第35話 炎上動画対策会議(2)

 カザリちゃんから言われた言葉に、頭が真っ白になる。

 謝罪動画を上げた後、今後どうするか。


「どうするかって……それは……」


 辞めるしかない。

 そう思っていたから、俺と栞は既に破局していたことを隠し続けていた。


 栞は不安そうな顔をしてこちらを見ている。

 俺が何を発するのかジッと堪えているようだった。

 ここで決断するのか?

 ここで言ったら、もう取り返しはつかない。


「そんなに急かすことないんじゃないかな。まずは謝罪動画を上げてからじっくり考えた方がいいと思うけど」

「でも、絶対にコメントには書かれますよ。どうなっちゃうんですか? もっとお二人の動画を観たかったですって。今後の方針を考えた上での謝罪動画と、次のことを何も考えていない謝罪動画だったら、謝罪の言葉も変わって来ると思いますよ」

「それは、そうかも知れないけど……」


 助け船を出してくれた久羽先輩だったが、一理あるカザリちゃんの言葉に言葉を詰まらせる。


 俺達だって不安だが、ファンだって不安がっているだろう。

 俺達のチャンネルがどう変わっていくかは一番の心配の種だろう。


 炎上騒動になれば、その問題の程度がどうであれライトなファンは離れてしまう可能性が高い。

 その方達には申し訳ない気持ちで一杯だが、残ってくれるファンを安心させる為に今後の展望を先んじて述べるのは大切なことだと思う。


 ただ、平静を装っているようで、俺も混乱しているのだ。


「悪い。でも今はやっぱり考えられない。もう少し時間が欲しい」


 今、バシッと結論を決めるのが大事だと思うが、できれば、栞と二人きりになってから話したいことだ。

 最近話すようになったとはいえ、俺達はあまりにも言葉が足りない。

 俺達の将来のことについて話すのだ。

 じっくり話し合いたい。


「そうですか。そうですよね。大切なことすぐには答えなんて出ませんよね。でも、もし、カップル動画を続けるなら、私が次のパートナーに立候補してもいいですか?」

「は?」


 ドスの利いた声で栞が呟く。

 さっきまで久羽先輩に抱き着いていて可愛かった女性と、同一人物とは思えない。


「カップル動画を終えて、ソロで活動して成功しているShowTubeもいますけど、ほとんどの人が成功していません。なら、新しいパートナーとカップル動画をする方がいいと思いませんか?」


 カップルを解散して、ソロで活動していて最初は再生数を稼いでいても、段々と再生数が下がっていって、自然消滅するようなShowTuberは多いな。


 一度そういうカテゴリーの人として印象を受け、それ以外のことをやると人気が低迷する。

 一発屋芸人もそういうところがある。

 裸でネタをやっていた人が、いきなり紳士服を着て普通にひな壇に座っていたら違和感しかない。

 本人はキャラチェンしたいけど、視聴者はそんなの望んでいない。

 そんなつまらないことするなら、他の一発屋芸人の新鮮なネタを見たいと思うようになる。

 ShowTubeも、大勢の動画投稿者がいるのだ。

 相方がいなくなってパワーが落ちたカップル動画よりも、新しいカップル動画を投稿するShowTuberを応援したくなるのが自然な流れだ。


「いいわけないわよ。大体、考えられないって巧も言っているでしょ。何、混乱させるようなこと言っているのよ」

「私はただ可能性の話をしているんです。それにシオさんはもうタクさんの彼氏でも何でもないんですから関係ないですよね? 大事なのはタクさんの心ですよ」


 ダンッ、と机を叩くと、栞はこちらに首を動かす。


「――ッ。何とか言って!! 巧!!」

「えっーと。ごめん、カザリちゃん。今はそういうのは考えられない」

「ほら、聴いた?」


 ドヤ顔で勝ちを確信している栞とは裏腹に、シュンと落ち込んだカザリちゃんがあまりにも不憫に思えた。


「――でも、ありがとう」

「とんでもないです。謝罪動画を撮り終えたら、ちゃんと考えて下さいね」


 栞に肩を掴まれると、内緒話をするために引き寄せられる。


「ちょっと、何言ってんの?」

「お礼を言っただけだって。誰だって、好きって言われたら嬉しいだろ」

「はー。年下の女の子にデレデレしないでよ。本気にしていたら、笑われるわよ」

「私は本気ですよ」


 小さな声で話していたが、地獄耳のカザリちゃんには聴かれていたようだ。


「言わないでフラれるよりも、言ってフラれる方が私は後悔しないですから」

「……フラれる前提なんだね」

「今のなしでお願いします!」


 思わず突っ込みを入れってしまったけど、それだけ動揺している。

 冗談ではなく本気で告白されているようにも聴こえたけど、今は自分達のことでいっぱいいっぱいで考えがまとまらない。


 久羽先輩が立ち上がると、仕切り直しとばかりに強めに手を叩く。


「はい。今はとにかく、謝罪動画をどうするか考えないと。余計なことを考えている時間はないからね」

「余計なこと、ですか?」

「本当に巧君達のことを考えるなら、今はひっかき回すようなことを言わないでくれない?」


 久羽先輩がキレかかっている。

 怒りっぽい栞が怒鳴るならまだ分かるけど、久羽先輩が怒気を放っていると怖い。

 どうしよう、と栞とアイコンタクトを取るが、どうしようもない、と弱気な声が聴こえた気がした。


「……分かりました。とりあえず、何から始めればいいですか?」


 カザリちゃんが折れてくれてホッとした。

 ここで突っぱねていたら、戦争が始まるところだった。


「手伝ってくれる? だったらカザリちゃんには最近のShowTubeの謝罪動画をピックアップしてもらいたいんだけど、いい? 参考にしたいんだけど」

「分かりました。手伝います! ……今回は私のせいなので」


 謝罪動画を否定していたカザリちゃんに頼むのはどうかと思ったけど、各々の能力を加味すると適任なのが動画を漁ることだった。


 ShowTuberとして活動をしているカザリちゃんの方が、久羽先輩よりも動画の良しあしを判断する能力に長けているはずだ。


「私も手伝うから、どうすればいい?」

「久羽先輩には食材の買い出しや料理をしてもらいたいんですけど、大丈夫ですか?」

「うん、もちろん! 冷蔵庫の中使っていい?」

「いいですよ! 食材にかかる費用は俺から出しますので、お願いします!」


 動画制作に関しては素人である久羽先輩が、いきなり手伝うとなったら難しい。

 だったら、一番大事な夕飯を作ってもらうことにした。

 謝罪動画の肝は、どれだけ早く視聴者に届けるかだ。

 二日遅れの動画になったとしても、様々な憶測が飛び交い、嘘が誠になる。

 訂正しても、先行して出たデマ以外の情報は、視聴者の脳がシャットダウンしてしまう。

 刺激的な話の方が刷り込まれやすいのだ。

 とにかく、謝罪動画はスピードが命。


 ということは、つまり、今日中に動画を撮りたいということだ。

 長丁場になることが予想されるので、ご飯が必要だったから正直助かる。

 これで動画作りに注力できる。


「私と巧は謝罪動画を撮る準備ね」

「そうだね。段取りの確認、メイクや服装の事前チェック、それかあらカメラなどの機材点検、いつも通りのことをやっていこうか」


 栞は長年動画を作り続けていることもあって、スムーズに話し合いが終わる。

 俺達でやり遂げなきゃいけない。

 まだ誰も正解が分からない、炎上しない謝罪動画を。

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