第3話 羞恥プレイと渦巻く略奪愛(1)

 近くにあったカフェに入る。

 カザリちゃんが注文したのは、キャラメルラテの一品のみ。

 俺は、さくら色のストロベリーチョコラテと、ストロベリーロングリングと呼ばれるドーナツの二品。

 どっちも甘ったるい匂いがする。


 こういう所には一人じゃあまり来ないから、勝手が分からない。

 特に、今日は。


「店中の視線集めてるね……」

「タクさんがイケメンだからですね!」

「みんな、絶対にカザリちゃんを見ているだけだと思うけど」


 カフェ中の視線が四方から突き刺さって来るけど、カザリちゃんのメイド姿の格好のせいだと思う。

 よくメイド姿でカフェに入ろうと思ったな。

 しかも、着用しているのは、ただのメイド服じゃない。

 胸元ガッツリ開いているし、スカートは超ミニだからパンツ見えそうだし。

 更には布の面積少なすぎて、ヘソ見えてますけど。

 色々と露出度高すぎるだろ。

 対面にいる俺としては視線に困るような服装だ。


 お金あげるから、今すぐ服屋で服を買って着替えてきて欲しい。

 こんなの羞恥プレイだろ。


「そもそも、俺はイケメンではないけど」

「でも、動画だとコメント残ってません? タクさん、イケメンだって」

「あれは、ShowTuberの中で顔出ししている中じゃ、相対的にフツメンだっていうだけじゃないの? お笑い芸人のイケメン枠と同じだよ」


 アイドルグループにいたらブサイク枠になってるだろうな。

 顔出ししている動画投稿者の中で、まだマシだってだけだ。

 大学生だから若い方に入るだろうしな。

 社会人じゃなきゃ、顔面採点も甘くなるだろう。


「でも、服装や髪型だってキマってますよね?」

「服装とか髪型は確かに気を付けてるけど、ファッションセンスは高いとは言えないかな」


 服装とか髪型は、相方の栞が口うるさいんだよな。

 俺が無造作に選んだらダサいと言われるから、気を付けるようにしている。


 肌が荒れないように化粧水使っているし、撮影の時はメイクまでしている。

 そこまでしているのに、動画を撮った後に肌補正とかされる時あるから、気を付ける意味はあるのかな?


「それよりも、カザリちゃんの方が可愛いから、みんな見ているんじゃないの?」

「え、ええっ!! タクさんに褒められるなら、お世辞でも嬉しいです」


 お世辞じゃないけどな。

 顔が整っている人に、可愛いと嘯けるほど器用じゃない。


 世界中にコスプレ動画を上げているだけあって、人目を引く。

 化粧をバッチリしているのもあるだろうけど、そこらの芸能人よりも上なんじゃないだろうか。


 そんなカザリちゃんとこうして今、お茶をしている。

 動画の相方がいなかったら、浮足立っているところだ。


「女性に年齢を訊くのは失礼だけど、カザリちゃんって何歳?」

「何歳に見えますか?」


 うーん。

 女性にされて嫌な質問ベスト3に入る台詞。

 なんでこういう相手を試すような質問をするんだろうか。

 ただ今回は相手が年齢不詳じゃないので、プレッシャーは低い。


「18とか?」

「当たりです!! タクさんは20歳ですよね?」

「そう。大学二年。カザリちゃんは一年生?」

「はい! 今年の春になったばかりです! 大学生って大変ですね!」

「まあ、特に一年生は大変かもね。やる事が多いし」


 高校生までとは違って、大学生となると自由度が違う。

 実家を離れる人だっているし、そうなってくると家事をしなくちゃならなくなる。

 講義の受講の仕方だって勝手が違うし、キャンパスが広いと迷うだろうし。

 サークル活動やバイトだってある。

 俺も一年生の時は、目まぐるしい環境の変化に戸惑ったものだ。


「それで、何が訊きたいの?」


 パシャリ、と、自分の注文したものを、しっかりとスマホの画像フォルダに収めると、早速本題に入る。

 できれば、さっさと終わらせたい。

 みんなの視線が痛いからね。


「そうですね。動画が伸びないんですけど」


 答えがアバウト過ぎる。

 それはみんなそうなんだよ。

 俺だって毎日悩んでることなんだけど。


「えー、と。まずはチャンネル見せてくれる?」

「は、はい」


 スマホを貸してもらって、チャンネルの問題点を探す。


 俺らと同じ、顔出ししながら動画を上げているチャンネルか。

 特徴はコスプレ服を着ながら動画を上げていることか。

 主な動画は、コスプレの仕方とか、コスプレ服を着ながらのゲーム実況か。


 動画が伸びない理由が分かるか不安だったが、数秒でいくつか見つけたな。


「とりあえず、サムネに大きく文字入れたら?」

「文字、ですか?」

「動画のタイトルを観る前に、サムネに文字入ってなかったら、それだけで観る人減るから入れた方がいいね。分かりやすいよう、短い文字で簡潔に」

「でも、私が知っている人は入れてないんですよね」

「その人は有名だから再生数が稼げているだけだね。サムネが悪かったら、底辺動画投稿者の動画なんて誰も観ないから。サムネは命だよ」


 あと、同じサムネがずっと並んでいるのも致命的かな。

 動画ごとにサムネを変更しないと、動画を見返そうとしてくれた視聴者をふるいにかけることになるからな。


「あと、アイコンにカザリちゃんの顔を入れた方がいいと思う」

「な、なんで、ですか?」

「アイコンでカザリちゃんのことを憶えてもらうためだね。文字だけのアイコンだと、新人は不利だよ」


 ともかく認知されることが大事なんだよね。

 つまらない人だったり、ブサイクな人だったとしても、認知度が高ければ再生数は稼げる。

 今の時代、自分の興味あるものを検索するんじゃなくて、オススメ動画として上げられた動画を観る時代だ。

 オススメ動画に上がった時に無視されないよう、顔出ししているメリットを全面に出した方がいい。

 カザリちゃんは綺麗なんだから、それを使わなきゃ勿体ない。


「サムネもアイコンも、視聴者の窓口を広くするために変更した方がいいんですね」

「そうそう」

「だとしたら、やっぱり最近流行りのショート動画を上げた方がいいんですか?」

「うーん。確かに。でも、それだけだと、ちょっと弱いかな」

「ShowTubeは10分以上の動画が主流のサービスですよね? だったら、もっとショート動画に特化した別のアプリから、視聴者を誘引させた方がいいですか?」

「そう、だね」


 広告をつけて収益を得るためには、長時間の動画がいい。

 ただ、長時間動画で広告がたくさんあるとなると、有名な投稿者の動画しか、みんな視聴を我慢できない。


 だから、底辺の投稿者ほど、みんなが手軽に観られるショート動画がいい。

 だが、そうなると広告収入を得ることができなくなる。

 そういった矛盾を解決する為に、適材適所で動画を上げる場所を考える。


 即興にしては、いい考えだ。

 ただ、ショート動画は向き不向きが出る。

 カザリちゃんにバズらせることができるか?

 いや、考え方は悪くない。

 何事も挑戦するべきだ。

 仮に失敗したとしても、いい勉強になる。


 ショート動画か。

 簡潔に物事をまとめるのは難解だ。

 学校の推薦入試などに小論文が使わるのがいい例だ。


「……うん、試してみてもいいんじゃないかな」

「ほ、本当ですか?」

「ほんと、ほんと。いいと思う!」


 うわあ。

 普通に嬉しいな、こういう分かってくれる子。

 ポンポン、深い意見を交換できる子って、中々いないんだよな。


 俺は、ShowTuberをやる人は、学校の成績はともかくとして、地頭が良い人が多いと思っている。

 だから、相方の栞とも話が合った。


 クラスメイトに質問されて、ShowTubeのことを説明すると、ポカンとされる。

 ちょっと詳しい話をすると理解できないのか薄ら笑いをされる。


 これだけ稼いでいるとか、再生数数百万、とか具体的な数字を出すと、スゲーと褒められるが、それだけだ。

 具体的な自分の意見を出せる人間はそうはいない。


 将棋のルールが分からないから、将棋の合間のご飯について騒ぎ立てる人達と一緒だ。

 俺だったらプロの指す一手一手を、テレビの解説を聴きながら、誰かと語り合いたい。

 でも、そういう論理派な人間は圧倒的少数派だ。


 だから、こういう『分かってくれる』――同志みたいな人がいると嬉しい。

 ShowTubeやっていて良かったと思える。


「他には?」

「うーん。もう、いいです」

「そ、そう? あんな脅しをしていて意外に聴きたいこと少ないね」


 一段落着いたので、注文したものに口に運ぶ。

 甘ったるいな。

 甘いものは好きでも、ここのは甘すぎる。


「ああ、あれは建前です。ああでも言わなきゃ、こうして私と一緒にいてくれないかなって思って」


 ズッ、とチョコラテを飲む速度が落ちる。

 一瞬、空気が凍った。


「じゃあ、本当は?」


 戦々恐々とした俺の質問を、カザリちゃんは恥じらいながら答える。



「こうして二人きりになりたかった、って言ったらどうします?」



 ――その時。

 カザリちゃんが、世界で一番可愛く見えた。

 こんなに求められたら、誰だって撃ち抜かれるだろう。

 俺にビジネス彼女がいなかったら、よろめいて恋に落ちているところだ。


「……からかうのは止めてくれ。俺に彼女がいるのは知っているだろ?」

「浮気します?」

「ブッ!!」


 チョコラテが逆流するかと思った。

 何て危険なことを言うんだ。


「冗談ですよ、冗談。でも、待ってていいですか?」

「え?」


 そっと、手を握られる。

 俺よりもひんやりと冷たいその手はしっとりとしていて気持ちいい。


「私、お二人のファンなんです。タクさんとシオさんどちらも好きです。だから仲を壊したくないです。だから、待ってます。ずっとあなたのことを好きで居続けていいですか? もしも、一人になるその時が来たら、私と付き合ってくれますか?」

「――それも、冗談だろ?」


 そうあって欲しいという願望を込めて、俺は平静を装いながら言葉を放つ。


「分かりました? ふふっ」


 くしゃり、と相貌を崩す彼女の一挙手一投足が、一々ツボを突いてくる。


 可愛いな、チクショウ。

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