第26話 即堕ち2コマの1コマ目
大学一年生頃。
特に目ぼしいサークルもなかったので、アルバイトを始めた。
バイト先は、通っている大学の図書館だった。
主な仕事内容は、受付と、本の整理、貸出期間の遅れている人への電話、予約本の管理、掃除、公式HPに連絡事項を載せるなどの作業だった。
本は好きだし、大学の講義が終わったらバスや電車に乗らずすぐにバイトができるので、大学の掲示板の求人を見た瞬間に応募した。
見事面接に受かった俺はその日、大学の図書館でブックカートを押していた。
背表紙に貼られたシールで棚番を確認し、足を止める。
貸し出された本が返却されたので、元の位置に戻さなければならない。
「文学小説か……」
借りられている本にランキングを付けるとするならば、レポート提出で必要な参考資料が一番多く、その次に娯楽小説やライトノベル、そして三つ目に文学小説だろうか。
タイトルが気になった。
元の位置に戻す本は読んだことがなかったので、今日俺が借りて帰ろうかな。
本の間に差し込むと、不意に『太宰治後期作品の徹底解説~3分で読めるあらすじ付き~』のタイトルが目に映る。
「…………」
アルバイト中だというのに、何とも興味をそそられるタイトルに視線が吸い込まれる。
タイトルや背表紙からして、最近発売されたものだろう。
太宰治の解説本はいくつか読んだことがあるが、読んだことはないはずだ。
手を伸ばすと、指先が他人の指先と触れる。
「す、すいません!!」
「……すいません」
静電気が走ったみたいに、手元を身体に引き寄せる。
どうやら同じ本を手に取ろうとしたみたいだ。
「あの、どうぞ」
おずおずといった感じで本を譲ってくれるその女性が、ハッとするような美人だったことに気が付く。
「あ、あの?」
「……ああ、すいません。あの、いいです。俺は、どうせ今本読めないし」
見惚れていた俺は正気に戻ると、本を譲り返す。
俺の言葉と身に着けている前掛けから、アルバイトが仕事をサボっていたことに気が付いたようだ。
「太宰、お好きなんですね」
「まあ、普通に。――すいませんでした」
「いいえ」
俺は速足でブックカートへ戻る。
もう少し話していたいという気持ちもあったけど、図書館でペチャクチャ喋るわけにもいかない。
普通の利用者でもそうだが、俺は今バイト中なのだ。
せっせと働かないと、図書館のおばちゃんに叱責される。
それに、太宰治が好きな女の人にまともな人間がいるとは思えない。
同じタイミングで同じタイトルの本を手に取る。
……なんて、最近は少女漫画でも読まないようなシチュエーションを自分が起こすとは思わなかった。
有名な恋愛フラグの一つだけど、どこにラブロマンスを感じるんだろうか。
相手は美人だったけど、俺は全く感じなかった。
何せ、自分の好きな小説が好きな女性だ。
絶対に話が合わない。
ライトノベルや漫画、映画、ドラマとか他の娯楽作品だったら、趣味が合って仲良くなれるかも知れない。
だけど、小説。
ましてや太宰治が好きな人は、ひねくれ者で性格が悪く、自意識過剰で依存心が高い変わり者と相場が決まっている。
要はメンヘラかヤンデレ気質がある女性だ。
どれだけ容姿が整っていても、恋に落ちることはない。
その時の俺はそう思っていた。
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