第25話 夜桜四重想(2)

 料理のことについて花を咲かせている栞とカザリちゃんは捨て置いて、久羽先輩の隣に座る。


 お酒をゆったりと飲む久羽先輩の姿ってよく見るな。

 みんなに好かれているけど、たまにこうして一人になっていることが多い。


 久羽先輩って、例えるならバラエティ番組の司会みたいな人なんだよな。

 現場を進行させるために、誰よりも目立つ場所でスポットライトを浴びているような人だ。

 誰よりも喋って、誰よりも頭の回転が早くて、誰よりも先に話の本質を解く。


 だけど、ひな壇にいる芸人とは違って、いつも一人でいるような人だ。


 そんな先輩のことを、たまに痛々しく思ってしまう。


「今日は色々とありがとうございました、久羽先輩」

「ううん、全然。私は何もしてないから」


 それだけ言うと黙ってしまった。

 本当に疲弊してしまっているのかな。

 あまり小話をする体力もないようだったら、今日の内に伝えたいことだけ伝えとこうかな。


 家に帰ってからスマホで言おうと思っていたけど、ちょうど二人きりになれたし。


「久羽先輩のお陰で動画もどうにかなりました。それに……」

「それに?」


 俺は栞の方を見る。

 家に帰って二人きりになったとしても、前みたいに無言な時間は流れないだろう。

 流れたとしても、平気な気がする。


「久羽先輩の力を借りなくても、栞と何とかうまくいきそうです」

「…………そっか」


 ギクシャクする頻度が減ったのも、久羽先輩のお陰だ。

 だから精一杯のお礼を言いたい。

 先輩にはずっと、栞との仲を応援してもらったし、仲を取り持ってくれたのだ。


「時間はかかりますけど、喋れてますし、また何かうまくいかなかったら相談するかも知れないです。迷惑またかけちゃうかも知れないですね」

「迷惑かけていいんだよ。巧君に甘えられるの、私好きだから」


 お酒で頬が赤くなっている久羽先輩の横顔は綺麗だった。


 迷惑かけていい、か。

 そう言ってくれるとありがたい。

 久羽先輩のように栞との仲を赤裸々に語れる相手は、他にいないから。


「動画、私どうだったかな? 台本通りに喋れていなかったところもあったけど」

「ああ、それは、大丈夫でしたよ。台本通りに喋ってないのは、いつもそうなんで。台本はあくまで参考程度にして、流れを全部変えられると困りましたけど、久羽先輩はちゃんと緊張せずに喋られていたので助かりました」


 台本通り完璧にしようと思ったら、俳優でもない俺達素人はガチガチになって棒読みになる。

 台本全部無視して話をしたら、他の人達がついていかない。

 台本を用意しなかったら、何を話していいのか分からずに、沈黙の時間が流れてしまう。


 その辺は、全部俺達は通ってきた。

 一人でゲーム実況しているなら、ただ自分勝手に話すだけで成立するかも知れないけど、複数人で動画を撮影する時は、全員が協力しないと成り立たない。

 それを知っているからこそ、動画がどうなるか心配だったけど、久羽先輩がしっかりしている人で良かった。


「最初の頃は、俺達も酷いものでしたから」

「ShowTuberをやりたいってどちらが言い出したんだっけ」

「……どっちでしたかね。でも、前々からやりたいとは思ってましたよ。毎日ShowTube観てたし、憧れはありましたから」


 ShowTubeは向いているか向いていないか。

 その二択を迫られてなら、向いていたのだろう。


 俺は周りに友人は少ないけど、人と喋るのは苦手ではなかった。

 喋り続けることができるのは才能だったのかも知れない。

 むしろ、沢山喋る方ではあったけど、オタクっぽくて、ちょっと周りからは敬遠されていたのかも知れない。


 映画の話をするとする。

 みんな、面白かったね、あの俳優さん格好いいね、の一言で終わる。


 ただ、俺は一言では終わらない。


 オープニングのカメラの視点切り替え、昔の映画のパロディ要素、BGMの挿入のタイミング、原作と映画の相違点、心情の動きを俳優の表情だけで見せる演出の渋さ、パンフレットの俳優や監督のコメント、映画公開前と後による原作者のSNSの呟きの違い、などなど。


 たくさん話したいことがあった。

 でも、そういう話をすると、みんな俯いてしまう。


 俺は普通の人間にはなれなかった。


 でも、だからこそ、ShowTubeは向いていたのかも知れない。

 喋りたいことは沢山あった。

 みんなに合わせて、余計なことを言わないように我慢していた鬱憤はShowTubeで晴らせたかも知れない。


 ただまあ、大学生ともなると、見識が広くなったり、人生経験を踏んでいるので人間の多様性について寛容にはなる。

 だが、中高生は、教室という狭い世界が全てだった。

 だから、俺も今に比べるとかなり寡黙だったので、中高生の同級生が俺の動画を観たら驚くかも知れない。


「ShowTubeやろうとした時に、丁度カップル動画が流行ってたんで、それに乗った形になりましたね。今でも人気ジャンルで、底辺っていう底辺のShowTuberって少ないと思うんですよね」

「みんな恋愛には興味あると思うよ。私もちゃんとあるから」

「百合じゃないですもんね」

「もう! それはいいから!」


 ドラマで人気なのは恋愛ものばっかりだ。

 少女漫画も恋愛がメインだし、ネットのドキュメンタリー番組上位にも恋愛番組が喰い込む。

 恋愛というジャンルは昔から需要がある。

 それを計算に入れて動画投稿した。


 カップルShowTuberという付加価値がなかったら、サブチャンネルでたまにやっているゲーム実況なんか、閑古鳥が鳴いているところだろう。

 だが、お陰様でそこそこの数字は出ている。


「そういえば、栞ちゃんとの馴れ初めってどうだったか私聴いたことある?」

「……どうでしたかね。言ったような気もするような、言わなかったような気もしますけど……。何でですか?」

「ううん。私も恋愛に興味あるから」


 恋愛か。

 自分からは恋愛の話をしないし、元カレとかの話もないから、あんまり興味がある方がじゃないのかなって思ったけど、的確なアドバイスをする分、やっぱり久羽先輩は経験豊富なんだろうな。

 ちょっとショックだけど。


 酒を飲みながら過去を振り返る。

 酔っていると恥ずかしい事でも口が軽くなるのがいいな。

 今ならするりと、言える気がする。


「栞と初めて会った時は、図書館だったと思います」


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