第24話 夜桜四重想(1)
思いの外、撮影時間が長くなってしまった。
編集で半分以上の時間削ることになるだろうが、動画時間の倍は疲れている。
そのことは視聴者の人に知って欲しいな。
今度サブチャンネルで、カットした場面を切り貼りしたものを、投稿してもいいかも知れないな。
最近、サブチャンネルの動画を頻繁には出せていないし。
「巧、音頭を」
「俺が?」
栞に言われて久羽先輩を観るけど、コクン、と無言で頷いた。
年長者の方がいいコメントしてくれると思うんだけど、任されてしまった。
大学生になってから、飲みを始める時の口上は大体、俺になるんだよな。
「みんな、コップは持った?」
周りを見ると、三人とも使い捨てのカップを持っている。
動画を撮り終わったので、お疲れ会を兼ねた飲み会を始めることになった。
周りは暗くなってきているが、外灯があるので局所的には明るい。
まだ花見はできる。
花見をしている人も減っていない、というかむしろ増えているぐらいだ。
「今日は色々とトラブルもありましたが、皆さんのお陰で動画を作り終えることができました。お疲れ様です、それでは、乾杯」
「「「かんぱーい」」」
これと言って面白味もない挨拶をして、乾杯する。
お酒じゃなくて、水とかジュースも一応用意しておいて良かった。
カザリちゃんにはジュースを注いでいる。
一応、飲まないように近くにお酒は置かないようにしている。
久羽先輩がバスケットを開ける。
中にはサンドイッチと、おにぎりが入っていた。
パン派、ごはん派どっちにも対応できる布陣だ。
タッパーを開けると、卵焼きやら唐揚げやらウインナー、卵、ポテトサラダなどなどお弁当の定番が入っている。
種類が豊富だけど、まさか全部手作りじゃないよね。
うちの母親よりも凝った弁当を、今回の為に買って来たのかな。
「みんな、遠慮せずに食べていいからね」
「はいっ!! 遠慮せずに食べますね!!」
久羽先輩が言った瞬間に、カザリちゃんが、食べ物にがっつく。
お腹すいていたのかな。
俺も、結構お腹すいたな。
動画撮り終わった後だからな。
「あなたは遠慮した方がいいと思うけど……久羽先輩、結構量ありますね」
「張り切って作りすぎちゃった。でも、一人増えたから丁度良かったかも」
栞の言う通り、思ったよりも量がある。
三人分の料理とか作ったことないかも。
量がどれくらい必要だとか分かんないしな。
何か、今回は料理も動画も、かなり久羽先輩に負担をかけてしまったな。
お金の配分を考えるだけじゃなくて、もっとお返ししないといけないな。
「でも動画って、意外に疲れるねー。バイトとかとはまた違った疲労感があるというか……。やっぱりカメラがあるからかな?」
「テレビじゃないんですから」
数十万人のShowTuberなら地方テレビに呼ばれてもおかしくないから、テレビ出演しろって言われる可能性もある。
そうなると、多分、俺は断っちゃうな。
地上波は緊張する。
それに、他人に動画編集されたり、他人に台本を用意されるのがどうも抵抗がある。
でも、それと同じようなことを、久羽先輩は感じたんだろうな。
「それでも、疲れたかなー。やっぱりShowTubeやっている人は凄いね」
「そう、ですかね」
慣れてしまって忘れる時があるけど、動画だって世界に配信しているんだよな。
プレッシャーに押し潰されそうになるだろうな。
俺だって動画を撮り始めて何ヵ月間は心臓がバクバクいっていた。
「つ、疲れましたね……」
「ShowTuberの癖に何疲れてるのよ」
カザリちゃんまで疲れている。
更新頻度こそ低いものの、何本も動画を上げていた気がするけど、傍目から観ても疲れているように見える。
「憧れの人達の動画を撮っていたら、プレッシャーで……。勿論、シオさんも憧れの対象ですからね!」
「ふーん、そう。お酒、間違えて飲まないでよ。アナタのこと送り迎えするの大変だったんだから」
「すいません。気を付けます」
俺には分かる。
照れ隠しで、栞がわざと厳しい口調になったのを。
伊達に同棲していない。
「でも生タクはやっぱり、カッコよかったですねー」
「生タクって……」
若い女性と匿名掲示板の人は、すぐ新しい言語を生み出すな。
丁度生ビール持ってるから、変に互換性あるように聴こえたし。
「ピンチの時に一瞬で閃いて、動画のネタにするんですから凄いですよね」
「ピンチを作った本人がそれを言ったら駄目でしょ」
「あはっ、すいませーん」
嫌味を言った栞が、赤い唐揚げを箸に取った。
「あっ、美味しい」
「ありがとう、栞ちゃん。でも、食べるの無理しなくていいよ。お腹いっぱいなんじゃない? 動画でも食べてたから」
動画内でドーナツを食べてしまった。
甘いものを食べるとお腹が膨れてしまうので、俺もそこまで食べられそうにない。
「いいえ、全然。甘い物ばっかりだったんで、ちょっとピリ辛な味が美味しく感じます」
「あまり食べ過ぎるなよ、太るぞ」
「はあ?」
秒でキレられた。
反論すると長いので、一言で済ます。
「ごめん……」
普通のから揚げ、塩味もある。
赤い唐揚げは豆板醤を混ぜているのかな。
唐揚げだけでも種類があるけど、サンドイッチやおにぎりにも種類があるようだ。
カザリちゃんがおにぎりに手を取ったので、俺も倣っておにぎりと唐揚げを取る。
「本当に美味しいですね!」
「……うまっ」
俺も美味しいです、って丁寧に言おうとしたが、素の感想が出てきてしまった。
料理作る人間だからこそ、どれだけ凝って料理を作ったのかが分かる。
唐揚げ一つとってもそうだ。
切り方、下処理の方法、漬け時間、材料、揚げ時間。
あらゆる要素で、味は変わる。
しっかとした知識と、技術と仕事の丁寧さが一口噛んだだけで伝わって来る。
「二人ともありがとう。あんまり手間をかけてないから、恥ずかしいんだけど」
「レシピ教えて欲しいです! 私、料理はあんまり作った事ないんで」
「レシピ? レシピだったら、これを参考にしたかな」
久羽先輩とカザリちゃんが話し始めた。
一つのスマホを二人で観て、あれやこれや言っている。
そうなると、必然的に、俺と栞の二人で話すことになる。
「お疲れ」
「ん」
素っ気ない返事をした栞の隣に、俺はあまり音を立てないように座る。
動画内で詰まった時、カザリちゃんや久羽先輩が話してくれたお陰であまり違和感なく栞とも話せた。
そのお陰で、今日は昔みたいにリラックスして話せる気がする。
「カザリちゃんを参加させたのはよく分からなかったけど、満足したか?」
「なにそれ?」
「何それも何も、気になったからさ。あそこまでムキになるのは珍しいから」
「そうかな?」
「そうだよ」
「分からないものね。自分のことって」
「分からないから、誰かと繋がろうとするんじゃないの? 人間は」
栞は露骨に眉を顰める。
「何、もう酔ってるの?」
「……かもな」
お酒一杯も飲み干していないけど、酔いは回っている気がする。
お酒、というよりかは、景色に。
「夜桜、綺麗だな」
「うん……」
ライトアップしているお陰で、桜のピンク色の濃淡が昼の桜とはまるで違う。
幻想的で、いつまでも眺めていたい気分だ。
「来年も一緒に来たいわね」
栞の言葉に、俺は内心頷く。
どうやら、最近仲が悪いと思っていたけど、やはり相性はいい方なのかも知れない。
似たもの夫婦というけれど、あれは元々似ているんじゃなくて、一緒に生活している内に夫婦が似てくるんじゃないかって思っている。
俺達も一緒にいる内に、似てきていたのだ。
どうやら、以心伝心しているらしい。
「ああ、みんなと一緒に」
「……え?」
「……え?」
放心している栞の背中に、カザリちゃんが抱き着く。
「シオさーん」
「な、何!? くっつかないでくれる!?」
「観てください。このレシピ。小麦粉とかうちにないですよー」
「買えばいいじゃない」
「買っても、絶対余らせちゃうんですよー。粉系は薄力粉とかも全然使い切らないんですよ」
「それは分かるけど……」
何やら料理のレシピを話し始めた。
俺のことなんて蚊帳の外で、どんどん話を続けていく。
どうやら栞が今日一番仲を深めたのは俺ではなく、カザリちゃんだったみたいだ。
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