第29話 お兄ちゃん…シない?
「心菜ってさ、義妹なんだよな?」
「え? そうだよ。もしかして、まだ、疑ってるの?」
隣にいる心菜が、琴吹の瞳をまじまじと見つめてくるのだ。
「いや、そうじゃないんだけどさ」
琴吹は言葉を詰まらせる。
言おうかどうか迷うが、今後のことを考え、内面に抱えている疑問を口にしようと思った。
「じゃあ、なに? もしかして、あれとかの事、気にしてる感じ? 大丈夫だよ、やれるところまでできるし」
ベッドの端っこに座っている妹は、冗談っぽくはにかみ、明るい笑顔で反応を返してくれる。
「違うから、そういう意味じゃないから……」
「えー、じゃあ、なに?」
心菜は指先を唇に当て、反応を伺ってくる。
「仮にさ。心菜が義妹だとして、俺らの両親は、いつ再婚したんだ?」
「え、そういう話? 別にそんな事、知ってどうするの?」
妹は琴吹から不自然な感じに瞳をそらす。
何か勘づいているのだろうか?
心菜の言動に、違和感しかない。
「いや、俺。気になるんだ。ただ、純粋にさ」
「そんなに? そんなに気になるの?」
「ああ」
琴吹は素直に頷いた。
知れるなら、知っておきたいのだ。
「でも……私、そんなに詳しく知らないから……」
隣にいる心菜は、琴吹の顔を見てくれない。
何かを隠し通そうとする態度だ。
「……心菜? 知ってる事、あるんだろ?」
追い打ちをかけ、伺うように優しく問いかける。
そして、右手で妹の頭を軽く撫でた。
「んん、お兄ちゃんの、手、気持ちいい……んんッ、そうじゃないよ、お兄ちゃん。私の心を弄ばないでよ……」
頬を赤らめる心菜は、ようやく顔を合わせてくれる。上目遣いの妹の顔つきはエロく見えてしまった。
「……で、でも、そんなくらいじゃ、い、言わないし……」
妹は動揺し、声が震えている。
普段と違い消極的で、頬を膨らませ、素直になってくれない。
いつものような積極的な言動とかもなく、おとなしい女の子のように、モジモジとしていた。
「言ってくれないの? 教えてほしいんだけど」
また、心菜の短い髪をとくように撫でる。
あまり触れたことのなかった、妹の頭部。
触れば触るほど、妹の体が少しずつ熱くなっていることに気づいた。
心から恥ずかしいと感じているのだろう。
「なんで……なんで、そんなに気にするのよ……」
「だって、そういうところはハッキリとさせてきたいじゃんか」
「でも、知らない方がいいよ……」
「ってことは、知ってるってことか?」
「んッ……なに、お兄ちゃん。なんか、積極的に聞いてくるよね?」
心菜は俯きがちになり、横目で恥じらい、見つめてくる。
「だって、重要な事だろ?」
「私は別に……お兄ちゃんのためにも言いたくない……」
「どうして?」
琴吹はさらに追及するように問う。
「いいの? 言っても?」
妹の声のトーンが変わったような気がする。
そんなに言えないことを隠しているのか?
心菜が養子だからなのだろうか?
わからないものの、そんなことを、ふと考えてしまった。
「けど、知らないとさ。俺らって兄妹だろ? 隠し事なんてあまりしたくない……」
琴吹は一瞬、妹から視線をそらし、躊躇いがちに言う。
刹那に思う、真実を知れば、妹を傷つけてしまうかもしれない。
だからこそ、声に余裕を持てなくなっていた。
「……お兄ちゃんね。その、ね。あの……養子なの。だから、私たちの両親は再婚なんてしてないよ」
やっぱりかと思う。
聞かない方がよかったと、今になって心の中で思うが、もう遅い。後の祭りであり、受け入れるしかないだろう。
「心菜がってこと?」
一応、問う。
「んん……お兄ちゃんの方が」
「え?」
琴吹は硬直してしまう。
どういうこと……?
時間が止まったかのように、周りからの音が聞こえなくなった。
最初、妹から何を言われているのかわからなかったが、ようやく冷静になれる。
けど、まだ、衝撃の度合いが強すぎたのだ。
琴吹の心は、まだ動揺していた。
まさか、俺の方が養子なのか……?
心菜の方を見れなくなる。
「なんで、それ……最初に言わなかったんだよ」
琴吹は妹の頭から手を、ゆっくりと放す。
「だって、それ知ったら、お兄ちゃん、嫌でしょ?」
「だけど、やっぱりさ」
琴吹は口ごもってしまう。
確かに知りたくはなかった。
けど、どの道、知らなければいけない事。
早いか遅いかの違いである。
「ねえ、でもね。私はお兄ちゃんのことは、今まで通りだから。でも、恋愛としては、もう少し変化したいかなって、思うの」
心菜からの切実な想い。それがストレートに、そして、ひしひしと伝わってくる。
血が繋がっていないどころか、自分がこの家の子ではなかったのだ。
「本当に気にしないで。私の方が両親の本当の子供だったとしても、お兄ちゃんのことは、お兄ちゃんだし」
顔色が優れない琴吹に、妹は必死に問いかけていた。
「でもいいよ、逆に妹の方が養子だったら、何かと困るだろ?」
「そんなことないよ。なんでそう思うの?」
「だって、本当の子じゃなかったらさ、家に居ずらくなると思って。そういうの、気にしてほしくないんだ」
「……優しいね。お兄ちゃんは。そういうところ好き♡」
「いきなり、そんな事言うなって」
「いいじゃない。だって、お兄ちゃん、暗い顔してるし、慰めたかったの」
「……」
「お兄ちゃんが私のことを助けてくれるなら、私もお兄ちゃんのことを全力で助けるから」
琴吹はただ、頷くことしかできなかった。
年下の子に慰められるなんて。兄として終わってると思う。
「お兄ちゃん、元気だして」
ん⁉
気が付けば、心菜の口元が琴吹の耳へと近づいていた。息を吹きかけるように、妹は囁く。
そんな女の子らしい吐息に、心がくすぐったくなる。
「な、なんだよ。い、いきなりさ……恥ずかしいだろ」
琴吹は咄嗟に距離をとった。
「恥ずかしいの? さっき、散々私の性感帯触ってたくせに」
「性感帯って、エロく言うなって……」
心菜の顔をまじまじと見れなかった。
気恥ずかしい。
それに、妹の部屋に匂いが漂い、いやらしい気持ちになってくる。
今触っているベッドの質感。
心菜の体を想像できそうで、心臓の鼓動がさらに早くなっていた。
「お兄ちゃん?」
「な、なんだよ……」
心菜から見られ、話しかけられただけなのに動揺していた。
なんだ、この気持ちは……。
今はまさに形成が逆転しているとは、この事だ。
これじゃあ、いつもと同じ関係じゃないか。
「なに、考えてるの?」
「な、何も」
「へえ……」
疑いの眼差しを向けられる。
なんで、そんなに見つめてくるんだよ。
「お兄ちゃん、キスしよッ」
「な、なんで?」
「だって、二週間後、学園で成就祭が開かれるじゃない? だから、そのための予行練習」
「……成就祭で、皆のまで、キスを見せつける気かよ」
「バカ、違うし……」
妹も琴吹の発言に頬を赤らめた。
「見せつけるためじゃないから……そのね、お兄ちゃんに選んでもらうためだから。私のエッチな姿は、お兄ちゃんにしか見せないし」
そんな心菜の戸惑う表情に、ドキッとしつつ、受け入れようと思えた瞬間だった。
心菜とはまだしたくない。
けど、紅葉色に染まった妹の頬、そして、誘惑してくる口元に惹きつけられてしまう。
「ね、しよ」
琴吹はただ無言で頷いただけ。
土曜の夜。妹の部屋で、口づけを交わしたのだった。
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