第10話 指輪を外して女に会いに行く
栞は髪を結んでいる。
俺と同じく、出かける準備をしているようだ。
俺はポニーテール萌えだとふざけて言ったことがあるけど、まさか俺の為に実践してくれているわけじゃないだろう。
昨日プチ修羅場があったばかりだしな。
「今日は夕飯いらないから」
「俺も出かけるからいらない」
お互いに背を向けながら答える。
栞が姿見鏡を使っているので、小さい鏡を俺が使っている。
髪の毛が跳ねていないかとか、鼻毛出ていないかとか、そんなチェックしかしないので、小さい鏡でも特に問題はない。
今日は俺が夕飯を作る予定だったので、助かったな。
ご飯を外で済ます予定だったから、栞の夕食だけを作るとなると手間が増えるからだ。
でも、以前は急に夕飯はいらないなんて言ったら、以前は喧嘩になっていたな。
既に献立は考えていて、今日までが賞味期限の食材をどう消費するかとかで言い争いになっていたけど、今はお互いにあまり干渉しないようにしているから、もうヒートアップなんてしない。
いいような悪いような。
「……誰と何処へ行くの?」
「大学の友達に飲みに誘われた。そっちは?」
予想していた質問だったので、間髪入れずに答えられた。
怪しまれなかっただろうか。
飲みに誘われた、だけを言ったら、誰と行くのかを追及されそうだったので質問し返した。
「私も大体同じかな」
「そうか」
カジュアル系の服装をして、女ウケが良さそうな上下の揃え方だ。
俺と出かける時のような服じゃないってことは、女友達と飲みに行くのかな。
まあ、栞が男と飲みに行こうが、俺には関係ない事か。
嫉妬する資格なんて、俺にはもうない。
俺だって異性と二人きりで飲みに行くんだから。
鏡の前に、コトン、と指輪を置く。
つけようか迷ったけど、今日はつけなくていいか。
いつもは四六時中つけているものだけど、今はそんな気分にならない。
「指輪、今日はつけないの?」
「え? ああ、そうだな……。あー、でも飲みでどこか無くしそうだからいいかな」
「酔って、傘とか財布を店に置いてきたこともあるもんね」
「ま、まあな……」
大学生は飲み会しかしないから、飲みの思い出が多いとはいえ、よくそんな細かいことまで覚えているな。
ただこの指輪も思い出の塊だ。
誕生日に、栞からプレゼントで貰ったものだからだ。
嬉しかったな。
こういうアクセサリーは自分で買ったことはほとんどなかった。
センスが良くて、普段使いもしやすいシンプルなデザインの指輪で気に入っていた。
何より、栞が俺の為にプレゼントしてくれたものだ。
上機嫌になっていつもつけていた。
何となく、この指輪を付けたくない気分だ。
「酔わないように気を付けてね」
「あ、ああ……。そっちも気を付けて」
その優しい気遣いが胸に痛かった。
何となく、栞も気が付いているような気がする。
俺の心が完全に栞から離れていて、俺が会いに行く相手が誰なのかを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます