第35話 キスまで交わしたのに…こんなんじゃ、俺最低だな…

 気分がどこか本調子じゃない。

 校舎の二階廊下にいる琴吹は窓から見える景色をボーっと眺めている。


 昨日、心菜には本音で話したのだ。

 自分の結論を伝えて、迷いを振り切ったはずだった。

 けど、心にはまた新しい悩みが生じてしまった感じである。


 どうして、悩みが尽きないのだろうか?

 嫌になってくる。


「はあ……どうすればいいんだろ……」


 琴吹はまた大きなため息をついてしまう。

 廊下の窓を開け、空を見た。


 心は迷いで暗くなっているが、空は晴天であり、明るい。

 少しだけ、気分が紛れたような気がした。


 まあ、いつまでもここにいてもしょうがないし。そろそろ、準備しに行くか。

 と、思い、窓を閉めようとした直後。

 二階の窓から下を見下ろすと、中庭のベンチに誰かが座っていることに気づく。


 誰かと思い、目を凝らし、よーく見てみると妹の心菜だとわかった。

 成就祭期間中なのに、一人でいる。

 琴吹が断ってしまったことで、一人になってしまったようだ。

 本当に一緒に期間中、過ごせる人がいなかったのだろう。


 ただ、一年生の場合、付き合っている人がいなくても成績にはあまり関係しない。

 一人でいてもなんら問題はないのだが、心菜の気持ちが痛いほどわかってしまい、余計に心苦しかった。

 去年、付き合ってくれる人がおらず、孤独な成就祭期間を過ごした自分と重なって見え、息が詰まる。

 俺って……最低だよな。


 成就祭になったら一緒に過ごすと約束までして、妹の部屋で口づけまで交わした。自分勝手すぎると。本当に嫌な奴だと、自分のことを嫌いになりそうだ。

 心菜は今、何を考えているのだろうか?

 何をしてほしいのだろうか?

 そんなことを思うと、どうしてもその場から動けなかった。


 俺はどうしたらいいんだろ。

 だがしかし、優奈とはもう契約を交わし、成就祭期間中、過ごすと決めていた。

 今更、変更なんてできないし……。

 あああ、なんで俺がこんなにも優柔不断なんだろ。

 ハッキリとしない自分を殴りたくなる。


「ねえ、琴吹君。そろそろ、準備始めない?」


 優奈から話しかけられ、振り返る。

 そこには制服姿の彼女が佇んでいたのだ。


「う、うん。やろっか……」


 琴吹は元気なく返答した。


 妹のことが気になってしまい、窓の外へと視線を戻してしまう。

 中庭にいる心菜のこと意識してしまうのだ。


「ねえ? どうしたの? 窓の外に何かあるの?」

「え、いや、なんでもないよ。じゃ、行こっか」


 琴吹は咄嗟に扉を閉め、彼女のところに歩んでいく。

 二人はとある部屋に移動することにした。


 でも、その前に校舎一階の職員室隣にある部外者用の入り口へと向かう。

 そこには昨日の金髪の女性が佇んでいた。


「優奈、持ってきたよー」


 彼女の足元には中ぐらいの段ボールが置かれている。

 車で持ってきてくれたようだ。


「あとは、これ、どこに持っていけばいい? 私、仕事休みだし、手伝うよ」


 彼女は気兼ねない口調で言い、優奈に問う。


「えっとね、この校舎じゃなくて、別の建物があるんだけどね。そこまでもってきてほしいの」

「わかったわ、了解」


 金髪の彼女は、笑顔で返答した。


「琴吹君も一緒に行こ」


 優奈は笑顔を見せてくれる。

 が、心菜のことが脳裏をよぎってしまい、心が淀んでしまう。


「ねッ、琴吹君も持って」

「う、うん……」


 考え事をしてしまい、優奈に対する反応が遅れていた。

 六つある段ボールのうち、二つを持ち上げ、本校舎とは違う、図書館などがある建物へ運ぶ。

 そこの一階部分には空き教室があり、生徒会に事前に報告しておけば時間制で利用することも可能である。

 一応、今日は二時間ほど確保できていた。

 時間はあるものの、ダラダラとしてはいられない。

 隣の建物に向かうためには中庭のところを通らないといけないのだ。


 その場所を歩いていると、正面から女子生徒が歩いてきた。

 段ボールを持っている故、あまり前が見えない。

 けど、雰囲気的にはわかった。


 彼女は、妹の心菜である。

 心菜も、琴吹のことに気づいたようだが、視線をサッとそらし、話しかけてくることはなかった。


 昨日の会話で関係性がこじれてしまったのだ。

 気まずく視線を合わせることも、やり取りを行うこともできなかった。

 そのまま二人はすれ違うように通り過ぎ、琴吹は目的の建物に到着したのだ。

 背後を振り向くと、すでに妹の姿はなかった。


「あれ? そういえば、さっきの子、心菜さんじゃなかった?」

「え、はい……」


 琴吹は気まずげに、優奈の目線からサッとそらし、濁すような話し方をする。


「ねえ、心菜さんって?」


 金髪の子が問う。


「琴吹君の妹なの」

「へえ、そうなんだ。あれ、話しかけなくてもよかったの?」

「はい……」


 琴吹は消えそうな声で答えた。

 あまり、そういった話題を引っ張りたくない。


「それより、早く行きませんか?」

「え、まあ、それもそうね」


 金髪の子は軽く首を傾げるものの、正面を向いて歩き始める。

 現在いる建物の左側の方へ歩み、目的の部屋に到着した。

 優奈は事前に部屋の扉を開けていたようで、すんなりと入ることができたのだ。


「よしと、ここでいいかな。あと、二つの段ボールが残ってるし。琴吹、少し取りに行こ」

「は、はい」


 金髪の子が明るい表情で話しかけてきた。

 昨日出会ったばかりであり、二人っきりになるのは少々気恥ずかしいが、断るのも尺に障る。

 一緒に職員室隣の入り口に向かうことにした。






「ねえ、琴吹?」


 なんか、やけに馴れ馴れしく話しかけてくる女の人だ。

 昨日、ファミレスで少しだけ会話のやり取りをした程度であり、距離が近いと思った。でも、そんなに悪い人ではない。

 明るい雰囲気があり、誰とでもすぐに打ち解ける感じの女性。


 彼女は優奈の親戚の人らしい。

 家庭の事情で、暇がある時は優奈の家に遊びに行ったり、手伝っているようだ。


 昨日訪れたぬいぐるみショップは家業らしく、家族から店番を任されているとの事。

 だから、彼女が金髪であっても、誰からも指摘されないのだ。

 見た目の割に親しみやすく、お客からの評判もよい。それと、髪色くらいで、クレームを入れるお客もいないというのも理由だろう。


「ねえ、琴吹ってさ。妹とあまり話さない系?」

「え、そうじゃないよ。普通に話すけど?」


 あまり関わりのないタイプの女の人との会話は妙に困る。


「でも、さっき、無言で通り過ぎてたじゃん」

「……」

「なんで?」


 琴吹との距離を急激に縮めてくるような話し方だ。


「まあ、昨日。色々あったんだ」


 琴吹は素直に、そして、簡単に話す。


「でも、兄妹なんだったら、もっと仲良くしないとね」

「兄妹……か」


 琴吹は、心菜とは本当の兄妹ではない。

 けど、隣を一緒に歩いている彼女には言い出しづらかった。


「でもさ、なんかあったら教えてよ。優奈の彼氏だったら、なんでも相談に乗るからさ」

「あッ」


 金髪の子から背中を思いっきり叩かれ、後押しされた感じだった。


「まあ、頑張りな」

「はい……」


 琴吹は色々と思うことがある。


「あの、優奈さんって。どうして、今まで彼氏とかがいなかったんですかね?」

「あの子ね。普段は温厚な感じだけど、妙に熱が入ると指摘したりとかさ。色々と親しくなるとね、結構面倒な子なの」

「なんとなくわかります」

「本当? やっぱ、バレるもんだね」


 でも、それは彼女の家に行った時、弟に指摘しているのを見て、察しがつくのだ。


「そんでね。親しくなってもさ、一か月くらいで別れるって感じなの。だから、彼氏になる人がいなかったってこと。まあ、琴吹はどうかしらね」

「俺は普通に……ずっと付き合いますから……」

「へえ? 本当にー?」

「はい」


 琴吹は言い切ったのだ。


「まあ、大変だと思うけどねー」


 彼女は簡単に笑う。


「って、こんな事、口にしちゃまずいよね?」


 彼女は背後を見た。

 そこには誰もいない。


「はあ、良かったわ。まあ、さっきのこと、優奈に聞かれてたら、私も危ないわね」

「は、はい……」


 琴吹は苦笑いをしたのだ。

 会話していると職員室前の入り口に到着していた。


「はい、段ボールもって。早くさっきの部屋に行くよ」


 彼女は持ち上げ、先に行ってしまう。


 一人になった途端、心菜のことを考えてしまった。

 妹はどうなんだろうか?

 大丈夫なのか心配になってきたのだ。


 なんか、わからないけど。嫌な感じが、心に伝わってきた。

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