第2話 10万人 VS 5000人


「そうだけど……」

「やっぱり!! 会えて嬉しいですっ!! 私、タクさんのファンなんです!!」

「ああ、そう、ありがとう」


 手を握ってきて、はしゃぐ。


 ファンか。

 登録者数10万人の底辺配信者だけど、そう言ってもらえると、こちらこそ嬉しいってもんだ。

 最近、道端で声をかけられることが増えた。

 まるでちょっとした芸能人になったみたいだ。


 冴木 巧さえき たくみ

 それが俺の名前だ。

 自分の名前の巧からタクという名義にして、ShowTubeで活動している。

 動画のフォロワーからは、タクさんと呼ばれている。


「今日は『シオさん』とは一緒じゃないんですか?」

「ああ、まあね……」


 火野 栞ひの しおり

 俺と一緒に動画を上げている配信の相方兼、俺の彼女――ということになっている。

 俺達は俗に言う、カップル系ShowTuberっていうやつだ。


 二人一緒になって動画を投稿していて、栞も名前から取ってファンからは『シオさん』と呼ばれている。


「栞は、大学の講義が忙しいみたいだね」

「そうですか……。『タクシオチャンネル』だといつも一緒にいるから、シオさんにも会って見たかったです……」


 タクシオチャンネルは、俺達が動画を投稿しているチャンネル名だ。

 特に何も考えずに二人の名前から取ったチャンネル名にしてしまったが、今となっては後悔している。

 改名したら、ゴッソリ登録者数減るだろうしな。


「そっちもShowTuberなんでしょ? 何て名前でやってるの?」

「『カザリ』でやっています。あっ、私、水上飾みずかみ かざりと言います!!」

「カザリ……か。ごめん、聴いたことないけど、今日家に帰ったら観てみるね」

「み、観ないでください!! わ、私まだ登録者数5000人しかいないんで!! 底辺なんで!!」


 自分の顔が真顔になったのが分かる。

 今のカザリちゃんの台詞、聞き捨てならない。

 底辺だとか有名ShowTuberだとか、そんなの無関係だ。

 インフルエンサーとして、一番言っちゃいけないことを言った。


「観ないでくださいって、ShowTuberの台詞じゃないな。むしろ、観てくださいって言わなきゃダメだよ。恥を捨てなきゃ、上へは上がれないから」

「す、すいません……」


 俯いたカザリちゃんに、俺は慌ててフォローを入れる。

 カザリちゃんは、今にも泣きそうだ。


「ああ……。ごめん、ごめん。あくまで俺の考えだから! みんなそれぞれのやり方で楽しめばいいだけだから!!」


 まずった。

 言い過ぎた。


 俺だって底辺動画投稿者なのだ。

 大学の片手間でやっている奴の癖に、他人に意見するなんて百年早い。

 今の意見だって、俺の勝手な意見だ。

 登録者数を伸ばすのに苦労した俺が、軽口を叩いたカザリに苛立ってしまっただけだ。


 こういう頭の固い所が、栞は気に喰わなくなっていったんだろうな。

 反省しなきゃ。


「いいえ。確かにその通りです! もっと私貪欲になるべきでしたね! 私だって登録者数は欲しいです!! どんな手段を使っても再生数を稼がなきゃダメですよね!! 私、目が覚めました!! 流石タクさん、略してサスタクです!!」

「あ、うん……。どんな手段を使っても、っていうのは推奨できないかな。逮捕された人もいるからね、うん。元気になるのはいいけどね……」


 一時期、迷惑系ShowTuberっていうのが流行った。

 過激なことをして再生数を稼ぐというやり方で、炎上商法とも呼ばれるものだ。

 動物を虐待したり、公共物を破壊したりと、他人に迷惑をかけることを主とする輩がいて、逮捕者も出たことでテレビのニュースにも取り上げられた。

 どんな手段を使っても登録者数の増加を狙うとなると、迷惑系ShowTuberになることを想像してしまう。


「犯罪紛いのことなんてしませんよ!! ただ、先輩として色々動画を伸ばすコツなんかを教えて欲しいなって」

「ま、まあ、軽くならね……」

「ありがとうございます!! どこかでお茶しながらでも話しませんか?」

「……あー」


 お茶しながらアドバイスか。

 軽くならアドバイスしてもいいとは言ったが、ちょっと抵抗があるな。

 知り合いならまだしも、カザリちゃんとは会ったばかりだ。

 どんな人かも分からない。


 ファンに手厚くサービスした結果、ストーカーになってしまった――なんて、ShowTuberの中じゃ、ありふれた話だ。

 あまり深追いはしたくない。


「ごめん。ちょっと、今から用事あったんだ。だから、お茶は無理かな」

「そうですかー。ショックです……」

「ごめんね、それじゃ」

「ショック過ぎて、この写真、世界に拡散しそうです」

「え?」



 スマホを見せられると、そこには俺とカザリちゃんが映っていた。

 カザリちゃんのパンツを見ている俺が、バッチリと一枚の写真に捉えられていた。


 なんだ、これ。

 スマホに手を伸ばす。


「ちょっ!!」

「おっ、と。止めてください」


 ひょい、と避けられる。


「たまたま撮れてたみたいですけど、この視線、私のパンツ見てましたよね……」

「そうか、な……」

「言い逃れするのはいいですけど、これを私のSNSに流したらどうなりますかね?」

「とんでもないことになるね……」


 フォロワー数が少なかろうが、今の時代、とてつもない速さで拡散される。

 しかもShowTuberとなれば、面白がってみんなこの情報をリツイートするだろう。

 底辺だろうが関係ない。

 話題となれば、一般人の呟きが、ネットニュースにでさえ載ってしまう。

 そうなったら、社会的に俺は抹殺されたも同然だ。


「お茶、飲みに行こうか」

「いい判断の速さ!! サスタクです!!」

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