第34話 心がどうにかなってしまいそうだ…

 夕暮れ時を過ぎ、次第に辺りが暗くなっている。

 夜、七時頃。優奈との食事を終わらせ、何とか帰宅することになったのだ。

 どこか緊張感に包まれた状態。


 色々な思惑が渦巻く中、琴吹は自宅の扉前に立つ。

 扉を開け、入る。


 玄関には妹の靴が置かれてあった。

 もう帰宅しているのだと思う。

 同時に、心菜は成就祭の登録をしているのか気になってしまったのだ。


 学園にいる際、妹とは遭遇することはなかった。

 心菜のことだ。

 登録を忘れているとかはないだろう。

 そう思い、靴を脱ぐ。


 視線を前へと向けると、リビングの扉の隙間からは光が漏れている。

 夕食を作ってくれているのだろうか?

 すでに外食をしてきたので、申し訳ない気がした。

 扉を開けると、そこにはエプロンを付けた妹が、おかずを盛りつけた皿を、テーブルに置いていたのだ。


「あッ、お兄ちゃん。お帰り♡」

「う、うん……ただいま」


 琴吹は気まずげに頷きつつ、返答した。

 心菜が歩み寄ってくる。


「どうしたの? 元気ないね? 大丈夫?」

「まあ、大丈夫さ」

「そう? でも、夕食は普通にできたよ。一緒に食べよ」


 普段、食事する時に使っているテーブルには、ハンバーグや、ご飯。スープなどが置かれてある。

 手の込んだ感じの夕食であり、心菜の頑張り具合が伺えた。

 でも、そこまでしなくてもいいのにと思う。


 今から成就祭のことについて話したいことがあるのに、これでは言い出しづらい。

 琴吹は自分の心に対し、もう少し勇気を持てと念を押した。


 一先ず、テーブル前に向かう。

 妹と一緒に並ぶように席についた。

 普段なら対面上だが、今日は違う。

 隣同士なのだ。


「お兄ちゃんもお腹が減ったでしょ?」

「え、まあ」

「そうだよね。だからね、一生懸命作ったんだからね♡」


 琴吹は次の言葉を口にできなかった。

 できないというよりも、心菜の想いを知れば知るほど、心苦しくなるからだ。


 なんて、話を切り出せばいいのだろうか?

 妹からの反応を知るのが怖い。

 一緒に過ごしてきたのに、なんで怯えないといけないんだと思う。が、昔よりも恋愛的な意味で親しい関係になってしまったことで、余計に心が締め付けられるのだ。


「はい。お兄ちゃん、あーんして」


 心菜は箸で摘まんだ一口サイズのハンバーグを琴吹の口元へ運んでくる。

 一旦、受け入れた方がいいだろう。

 素直に口にした。


 咀嚼する。

 普通に美味しい。

 先ほどファミレスで食べてきたのだが、そこの料理よりも普通に美味しいと断言できる。それほど、納得がいく味だった。


「ねえ、お兄ちゃん? どうかな? 私の自信作だけど」

「普通に美味しいよ……」

「本当、やったー♡」


 心菜の笑顔は妹としても、一人の女の子としても愛らしかった。


 だからこそ、言葉選ぶに余計に困るのだ。

 どのタイミングで言い出せばいいだろうか?


「お兄ちゃん? こっちのスープも飲んで」


 妹はスープの液体をスプーンで掬う。

 付き合っている恋人のように、優しく親切で丁寧な態度。


 昔よりも距離が縮み、ますます心菜のことを意識するようになってしまった。

 そんな彼女からの問いかけ。


 けど、本当はお腹がいっぱいであり、これ以上は食べられない。

 どんなに美味しかったとしても、口には含みたくなかったのだ。

 申し訳なさと気まずさでどうにかなってしまいそうである。


「どうしたの? やっぱり、具合でも悪いの?」

「違うよ……違うなんだ」

「じゃあ、どうして? ソワソワして、どうしたの?」

「あのさ……言いづらい事なんだけどさ」


 妹の表情がふと変わった。

 何かを察したように――


「成就祭の事なんだけど……さ、心菜って生徒会室に行ってきた?」

「んん……行ってないよ? それがどうしたの?」

「……そうか、だったら、いいよ。気にしないで」


 琴吹は話を強引に終わらせようとした。


「成就祭って明日からだよね。お兄ちゃんと一緒に何かできるんだよね? 何をしたい? お兄ちゃんは成就祭の時……」


 次第に声のトーンが下がっていることに、琴吹は気づいていた。


 妹はわかっているのだ。

 兄である琴吹が別の人と契約用紙に記入し、手続きを終わらせたことを――

 気づいていたからこそ、気分を紛らわせるために豪勢な料理を作ったのだろう。


「お兄ちゃん……? なんで……放課後、優奈さんと一緒に居たの?」

「……」


 妹からまじまじと見られている。

 気まずげに視線をそらしていても、肌で感じてしまうほどの眼力が琴吹に向けられていた。

 どうしようもできない状況に、発言が鈍くなるのだ。


「心菜はさ、わかってたの?」

「……うん。わかっていないとでも思った?」


 落ち着いた感じの口調に、怒り交じりの想いがひしひしと伝わってきた。

 言い逃れできない状況に、すべてを打ち明けることにしたのだ。






「お兄ちゃんはどうして、私にしなかったの?」

「それは……今後のことを考えて、心菜とは無理だと思ったんだ」

「どうして? この前は普通に私を選ぶって言ってくれたよね?」

「ああ……」


 琴吹は二週間前のことを思い出す。

 妹とキスをした日の事である。


 すんなりと話してしまったが、そのあと、優奈と一緒に購買部の手伝いをする過程で考えが変わってしまったのだ。

 真面目に取り組んでいる彼女の姿を見ていると、どうしても振るなんて、そんな勇気を出せなかった。

 優奈のことが好きであり、彼女の苦しむ顔を見たくないのだ。


 でも、自分で言ってて、琴吹は胸に痛みを感じていた。

 わかっている。

 心菜とは普通に結婚ができることぐらい。


 ただ、琴吹は部外者なのだ。

 血の繋がっていない家族。

 養子として受け入れられていたのは自分の方であり、いつまでも家には残りたくなかった。

 赤の他人で、この家の家族に迷惑なんてかけたくなかったのだ。

 少しでも早く自立して生活するために、優奈の方を選んだのも理由の一つである。


「俺。確かに、心菜とは血が繋がってないさ。けど、やっぱり、俺。この家では養子なんだろ? だったら、ずっと居たくないんだ……申し訳なくてさ。この家とか、心菜に何かしてあげられることも、与えることもできないしさ」

「そんな事、言わないでよ……」

「でも、苦しいんだ。迷惑かけるのもさ。心菜も成就祭の時は俺じゃない人と関わった方がいいよ」

「……嫌、私。お兄ちゃんと一緒って決めてたのに。じゃあ、私はどうすればいいの?」

「それは……ごめん。決めたことなんだ……」


 琴吹は席から立ち上がる。

 食事する気力も、妹と同じ空間にいられる覚悟もなかったのだ。


 リビングを後にする直前、心菜が何かを話しかけてくることはなかった。

 聞きたくなかった言葉を耳にしたことで、受け入れるまでに時間がかかっているのかもしれない。


 琴吹はそのまま扉を閉め、二階へと向かっていく。

 苦しみを抱えながらも――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る