第4話 あの日の約束
「いてててて、筋肉痛だ」
最近は走る羽目になったり何度も転んだり女子達の下敷きになったり、体がボロボロになっていく気がする。全くこんな目にばかり遭うなんて、酷い話だよな。
だが何故だろう、最近どうも調子がおかしい気がする。頭がふわふわしているというか、どうも何か違和感を感じるというか。ま、気のせいだろうな。
馬鹿なことを考えながら登校すると、教室には一人の女子しかいなかった。その女子はこちらに気が付いたようで椅子に座ったままヒラヒラと手を振る。
「霜崎か。おは~」
「おお、浅雛か。おはよう」
この人は浅雛。高校に上がってから幼馴染みの鹿波に出来た彼女の親友だ。俺が女子絡みの災難に遭っている所を見ると、彼女は傍から見てその様を笑っている。
性格は腹黒いのか、それとも明るいのかはイマイチ分からない。
結った髪と黒縁メガネがトレードマークで、その姿は遠くからでも分かるほど特徴的だ。
「あんたいつも可愛い子達に囲まれてて楽しそうだねぇ」
「楽しいって……こっちは気苦労が絶えないよ」
「あはは。この女たらしめ~」
浅雛は軽快に笑って手を叩く。いつもこんな様子で彼女はおどけている。そんなに俺のことが面白いのだろうか?
「なんだろう。浅雛って鹿波とセットでいつも会ってたから、こうして二人で話してるとなんか違和感あるな」
「それどういう意味だよ~」
「ごめん言葉が悪かった! 新鮮って意味」
まずいことを言ってしまったのか、数秒ほど沈黙が流れた。すると浅雛は沈黙を破り、真剣な面持ちで尋ねてくる。
「あんたさ、鹿波とはどうなのよ」
「どうって、何が?」
「男女の関係よ。あるの? それとも他の子とあるの?」
「いやないないないない! ご存じの通り俺は彼女なしイコール年齢の非リアだよ」
「他人の色恋に口出すような無粋なことしたくないけどさ、いつまでも煮え切らない態度取ってないで腹括りなよ」
「腹を括るって言っても……」
「焦んなくても良いから、ちゃんと考えて向き合ってあげな」
まだ自分は恋愛感情を彼女らに抱いているのか分かっていない。少なくとも嫌な気持ちはこれっぽっちもない。だがそもそも俺は彼女達の内面についてしっかり理解できてない。いや、そもそも現状が……あれ、何故だろう。霞がかかったみたいに思考がまとまらない。
原因不明の思考のフリーズに困惑していると、浅雛は俺の耳元でそっと呟いた。
「ずっと期待持たせたまま夢見させ続けることほど、残酷なことはないよ」
「えっ?」
その言葉の意図を汲み取れないまま、彼女は椅子から立ち上がって教室を後にする。
「それじゃ、ウチこれから部活あるから」
「そ、そっか。頑張ってな」
ガラガラと扉を動かし、彼女は退室する。
俺の態度を見かねたのか、もしや鹿波が何か関係しているのか分からないが、どうやら浅雛はアドバイスをくれたらしい。それを時間差で理解が追いついたところで、俺の携帯が着信音を鳴らす。
「ん? 朱里からだ……」
赤く表示された電話アイコンをタップしてスマホを耳にかざす。
『もしもし、兄貴?』
「おう朱里。お前がいきなり電話してくるなんて珍しいな」
『さっきテレビでニュース見てたら気になるヤツがあったんだけどさ』
「おん」
『例の村、もうなくなっちゃったんだって。人口が減りすぎちゃったから、住人が皆バラバラに移住したって特集でやってた』
その言葉で体が固まった。体の力が抜けて、頭の中が真っ白になっていくのが分かる。数秒黙った後、俺は弱弱しい声を漏らした。
「そ、うか」
『兄貴、今度の休みに探しに行って見るって前から……』
「いや良いんだ。それにそんだけ減ってたんなら、アイツはもうとっくに移住してる可能性だってあるだろ?」
無理矢理な作り笑いで誤魔化してみたものの、妹には全て筒抜けのようだった。
『……まあそれだけだから。電話切るよ』
「あ、おお分かった」
『落ち込み過ぎないようにね、お兄ちゃん』
それを最後に朱里は電話を切った。情報と心を整理しようと試みるも再起動までしばらく時間を要した。
その時だった。廊下の方から鹿波の大声が聞こえてきたのは。
「なんでよりっちゃん!」
「ちょっと鹿波。声が大きい」
鹿波と話している相手はおそらく浅雛だ。二人で何を言い合っているのだろうか。もしや喧嘩か?
そんな心配から俺はそうっとしゃがんだまま教室後方の扉まで移動し、廊下での話の内容をこっそり盗み聞きすることにした。
「そもそも親の再婚で苗字が変わったって言っても、ウチの顔見て分からなかったならもう忘れてるんだろうし」
「言ったらきっと和紀だって思い出すって」
「言ったところでって話だし、今のウチなんてあいつの眼中になんか」
「そんな! 私は応援するよ」
話の主題は未だ判明していないが、どうやら鹿波が浅雛のことを説得しているようだ。その内容は非常に重苦しいものと見た。
「今のかずくんは色んな女の子に好かれてるから、みんな素敵な子ばっかりだから。その中でかずくんが好きになった子と幸せになってくれたらウチは良いの」
「でもりっちゃんは……」
「良いの!」
扉越しに浅雛の絞り出すような声が聞こえてくる。泣いているのか、浅雛はか細い声で胸の内を鹿波に告げた。
「十年も前の初恋なんて、引きずってても苦しいだけなの」
刹那、俺の脳裏に懐かしい記憶が一気に呼び覚まされた。
俺は七歳の夏、祖父の家に一ヶ月遊びに行ったことがある。そこは都会から離れた超が付くほどの田舎で、ひと月しかいなかった俺でも村人全員と話せたほど小さな農村だった。
その村で俺は、ある女の子と知り合った。俺達は何もない田舎で一緒に探検や虫取りに出かけて遊んだ。その子と遊んでいた夏は、今でも戻りたくなるほど楽しかった。
そして夏の終わりに俺はその子に約束したんだ。大きくなったら迎えに行くって。
その子の名前は……
「……りっこちゃん?」
教室から出てその名を呼ぶと、二人とも驚いた顔で俺の事を見てきた。そして浅雛は状況を理解すると、聞き覚えのあるあだ名を口にした。
「やっと思い出したんだ……かずくん」
浅雛は……鉤宮律子は、俺の初恋の人だ。
※※※
「はあ……はあ……」
「先生、無理なさってないですか?」
「大丈夫、しばらくぶりに動き回ったから息が上がってるだけ。何も問題ないさ……ふう」
本音を言うと、少し無理をして動いている。この一週間は霜崎君の調査に関して警察との連携や、診察の件数がここ数日で倍にまで増えたことによって業務が激化しているのだ。
ただ変化もあった。霜崎君は段々生活に慣れて来たのか、最近は活動も落ち着き始めている。部屋中動き回って筋肉痛になったのか、あまりベットより遠い距離を歩かなくなった。
だが霜崎君の治療が進展していないのも事実。根本的な問題に対処しなければ治療ではない。
彼がこうなってしまった原因から推測するのが最も効果的なのだが、身元さえ分かっていない現状ではそれも困難だ。
「茅本先生! 連絡来ましたよ」
一人の看護師が飛んでやって来ると、彼女の口から待ち望んでいた吉報が告げられた。
「えっ、霜崎君のご両親が見つかった⁉」
「はい! 警察の方から連絡を受けまして、今こっちに向かってるみたいです」
「それは良かった。これで彼の治療が前進するぞ!」
彼が入院して一週間、ようやく良い兆しが見えて来た。待っててくれ霜崎君。
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