第9話 世界を敵に回しても爆弾処理班の味方になる
「わ、別れちゃったの!?」
数十分後。
服を乾かすことができた久羽先輩と俺は、食堂に来ていた。
お互いに講義がなかったので、話す時間はあったので、ずっと報告できなかったことを報告した。
相談したいこともあったので相談したのだが、思いの外、俺と栞が別れたことに驚いていた。
「声を抑えてください、久羽先輩」
「ご、ごめん」
立ち上がった久羽先輩は椅子に座る。
久羽先輩はただでさえ目立つのだ。
オーバーリアクションのせいで、余計に視線を集めてしまった。
栞とは二年生になってから別れたのだが、今の今まで久羽先輩に報告出来ていなかった。
水臭いとは思ったが、どうしても話せなかった。
久羽先輩はいつも熱心に恋愛相談に乗ってくれた。
恋愛下手な俺が、あんなに綺麗な栞と付き合うことができたのは偏に久羽先輩のお陰だ。
デートコースとかプレゼントとか、ありとあらゆる小さな相談事に乗ってくれた。
だからこそ、俺は久羽先輩に報告出来ていなかったのだ。
もしかしたら栞の方から聴いていると思って軽く言ったのだが、どうやら栞も話し出せなかったらしい。
久羽先輩は新しく買った炭酸飲料のプルタブを開けながら、はぁ、と嘆息を吐く。
「そっかあ、さっきは栞ちゃんのこと訊いてごめんね」
「え?」
「嫌だったでしょ?」
「ぜ、全然です。もう、別れたことは済んだことですし、ShowTube続ける上では、もうお互いビジネスカップルになるって決めたことですし」
栞のことを訊かれた時は、心に小波が打ったけど久羽先輩は何も悪くない。
気にし過ぎだ。
久羽先輩は気遣いの人だからな。
いつも周りを見て空気を読むような人で、本当にできた人だ。
大勢の人に好かれるだけのことはある。
「まあ、外野の私は何も言えないけどねぇ。別れたのなら仕方ない。2人はお似合いだと思ってたんだけどねぇ」
「最初は上手くいってたんですけどね」
プライベートでも、動画の方向性でも言い合うようになったから、二重に苦しかった。
2人がShowTuberじゃなかったから、もしかしたら今も付き合ったままだったかも知れない。
久羽先輩は新しく買った炭酸飲料を飲む。
「それで……。巧君はそのコスプレイヤーの子と会うのに躊躇っているって訳か……」
「はい、そうなんです」
今朝、自称コスプレイヤーであるカザリちゃんから連絡が来ていた。
早速、会いたいという話で、返事は待ってもらっている。
そのことを久羽先輩に相談した。
カザリちゃんとの出会いまで、掻い摘んで話してしまった。
ぼかして話そうとしたのだが、久羽先輩は聞き上手過ぎる。
ほとんど話してしまった。
栞から浮気だと言われているが、自分はどうしてもカザリちゃんのことが気になっているという旨を伝えた。
勿論、出会ったばかりのカザリちゃんに恋愛感情はない。
ただ、栞と話す時とは違って、ほっこりするのだ。
「悩んでるってことは、会いたいんでしょ? 会えばいいじゃない。別に悪い事している訳じゃないだし」
「そう、ですか……」
他ならぬ久羽先輩にそう言ってもらえると確信できる。
俺、カザリちゃんにまた会いたいんだ。
人生経験豊富そうな先輩が言うのなら、間違いないだろう。
「仮に栞ちゃんと付き合ったままだとしても、女の子と会うぐらいはするでしょ。それで浮気になっていたら、私と巧君とだって浮気していることになるでしょ?」
「えっ」
「じょーだん、冗談だって。私にそんな高度な恋愛はできないって。普通の恋愛だってできないから」
独特な表現をしながら言葉を濁す。
久羽先輩が一瞬診せた物憂げな表情に、俺は固まってしまった。
――なんか、たまに闇を感じるんだよな、久羽先輩。
弱音を吐いている姿を見たことないし、想像もできない。
常に周囲に人はいるけど、人生相談ができる親友はいなさそうだ。
誰にも言えない深い悩みを永遠に抱えてそうだ。
俺は視線を落とす。
ジッと見て居たかったけど、久羽先輩は勘が鋭い。
俺が心配そうにしている姿を見たら、それを察して空元気になるだろう。
久羽先輩の同級生なんかはそんな彼女の姿を知らないだろうけど、俺には見せてくれている。
何故かそんな確信がある。
コトン、と久羽先輩は飲料缶を置く。
「そっか、別れちゃったんだ……」
どこか遠くを見ながら独り言を呟いた。
思わず、俺は反応してしまう。
「え?」
「あ、いや、ごめんねぇ。私、2人が別れるとは思ってなかったから……」
悲しそうにしながら、久羽先輩は顔を伏せる。
まるで自分のことのようだ。
「こんな時、どんな顔すればいいんだろうね」
脳内に某アニメの名シーンが浮かんだ。
言ってはいけないと思いつつも、言わなきゃいけないという使命感に襲われる。
「……笑えばいいと思うよ」
「あのね。こんな時にふざけない」
頭に軽くチョップを入れられる。
「痛っ」
「……まったく、巧君は変わらないねぇ」
久羽先輩は微苦笑を浮かべる。
良かった。
俺の気遣いなんて先刻承知だろうけど、このぐらいしか先輩を笑わせる手段が思いつかなかった。
大学二年生になっても、まだまだ高校生の気分だ。
俺は何もできない。
「……こんなんじゃ、私、気持ち抑えられないじゃん」
「え?」
小さい声で半分以上聞き取れなかったけど、気持ちとか、何とか聴こえた気がする。
もしかして、そういうことか?
「やっぱり、久羽先輩、栞のこと狙っているんですか?」
ゴホッ、と口にした炭酸飲料が器官に入ったかのように、久羽先輩は噎せる。
持参のハンカチで口元を隠しながら反論してくる。
「やっぱりって何、やっぱりってぇ!! 巧君、私のこと、何だと思ってるの!?」
「いや、先輩って百合疑惑があるから」
「そんなんじゃないから! 私はノーマルです!! 普通に男性が好きなの!! 女子も勿論可愛くて好きだけど、恋愛対象はあくまで男性!!」
激しい手振りで説明する先輩、顔が赤くなっていて可愛いな。
この反応、嘘は言っていないみたいだ。
良かった。
男の人ちゃんと好きなのか。
……ってなんで、俺はホッとしているんだ。
「それは……。私だって恋したい気持ちはあるけど、できなかったの!! それだけ!!」
「そ、そうですか……」
過去にトラウマ級の恋愛をしてそうだな、久羽先輩。
少しだけ興味あったけど、これ以上深堀するのは止そう。
好奇心で訊いたら火傷じゃ済まなかったことが沢山ある。
なんか、俺の周りの女性は重い人が多い気がする。
地雷の多い女性ばかり周囲にいるので、友達から付けられた渾名が『爆弾処理班』だったことがある。
その友達に座布団一枚あげたい。
「ありがとうございます。今日は色々とすいませんでした。久羽先輩のお陰で決めました。俺、会おうと思います。いつも頼れる先輩でいてくれてありがとうございます!!」
「……私は頼れる先輩になんてなりたくなかったけどな……」
「え?」
今度こそ何も聞えなかった。
何て言ったんだ?
「何でもない!! うん!! 何かあったらいつでも連絡して。例え、世界が敵に回ったとしても、私は巧君の味方だから」
「せ、世界の敵になんてなりませんよ、俺は!! でも、ありがとうございます!!」
いいアドバイスを聴けた。
カザリちゃんには、今日の夜会おうという返事をするとして、後は、栞にどう説明するかだ。
それだけが憂鬱だ。
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