第23話 撃滅の鬼はいつも口に咥えている

 久羽先輩にくっついて、カザリちゃんがお花見の待ち合わせ場所までやって来た。

 今日、お花見をやることはカザリちゃんには話していない。

 お花見の動画を撮ることだけは、本人を前にしながら話をした覚えはある。


「あの子のこと、呼んだの」

「まさか」


 お花見の話をしたもう一方の栞がそういう口ぶりってことは、栞も教えていないってことだ。

 そもそもこの2人、連絡先交換してなさそうだから、教えることもできないか。


「何で、ここに?」

「実は、さっきたまたまそこで会ったんだよねー」


 たはは、と言いながら久羽先輩が後頭部に手を当てる。


 家が近所だからたまたま会う機会があるかも、なんて久羽先輩と冗談で言っていたのに。

 偶発的に会うなんて、どんな確率だ。


「しかも、その格好は?」

「『撃滅の鬼』の鼠子ちゃんコスですよ! ピンクの和服で羽織もお花見ピッタリじゃないですか?」

「そ、そうだね。ちゃんとトレードマークの竹輪あるし」


 鼠子ちゃんは食欲旺盛なキャラなので、竹輪をいつも口に咥えている人気キャラだ。

 朝、パンを咥えて走る少女よりもシュールなキャラをしていて、子どもから大人まで幅広い支持を得ている。

 だけど、公共の場で紐に繋がっている竹輪の作り物を、首からぶら下げられていると知り合いとは思われたくない。


「何か、人に結構見られている気がしますね」

「カザリちゃんが綺麗だからじゃないかな」

「えぇ、本当ですかあ。嬉しいぃ!!」


 栞に膝を思い切り抓られる。


「痛っ!!」

「ちょっと!! 台無しなんだけど!! 何、私と同じセリフを他の子に言ってるの!?」

「い、今のは動揺し過ぎて!! もう、あのセリフ以外何も思いつきませんでした!!」


 和服とお花見という季節感がマッチした服装に、思わず本音が出てしまった。

 さっきまで栞といい雰囲気だったのに台無しだ。


「どんな所でもコスプレしているのね」

「コスプレは趣味であり、私の人生ですから」


 栞の呆れ具合が理解できていないのか、カザリちゃんはドヤ顔をする。


 今の所、コスプレしている姿しか観ていないから、本気なんだろう。

 私服が見たくなってきた。

 派手な服着てそうだな。


「悪いけど、帰ってくれる? この前みたいな飲み会とは違って、今日は動画撮らないといけないから部外者はお呼びじゃないの」

「えぇ、でも。部外者っていったら、土屋先輩もじゃないですか? むしろ、私だって底辺とはいえ、ShowTuberですよ? だったら、土屋先輩の方が部外者じゃないですか?」

「それは……」


 久羽先輩が申し訳なさそうに言い淀んだので、俺が助け舟を出す。


「久羽先輩には俺から頼んだんだよ。先輩が居てくれた方が、動画内容が良くなると思ったから」

「だったら、私も入れてください。ね! 何でもしますから!!」


 グイグイ来るけど、今度ばかりは許可できないな。

 動画作りは遊びじゃない。

 適当に作れば、それも当然視聴者に伝わる。

 ただでさえ、久羽先輩というイレギュラーが今回は動画に入ることになる。

 ここで、さらに不確定要素を投入しても、動画が面白くなる確率は低い。

 博打を打つほど、俺達は剛胆ではない。


「流石にそれは無理だよ」

「えぇ、何でですか?」

「今日コラボする準備がまるでできていないからだよ。動画を上げるってならまた後日ってことになる。そうなったら、みんなの予定を合わせるのにまた時間がかかるんだ」


 コラボするならするで、キチンと順序立てて予定を作るべきだった。

 だが、今すぐやるとなったら、まず無理だ。

 勢いだけで動画を撮れるほど、トークの才能が俺達にある訳じゃない。

 アドリブ力もない、台本を書き直す時間もない。


 また後日となったら、三年生である久羽先輩は忙しい。

 早い人は就活や卒論の準備を始める人だっている。

 講義を他の人より多めに受講をしている先輩は、大学そのものが忙しい。

 それに、交友関係が広いので飲み会や打ち上げなどのプライベートも充実しているので、こうして俺達の為に予定を開けてくれていることが奇跡に近い。


 ここにいる四人全員がここに集まることなんて、あと数ヵ月後になる。

 そうなったら、桜は完全に散ってしまった後だろう。

 お花見の動画なんて撮れない。


「申し訳ないけど、動画の流れはもう決まってるんだ。今日は友達紹介と称して、久羽先輩を軽く紹介して、あまり先輩には触れずに、お花見に来たことを説明する。そして、人気カフェで買ってきた人気ベスト5の食レポをして、それからお酒を飲む流れなんだ。ここでコラボなんてしたら、動画の趣旨がブレる」


 栞と、それから久羽先輩と個別に打ち合わせもした。

 買い出しもした。

 今更滅茶苦茶にはできない。


「? どういうことですか? ブレる?」

「もしもここでカザリちゃんまで出てきたら、結局どんな動画なのか分からなくなる。ちゃんと視聴者の人に伝わるような動画を、俺達は作らないとダメなんだ」


 ただでさえ現地点でテーマが2つある。

 一つは、お花見しながら飲み会、もう一つはカフェの人気メニューの紹介。

 カフェの動画をメインチャンネルで投稿し、飲み会の動画をサブチャンネルで投稿する予定だ。

 もう、これ以上、コンセプトを増やしたら動画を上げることなんてできない。


「じゃあ、動画三本取りとかどうですか? 勿論、食材や通行費とか雑費は私も出しますから」

「三本取りって……」

「お願いします! 私、迷惑をかけたい訳じゃないんです。こうしてたまたま会えたのも運命なんじゃないかって思うんです。私、最近、二人とも元気がないの、なんとなく分かってました。動画を観ているファンだったら分かると思います」

「…………」


 その言葉はショックだった。

 動画内だけはバレていないつもりだった。

 コメントでも、元気がない指摘はなかったはずだ。


「私だったら、シオさんが出来ない事だってやってみせます! NGなしです!! ポロリだってします!」

「どういうこと!?」


 ずっと黙っていた栞が徐に口を開く。


「いいわよ」

「え?」

「動画、出ていいわよ」

「やったあっ! ありがとうございます!」


 諸手を上げて喜びを表現するカザリちゃんだったが、相反して俺の気持ちは沈む。

 

 俺は栞の腕を掴んで引き寄せると、コソコソと相談を始める。


「…………なんでだよ。さっき、栞だって、辞めて方がいいって言っていたろ。流石にカザリちゃんを動画に出すのは駄目だろ。打ち合わせも何もしていないんだぞ」

「それでも、逃げたくないから」

「どういうこと?」

「責任なら私が取るから、やりましょう! 人が沢山いた方が動画も盛り上がるでしょ!」


 栞はそう言うと、久羽先輩の所まで行って荷物を受け取る。

 シートの上に並べて、動画の準備を始める。


「すいません。久羽先輩。こんなことになっちゃって」

「わ、私はいいけど……」


 チラリと、久羽先輩がこちらを伺ってくる。


 久羽先輩がそういって、栞が納得したのなら、俺も次のステップを踏むしかない。

 カザリちゃんを動画に入れないのではなく、入れるためにどうするか、だ。


「動画のコンセプト、変えてみるか……」


 根本的に返る必要があるが、大がかりな変更はできない。

 元々の動画の流れをしながら、さらに面白くするためにカザリちゃんの配役はどうするか。

 スマホを手に取って、台本を書いていく。

 俺が案としてみんなに提示するのは、これしかない。


「新しいコンセプトプラン(仮)は、迷惑系ShowTuberだ」


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