第30話 優奈さん…は、どう思ってるんだろ…

 妹とキスをしてから、一週間と少しが経過した。


 優奈とも友達として、学園生活を送っているつもりだ。

 ただ、そんな日々と決別しなければいけない。

 そんな時が迫っていた。


 成就祭。

 明日には成就祭週間を迎えるのだ。

 学園の掟として、男女二人でワンペアになる。

 そのための契約書というものが、学園の生徒会役員から渡されるのだが、どちらの名前を書けばいいのか迷っていた。


 恋協部の詩乃の言う通り、優奈には隠しながら妹の心菜と付き合っている。

 背徳を感じつつ、どこか、優奈には後ろめたさがあった。


 今は、昼休みの時間帯。優奈の手伝いをする形で、二週間ほど前から、購買部の手伝いをしている。

 ただ、優奈が担当の時だけ、協力している感じだ。

 あまりにも優奈が家庭の事情を含め大変だと感じたからこそ、自分ができることをしたいという思いが募っていた。


 優奈は誰とでも優しく接し、笑顔を絶やすことのない女の子。

 購買部の手伝いは大変だが、一緒に居られるだけでも心地よかった。

 怒ると怖い表情が垣間見れるものの、そこは軽く目を瞑るだけで何とかなる。

 そこ以外は、ほぼ完璧といった感じだ。


 そもそも、美少女であったとしても感情の起伏というものはある。

 怒るというのは人間らしくもあり、感情がある証拠。裏を返せば、弟の陸翔に見せる態度も母性本能の一種なのだろう。

 むしろ、母性本能があるということが明確にわかっただけでも結婚後も安泰である。


 ――って、何考えてるんだ、俺は……。

 集中しろって。


 琴吹は深呼吸をした。


「すいません。これいいですか?」

「は、はいッ」


 購買部に買いに来た人が、パンを見せてくる。琴吹はボーっとしていたこともあり、反応が遅れてしまった。その人から、パンの代金を貰い、処理を終わらせるのだ。

 優奈といるだけで、気分が舞い上がってしまっている。


 もう少し、落ち着かないと……。

 ドキドキした感情に、困惑するものの、普段通りにパンを売ったり、その代金を受け取ったりと。そんな作業を十五分程度続けることになった。


 購買部で手伝い始めて、思ったことがある。

 それは、色々なカップルがいるということだ。


 入学してからこの方、殆ど別の学年やクラスと関わる経験なんてなかった。

 どんな人が在籍しているのか。

 どんな話題で盛り上がっているとか。

 知らないことばかりだった。


 色々な形のカップルを見れたことで、優奈とどういう風に関わっていけばいいのか、大体、自分の中で固まってきたような気がする。


 琴吹は優奈の方をチラッと見、彼女の作業風景を視界に入れた。

 接客態度も丁寧であり、パンを受け取っている他の人も笑顔で世間話敵な話題を振ってくれている。それに対応するように、優奈も場の雰囲気を見ながら受け答えしているのだ。

 売る作業だけでも大変なのに、こなれているものだと思う。


 琴吹はまだ、人付き合いが苦手なところが目立ち、反応が遅れることがある。

 社会人になる前に、いや、結婚する前には改善しておきたい。

 そう強く思うのだった。


 そして、大体の作業が終わり、残りのパンも二つほどになり、今日中の仕事が終わったも同然。

 そんな状態にあった。


「琴吹君?」

「はい、な、なに?」

「そろそろ、終わりにする? 大体、パンも売れたし」

「あ、そうだね……」


 琴吹はロングヘアの美少女――優奈の顔を直視できなかった。

 優しいオーラと、甘い感じの問いかけに、正直どぎまぎしていたのだ。


 ああ、可愛すぎんだろ、これって……いいのか。

 でも、そろそろ、俺もハッキリとしないとな。

 成就祭までに、どっちかを選ばないといけないし。


 琴吹は迷っている。

 けど、大体の答えは出ていた。

 だからこそ、その言葉をストレートに伝えるだけでいい。


 それができればいいのだが、琴吹はそういうシチュエーション作りができず、自分から彼女を二人っきりの空間に誘うことができていなかった。

 この前、本屋で注文していた残りの二冊も一通り読んでいたのだが、恥ずかしくて行動に移せていなかったのだ。


「どうしよっか。琴吹君は、どっちにする?」

「えっと……」


 琴吹は両手にパンを持つ優奈を見る。

 パンよりも彼女の二つの膨らみばかりが視界に映ってしまう。

 触ってみたいという反面。勇気が出せない自分が嫌になってきた。


 妹とも普通にキスしたのだ。

 普通……?

 妹とキスすること自体は、普通の行為じゃないかもしれない。


 けど、前よりかは大分、女の子と会話できるようになった。

 自信を持とうと思う。


「じゃあ、俺は……」


 刹那、嫌な足音が聞こえる。


「おい、そこ、パンをくれ」


 どこかで聞いたことのある威圧的な声。

 嫌な予感しかせず、不安な感情を抱きつつも、声のする方へ顔を向けた。


 やはりか……。

 購買部にやってきたのは、以前図書館のある建物の隠れた場所で、心菜に強引な告白をしていた男子生徒である。


 高校一年生とは思えないほどに風格があり、三年生に見間違えてしまうほどだ。

 二つのパンを持つ優奈は、シュンとし、普段他人には見せない嫌な顔をしていた。


「なあ、残り二つあるなら、一つくらいいいだろ」

「はい。でしたら、百五十円になります」

「ああ、これでいいだろ」


 その男子生徒は威嚇するように、お金を投げて優奈に渡していた。

 やり方がひどい。


「あの、そんな渡し方はないんじゃない?」

「あ?」


 ……うわああ、見られた……けど、ここで動じたらダメだ。

 琴吹は自分の心に訴え、優奈を守るために男子生徒と向き合う。


「って、この前の奴じゃないか?」

「そ、そうですけど」


 隠さなかった。

 しらを切っても余計面倒になるタイプだからだ。


「はッ、あの時はよくもやってくれたな? お前、ただじゃおかないから」


 圧力をかけられてしまう。


「すいませんが、十五円しかないんですが?」


 優奈がお金を拾い上げ、怯えた感じに言う。


「あ? それが?」

「あの、百五十円」

「だから、それでいいんだよ。それには十五ってしか聞こえなかったけどな」


 年上の女の子に対しても、乱暴なセリフを吐いている。


 優奈は確かに、百五十円と言った。

 嘘なんてついていない。

 けど、このまま面倒な奴と関わって、無駄に時間を費やしたくなかった。


「だったら、それでいいです」

「十五円でか?」

「はい」


 琴吹は頷いた。

 そのまま男子生徒がいなくなる。


「琴吹君、そんなのダメだよ、百五十円貰わないと」

「俺が出すからさ。足りない分はさ」


 琴吹は悲しむ優奈の姿をこれ以上見たくなかった。

 だから、簡単に事を済ませたのだ。


「ごめんね」

「いいよ。俺も悪いんだし」


 以前のことを振り返り、さらに心が苦しくなった。

 一種のトラウマになっているのかもしれない。


「でも、どうしよっか。残り、一個になっちゃったね」

「まあ、しょうがないさ」

「だったら、半分こにして、どこかで食べる?」

「あ、ああ」


 琴吹は頬が赤くなり始めたのが、自分でもわかった。

 優奈と間接的にパンを食べているところを想像してしまい、緊張が増す。


「じゃあ、一先ず、片付けよっか」

「そうだね」


 二人はテーブルや、テーブルかけの布や、パンを入れている番重などを片付けた。

 本来、残りのパンなどは生徒会役員室に持っていくのだが、隠すことにしたのだ。

 二人だけの秘密として。


 昼休みは後、二十五分程度。

 一緒に食事をするだけなら、十分な時間である。


「じゃあ、屋上とかに行く?」

「うん。そうだね」


 二人は校舎の階段を上っていき、正面に映る扉を開いた。

 その先には空をバックに、昼食をとっている数人の姿があったのだ。


 辺りを見渡すと、空いているベンチが数か所だけある。

 そこへ行き、二人は休息をとるように座るのだった。


 優奈ともっといたい。

 琴吹は、そう自分の心に伝えていた。

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