに食べ散らかされるのを見に来たのに?」

「あら、助けじゃなかったんだ。それはご愁傷様。出しなさいっ!」


 僕はアクセルを思いっきり踏みつけホイールスピン、Uターンがてらに、寄ってきたゾンビをトランザムの後部で蹴り飛ばした。


「これ、家の車よね、お爺さまの使用人? お父様の部下?」

「お爺さまの、性的オモチャ」

「……。あっ、そう。あ、ちょっと止めて」


 彼女は窓を開けると、柵から顔をだしていた、女学生ゾンビをタタタとAKで撃ち殺した。


「あの子、馬鹿で大嫌いだったのよ」

「こういう時だから、思い知らせるのは大事だよね」


 僕はハンドルを回し、尼さんゾンビを踏み砕いた。


「わたしはキャロル、あんたは?」

「ミッシェル、よろしくね、キャロル」


 僕がにっこり笑うと、キャロルはちょっと顔を赤らめた。


「さすがはお爺さまね、顔の趣味は良いわ」

「で、どうしよう」

「どうしようって?」

「僕は君がゾンビに食われて『たすけてーっ!!』って涙ながらに絶叫するところを、ポテトチップ食べながらニコニコ鑑賞するつもりで来たんだ。で、その後の事を何も考えてない。まさかロケットランチャー片手に暴れ出て来て、車を乗っ取られるなんて想像のらち外だよ」


 ポテトチップと聞いて、キャロルは後部座席に背を伸ばし、黄色い袋を取った。伸び上がった首の腱がすごく良い感じ。きょろきょろ動く三白眼ぎみの青い目も凄く良い。一目惚れって奴かな、すごく胸がどきどきするよ。


「あんた馬鹿じゃない?」


 キャロルはポテトチップの袋を開け手をつっこんで、大量のチップスをつかみだし、ばりばりとかみ砕いた。


「何かアイデアでも?」

「こういう時は、郊外型の巨大ショッピングセンターに行くに決まってるでしょ」

「それは、ナイスアイデアだねっ」


 僕はトランザムのアクセルを踏み込んだ。

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