第40話 世の中にはいい人であっても、自分とは相性が悪い人間がいる(水上飾視点)
スマホで時間を確認する。
待ち合わせ時間まであと5分だ。
そう、私は待ち合わせをしている。
外で。
よく分からない銅像を目印にし、駅の近くで。
お互い予定がある身なので、すぐに話は終わるとは思うけど、意外だったのは待ち合わせを指定してきた相手だ。
その相手は近づいて来た。
「久羽先輩」
最近絡んだばかりの先輩。
人見知りをするという性格ではないが、苦手な性格をしている先輩だ。
性格の相性が悪いように思える。
訊くことはできないが、恐らくあちらも同意見だろう。
それなのに、こうして待ち合わせをするってことは、何かしらの意図が絡んでいるようで気持ちが悪い。
「ごめん待ってた?」
「いいえ」
「その服似合ってるね? しかも、それカラコン?」
今日もいつものようにコスプレをしている。
こうしていれば、たまに写真を撮られて、それがSNSに上げられて認知度が上がるからだ。
これでもバズるための努力は日々欠かしていない。
軍服姿のようなコスプレ服で、色違いのカラコンを両目にはめている。
ハロウィンの人気が上がったおかげか、コスプレ服やカラコンが手に入りやすくなったので、最近挑戦しているコスプレ服だ。
「ええ。『その機巧人形は恋をする』に出てくる二次元キャラをコスプレした二次元キャラのコスプレです」
「新しい早口言葉かな?」
コスプレに疎いと分からないものなんだろうか。
タクさんだったら、分かってくれる気がするけど。
「それよりも、どうして待ち合わせなんか? もうすぐ集合時間ですよ?」
「うん。ごめんね。でも、直ぐ済むから」
「炎上した画像を流したの。あれ、わざとだよね?」
思考が一瞬停止する。
炎上した画像と言われたら、他にはない。
私とタクさんが映っていた画像だ。
この断定するような言い方、濡れ衣であっても、何の脈絡もなく言われると心臓を掴まれたような気分になる。
「動画を流したのも水上さんだよね?」
「動画?」
「これのことだよ」
スマホの液晶に映っていたのは、最近プチバズっている動画だ。
ネットニュースにはなっていないが、たくしおチャンネルのフォロワーだったらみんな知っている動画だろう。
それは、タクさんとシオさん2人が映っている動画。
ほとんど告白のようなことをタクさんがシオさんに言っている。
声は風のせいで聴こえづらいが、コメント欄にファンがいてご丁寧に台詞を書いている。
素人が映したようなその動画のお陰で、騒ぎの収まりつつあった炎上騒動は、完全に沈黙した。
むしろ、二人を応援するような流れになっていったのだ。
減少していたフォロワーは急激に増加した。
むしろ、炎上騒動よりも増加して、動画の登録者数は20万に届きつつある。
カップルチャンネルではなくなったが、もしかしたら二人がカップルに戻るんじゃないかを応援するチャンネルになった。
付き合ってからではなく、もう一度付き合うまでの再生物語の方が視聴者層に受けたらしい。
新しい動画チャンネルとして、期待度がどんどん上がっている。
この異常な伸び方だったら、登録者数50万も夢じゃないかも知れない。
「これは……」
「これのお陰で炎上騒動が収まったみたいだね。ちなみに撮影者は不明。捨て垢から投稿されたみたいだけど、これを撮影して投稿したのは水上さんだと思っている」
淡々と言われると余計に頭が混乱して来た。
確証なんていないはずだ。
それなのに、ここで問い詰めるように言う目的は?
もしも私を精神的に追い詰めたいのならば、タクさんやシオさんがいる前で袋叩きにするはずだ。
こうして二人で会っている時にわざわざ突き付けてくるってことは、他の人間に漏らす危険性は少ないってこと?
「壁が薄いマンションの隣人なら、何か起きた時に気が付きやすいんじゃないのかな?」
「それだけの理由で私が動画を流した本人だと思うんですか?」
「――撮影者の人、慌てていたんだろうね。ほら、一瞬、ここに指が映ってる」
見せられた映像には、撮影者の指が映っていた。
もしも指紋でも視認できていたら話は違っていたかも知れないが、この映像じゃ誰の指かまでは特定することなんてできない。
「それで? ブレブレですよ」
「ううん。そうじゃなくて、これ手袋だよね。ちょうど、今、水上さんが付けているみたいな」
「…………」
確かに今、私は手袋をつけている。
それは、コスプレをしている元のキャラが、手袋をつけているからだ。
「この季節にそんな手袋している人いるかな? それに、画像を解析したらどんな素材を使ったかぐらいわかるかも?」
「……そんな技術ないですよね? それに、同じ手袋だったとしても、私じゃない可能性だってありますよね?」
「うん。だからこれは私の願望」
あっさりと認める。
結局の所、何が言いたかったのかが良く分からない。
掴み所がなくて不愉快な人だったが、今回のことで余計に分からなくなってしまった。
「……本当はここまで大事にするつもりはなくて、その罪滅ぼしの為に動画を上げたんじゃないかって私は思ってる」
「それを聴きたかったんですか?」
「うん。それだけの為に訊いてみたの。あなたが巧君達の味方かどうかを知りたかっただけ」
「…………」
どんな人か分からなかったけど、今ハッキリと分かった。
この人、ただのいい人なんだ。
何も考えずに他人の為に尽くせるような人間だ。
それも、私とは違って手段を選んで人を幸せにできるようなタイプ。
薄々感じてはいたけど、私が一番苦手なタイプだ。
「そうですか。話はそれで終わりですか?」
「うん、終わり」
本当に言いたい事を言って満足しているようだった。
意味が分からない。
私だったらもっと追い詰めるけど。
なんだかこの人と一緒にいるのはむず痒い。
早く、タクさん達と合流したい。
「そろそろ集合時間です。行きましょう」
待ち合わせ場所であるタクさん達の部屋までは近い。
だけど、あまりにも沈黙が続くのが居たたまれない。
こういう時、いつものように喋ってくれたらいいのに。
ああ、本当にイライラする。
「私、あなたのことは好きじゃないです」
「私は好きだよ」
「そうは思えませんけどね」
「この前、口論になったことを根に持ってる? あれぐらいじゃ、私は他人のこと嫌いにならないから」
そうでしょうね、とは口にしなかった。
理解を示したことが分かったら、嬉しそうに笑う姿が想像できたからだ。
私達は平行線の関係でありたい。
「あなたのようなお人よしで、自分の気持ちを押し殺すような人は嫌いなんですよ」
「水上さんだって、そうじゃないの?」
「……私は手段なんて選びませんよ。――――次こそは」
半ば認めたような台詞だけど、深く突っ込まれなかった。
私の矜持を挫かないような気遣いも、本当に嫌だった。
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