第34話 炎上動画対策会議(1)

 関係者各位が一堂に会することになった。

 集まったのは、俺と栞、それからカザリちゃんに久羽先輩。

 場所は俺と栞の家だ。


「粗茶ですが」


 お茶を四人分テーブルに置く。

 ボケたつもりだったが、誰も返答しなかった。

 言い方古いな、ぐらいの返しを期待していたのだが、みんな沈んでいた。

 楽観的な思考の持ち主のカザリちゃんですら借りてきた猫のように静かになっていたので、事の重大さがより際立つ。

 ただ服装が漫画の『彼女、レンタルします』一巻表紙を飾る『千歳』の服装そっくりだが、まさかコスプレしている訳ではないと信じたい。


 この中では年齢以上に人生経験豊富な久羽先輩がゴクリとお茶を一口飲むと、


「緊急会議を開きます」


 厳かな口調で今回の話し合いを始めた。


「まずは、状況の把握をしたいと思います。私と巧君とでは情報を共有しましたが、それでも自体の詳細については理解できませんでした。何かわかる人いるかな?」

「……そうですね。私も久羽先輩と同じでネットに書いてあることぐらいしか分かりません」


 状況を把握しなければ、話し合いも糞もない。

 ということなので、自然と三人の視線は一人に集中する。


 今回の炎上の件。

 元を辿っていくと、カザリちゃんのSNSに行き着く。

 この混乱の渦の中、最も事態を理解しているのは彼女だという結論に至った。


「ちょ、ちょっと待ってください! 私も分からないですよ!」


 図らずも一人を吊るし上げるようなことをしてしまい、カザリちゃんが困惑してしまった。


「私が軽率に画像を上げたことを謝ります。ただ、そこから変な噂が広がったのは、私じゃありませんよ」


 拡散されたのは、SNSの不特定多数の匿名投稿者によるものだ。

 言い出しっぺを明らかにするのは不可能に近い。


 カザリちゃんが悪意を持って匂わせ画像を上げていないことなど、ここにいるみんな百も承知だ。


 火のない所に煙は立たないと言うけれど、火のない所に放火するのがSNSだ。

 一割の真実に九割の嘘を混ぜて偏向報道するようなもので、突発的な炎上を回避することは誰であっても不可能。

 濡れ衣を着せられてきたインフルエンサー達を対岸の火事と思い込んできたのが、今、こうしてお鉢が回って来たというだけのことだ。


「巧が付き合ってるね。なんでそんな話に飛躍しているのか分からないわよ」


 栞が、貧乏揺すりをするみたいに、指でトントンと机を叩いている。

 露骨にイライラしているみたいだな。


「その噂が広がったのも、アナタがそういう風に仕向けたんじゃないの?」

「なっ、そんな訳ないじゃないですか!? そんなことやろうと思ってもできないですよ!! そもそおシオさんが別れたことを変に隠そうとしたからこんな大問題になってるんですよ!! 未練がましいですよ!!」

「は、はあ!? 言っていい事、悪い事があるでしょう!!」


 2人が掴みかかっての喧嘩になりそうだったので、久羽先輩が割って入る。


「二人とも落ち着いて! 仲間割れしているような場面じゃないでしょ」

「す、すいません、久羽先輩」

「……ごめんなさい」


 二人とも大人しくはなったが、またいつ怒りが再熱してもおかしくない。

 それだけ全員ストレスフルだってことだ。


「……とりあえず、これからどうするかですよね」


 始まった当初よりも重くなってしまった空気の中、カザリちゃんが口を開く。


「本当のことを話すしかないと思いますよ」

「本当のことって?」


 久羽先輩が唖然として質問をする。


 そうか。

 そういえば、久羽先輩にはカザリちゃんに、俺と栞がビジネスカップルであるとバレたことを話していなかったのか。


「カザリちゃんは知ってます」

「……そうなんだ」


 久羽先輩が確認するようにこちらを見たので、簡潔に説明すると、それだけで察したようだ。


「お二人が別れたことを公表して、視聴者に謝罪する。それが一番いいと思います。炎上騒動になってまずやるべきことは謝罪だと思います」


 カザリちゃんは至極真っ当なことを言ってきた。

 ぶっとんだ会話が多いので、違和感があると思ってしまうのは失礼か。


 栞は眉を顰める。


「そうなったら私達はカップル動画を続けられなくなるわよね」

「そうかも知れないですね。でも、それって当然のことですよね。カップルが破局してShowTuberじゃなくなるのなんて珍しくもないことですよ」


 ShowTuberそのものも短命と言われているが、カップルShowTuberはもっとだろう。

 同じカップルをひたすら続けるのは難しい。

 リアルの人間関係も関係あるが、同じカップルだと代り映えがなく再生数だって下降する。

 カップルShowTuberにフックはあるが、持続力はない。


 テレビなどである従来の恋愛番組は、代わる代わるカップルが成立したら、そこで終了。そしてまた新たなカップルの誕生を見守りましょうというコンセプト番組ばかりだ。


 カップルが成立してから、その後を視聴者に観てもらいましょうという番組は新し過ぎる。

 だからこそ、持続させ方も分からない。

 引退する人も多い。


「それなのに、こんなに騒動になったのは破局したのを隠していたからですよ。正直に話すのが筋っていうものじゃないんですか?」


 炎上させた張本人に言われるのも癪だが、筋は通っている。


 俺達がビジネスカップルを続けたせいで、金儲けの為に視聴者を騙した犯罪者のような扱いを今受けている。

 今こうして話し合っている時間、どんどん誹謗中傷の数は増えている。

 こうして普通に接しているように見えるみんなだが、疲労の色が見える。

 心の区切りをつける為にも、何かしらはしないといけない。


 視聴者に嘘をついてでも動画を投稿し続けたいって思ったのは俺の我が儘だ。

 そのせいで、視聴者を傷つけてしまった。


「……そうだね。謝罪動画を上げるのが先決かもね」

「た、巧!? 正気!?」

「嘘をついてきたのは謝らないといけないよ」


 栞が躊躇うのも無理もない。

 だけど、こうなってしまったのなら、ケジメはつけないといけない。


 考えが固まってきたところで、少し離れた所から状況を冷静に分析できる久羽先輩が意見を言ってくる。


「……でも、謝罪をして炎上するケースの方が多いよね? 私は詳しくないけど、炎上してずっと黙り込んでいた方が事態は丸く収まるようなケースだってあると思うんだけど」

「……そうですね。自分達が正しいと分かった時、どこまでも残忍になれるものですからね。第三者は」


 毎日のように炎上のネタは飛び込んでくる。

 放置していたら、みんな忘れてしまうだろう。

 炎上騒動があって数日経ってから謝罪動画を上げたせいで、鎮火していた炎上の火が再熱したケースは幾度なく見てきた。


 炎上騒動に参加したことはないが、事前情報が全くなかった人が炎上したら、事実確認せずにその人が悪いんだなって俺も思ってしまう。

 だから、正義の心に目覚めて徹底的に悪を叩く第三者の人を完全否定できるほど、俺もできた人間じゃない。


 ただ、当事者になってからは、その意見も翻してしまいたくなる。

 匿名で悪口を書いた人間を実名で世間に晒してやりたくなる。


「それでも誠意は見せたいです。面白がって炎上騒動に加わっている野次馬の為じゃなくて、応援してくれて来たファンの為に、まず謝罪動画を上げたいです。ShowTubeのいい所はすぐに意思表明ができるところです。今すぐ、謝りたい」


 芸能人ならば謝罪会見を開いてそこで謝罪するが、そこに至るまで時間がかかる。

 関係者各位に謝罪し、そして、会見を開くための許可がいる。

 そのせいで時間がかかり、視聴者の怒りが溜まっていく。


 だが、事務所のしがらみがないShowTuberならばすぐに謝罪をする姿を視聴者に見せることができる。


 幸いといっていいのか分からないが、俺達は底辺ShowTuberだ。

 事務所に所属している訳でもなければ、スポンサー契約をしている訳ではない。

 違約金を何千万と払うような事態にはならないし、フットワークは軽い。


「私もそれでいいと思うわ。私も謝らないと……」


 栞がそう呟くと、意を決したように久羽先輩が口を開く。


「私は二人の意見に従おうと思う。当事者がそういうんだから、自分達が決めた方向でやるべきだと思う。でも、謝罪のやり方で更に炎上することだってあると思う」

「謝る腰の角度を測られて、この角度は謝る気持ちが薄いとかで炎上することもありますからね……」


 難癖をつけようと思えば、いくらでもつけることができる。

 ただ、その難癖をどれだけ減らせるかは、正しい謝罪の仕方を知らなければできない。

 栞がスマホをイジりだす。


「謝罪の仕方はネットで調べるしかないかもしれないわね。お手本となる人の謝罪動画を観ないと」

「? でもそれって誠意がないってことになりませんか? 自分達のやり方で謝罪した方がいいんじゃないですか? それで誠意は伝わるんですかね。パクリってことになりません?」

「あのねえ。謝罪動画なんて初心者なの!! 私達は!! むしろ何も参考せずに謝って視聴者に不快な思いをさせたらそれこそ失礼にあたるでしょ!! 初心者はまず経験者をパクらないと何もできないの!!」


 カザリちゃんのツッコミに、机を叩いてブチ切れた栞の頬に涙が伝う。

 様々な感情が溢れて止まらなかったようだ。


「あー、もう。アンタが変なこと言うから涙が」

「栞ちゃん大丈夫、大丈夫だから」


 久羽先輩が栞を抱きしめる。

 子どもをあやすみたいに背中をポンポンと優しく叩くと、栞は人目を憚らず声のボリュームを上げる。


「せ、先輩ぃ!!」

「よしよし」


 幼児退行した栞に呆れるが、ただ、その気持ちも分からないでもなかった。

 俺達の人生がどうなるか分からない。

 大人に助けを求めてもどうにもならない。

 大人ですら解決方法を間違えているのだ。


 ネットが普及してSNSが発達しきってから、体感としては10年も経っていない。

 問題が起きて炎上するまでの時間が速すぎる。

 俺が子どもの頃はSNSよりも新聞至上主義だった。

 ネットの情報はあてにならないから、図書館に行って新聞を読めと言われた。


 だが、今はネットの検索エンジンを使うよりもまず、SNSを見るのが普通になっている。

 時代があまりにも変わっている。

 だから、誰も対処方法を知らないのだ。


「謝罪することは決まりましたけど、それからどうするんですか?」

「どうするって?」


 話し合いができるような状況にない久羽先輩と栞に代わって、カザリちゃんがもう一歩踏み込んだ話し合いをする。


「ShowTubeの活動を辞めるのか、休止するのか、それとも普通に今まで通りやっていくか、それか、ソロで活動を始めるのかって話ですよ」


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