2. ひひ爺のお屋敷

 世界がゾンビまみれになった時、僕は大金持ちのヒヒ爺の性的オモチャをやっていた。


 まあ、恥ずかしい職業なんだけど、僕のような存在がいないと、世界のヒヒ爺の人たちが寂しくなって、いらいらで経済活動とかに影響がでるのだろうから、ほんの少しは職業的なプライドを持ってもよいのだろう。


 ゾンビがなんで発生したかと言うと、ぜんぜん解ってない、未知の病原菌か、不思議な宇宙線の影響なのか、不明だそうだ。

 とりあえず、死んだ人は五分ぐらいたつとゾンビとして生き返る。生き返ったゾンビは馬鹿丸出しで、のろのろ襲ってくる。

 ゾンビに噛まれると、しばらくしてからゾンビ毒が脳にまわって死んでしまい、ゾンビになる。


 初めて僕が見たゾンビは、ヒヒ爺さんの豪宅で働いていたメイドの一人だった。

 前日、食事中にフォークを落としたという、些細なミスでヒヒ爺の怒りを買った彼女は、地下室へ連れて行かれて、拷問を受けた。

 我が愛すべきヒヒ爺の人は、男性でも女性でも、年さえ未成年なら美味しくいただけるという、見事な性癖で、メイドどもも、ほんの小娘ばかりだった。


 十四才のあどけない顔をした彼女は、残酷な目にあい、血の海にのたうち回り、苦しんで、夜半に命を失った。


 で、ちょうど、ゾンビ菌か、ゾンビ光線が生まれた時だったので、彼女はゾンビとなった。

 たぶん、合衆国のゾンビに一人ずつ番号をつけていったら、彼女は一桁ナンバーだったろう。


 メイドゾンビ一号はそのゾンビ力(りょく)で鎖やら縄やら拘束具を破壊、自由を得て、屋敷のボディーガードに襲いかかった。


 ボディガードはカンフーの達人だったが、惜しいことに映画はあまり見ないたちだったらしく、ゾンビの急所は頭だという事を知らなかった。

 単に生き返って発狂してるだけと思いこんだ彼は、正拳突きをメイドゾンビ一号の顔面に打ち込み、その拳をがぶりと噛まれた。


 ボディガードはゾンビ毒で死亡、ゾンビ二号が生まれた。

 その後、ゾンビ一号はメイド部屋に突入、昨日までのおともだちの小娘メイド共をどんどんとゾンビに変えていった。

 加速度的にお屋敷はゾンビ度を高めていき、それはもう大混乱に陥った。


 ヒヒ爺さんは、メイドをなぶり殺して興奮して、その高ぶりを僕で冷ましている最中だった。

 執事が泡を食ってベットルームに駆け込んで来た時には、正常な人間は、館の中に僕を含めて三人だけだった。

 ベットルームに入ってこようとするゾンビたちを、ヒヒ爺さんは壁にかけてあったショットガンでドカドカ撃ちまくった。

 僕はベットに座ってぽかーんとそれを眺めていた。


 ヒヒ爺さんが、拳銃をよこしたので、僕は前から気にくわなかったスカした執事を後ろから撃った。


「ば、馬鹿者、ちがうちがう、ゾンビを撃つんだ」

「あ、そうですか」


 僕は勘違いをヒヒ爺さんに詫びて、メイドゾンビたちを撃ち始めた。

 朗らかで愛くるしかったメイドたちは、今では青い顔をして、口から血ゲロを垂らし、うおううおう唸りながら攻めてくるゾンビらしいゾンビになっていた。

 でも、みんな背が小さいので、なんだか、怖いと言うよりはちょっと滑稽だった。


 映画の通り、頭を吹き飛ばし、脳を壊すと、ゾンビたちは動きを止めた。

 それを見てヒヒ爺さんもショットガンでメイドの脳を吹き飛ばし始めた。


「よし、ミッシェル、お前は射撃が上手いな。感心だぞ」

「ゲームセンターでよくやってましたので」


 珍しくヒヒ爺さんが僕を褒めてくれたので、ちょと嬉しくなったのを覚えている。


 屋敷内のゾンビの大半をベットルーム近くで倒したのだけど、最後の最後に、ゾンビ二号のボディガードゾンビが暴れ込んで来て、ヒヒ爺さんと死闘を演じた。

 彼はゾンビ毒で脳をやられても、まだまだ筋肉は健在だったので、ショットガン一発で止めることは出来ずに、ヒヒ爺さんはボディガードゾンビに噛まれた。


「これは死ぬのかな?」


 と、ヒヒ爺さんが憮然として言うので、死ぬでしょうと答えたら、なんだか急に笑い出した。

 彼のショットガンは微動だにせずに、僕の胸に向いていたが、ふっと静かにわらってヒヒ爺さんは銃を降ろした。

 ポケットを探り、鍵を出し、ベットの上の僕の方へ投げた。


「ガレージに車がある。お前だけでも逃げろ」


 僕が眉を上げて、ヒヒ爺さんを見つめると、急に彼は照れたように顔を赤くして


「べ、べつに、お前のために、車をやるのではないからな」


 と言った。


「孫娘のキャロルがミッションスクールに居る。これが世界中に蔓延しているなら、さぞ、こまっている事だろう。助けに行ってくれ」

「僕が、あなたとか、あなたの孫娘に好意を抱くとでも?」


 と、性的オモチャとしては、当たり前の事を言うと、彼は苦笑した。


「まあ、好きに生きろ。さあ、これで頭を吹っ飛ばしてくれ。うーうー唸りながら馬鹿みたいな動きで死肉をくらうような存在になるのは、わしの美意識に反する」


 彼が投げ出したショットガンに弾を詰め、僕は彼の頭を吹き飛ばした。

 血と脳漿の匂いが蔓延したベットルームに、怪しいムードミュージックが低く流れていて、なんか、変な感じだった。


 もう、館の中には動く物はいなかった。

 はずだった。

 廊下で一人だけ、動いている者が居た。

 ゾンビ一号のメイドだった。

 こちらに攻めてくるかなと、ショットガンを構えていたのだが、こちらにはあまり興味がないようだった。

 ただ、ごきりごきりと音をさせながら、頭をぶらぶらと振っていた。


「呪文……、光王の顕現……、ブードォー……」


 ゾンビ一号は小声でなんか変な事を言っていた。


「ゾンビが喋ってるよ」


 と僕がつぶやくと、急にメイドゾンビ一号はこちらを向き、コクコクと首を縦に振った。

 そして、彼女は夜明けの荒野の方を指さし、がくがくと体を揺すりながら、どこかへ歩いて去っていった。

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