第28話 お兄ちゃん…の手、気持ちいい
夕方、ファミレスで相談に乗ってくれた詩乃とは街中で別れた。
彼女も他に寄るところがあるらしい。
会話するだけで、こうも気分が変わるとは思ってもみなかった。
けど、少しだけ、自分の心に整理がついたような気がする。
心が晴れ、心菜とも向き合えそうだ。
テンションを軽く上げつつ、自宅前に到着した。
視線の先には家の扉がある。
この先に妹がいると思えば、多少なりとも緊張を感じるものの、迷ってばかりはいられない。
一言だけ。
その一言だけを、自分の想いを、伝えようと琴吹は決心した。
扉に近づき、取っ手を掴み、引っ張り、玄関に入る。
空気感がいつもと違う。
やはり、心菜に対して、それなりの不安を今、抱いているからなのだろう。
「ただいま……」
いつもより、比較的大きな声で言う。
が、妹が姿を現すことなんてなかった。
「俺から話しかけないといけないよな」
琴吹は呟き、靴を脱いで、一先ずリビングへと向かう。
あれ? やけに静かだな……。
音があまりしないことで、少々心配になる。
普段から笑顔を見せる心菜にしては珍しい。
音沙汰がないということは、まだ街中でのやり取りを気にしている可能性もある。
琴吹はリビングを一通り見渡すように歩く。
が、妹はどこにもいなかった。
先ほど帰宅した時、玄関には心菜の靴があったのだ。
多分、家にいるにはいるのだろう。
階段を上り、二階の妹の部屋に到着する。
「……」
琴吹は妹の扉をノックする前、躊躇ってしまう。
ただ扉を軽く触るように叩けばいいだけ。
でも、妹の反応を妄想してしまうと、突然勇気を出せなくなるのだ。
ダメだ……こんなんじゃ……。
琴吹は拳を強めた。
軽く息を吸って、息を吐きだし、心を整える。
扉を優しく、思いやるようにノックし、反応を伺う。
「……」
心菜の部屋からの返答はない。
静かさが濃くなっただけだった。
でも、部屋の中で一人、妹が抱え込み悩んでいるなら、本音で向き合いたい。
ドアノブを掴み回す。
ゆっくりと扉を開け、中の様子を伺った。
「お兄ちゃんなんて……私はお兄ちゃんのことが好きなのに。どうして、いつも距離をとるようなことばかりするのよ。お兄ちゃんのバカ、もう……」
心菜は床に膝をつき、ベッドに頭を当て、独り言を呟いている。
妹の心の奥底から生み出された想いが、扉のところにいる琴吹にも痛いほど伝わってきた。
街中でもう少しはっきりとした発言をすればよかったと、心がさらに苦しくなるのだ。
「心菜……?」
ふと、声を出す。
「ひゃ、え、え⁉ お、お兄ちゃん⁉」
心菜は驚いたように、ベッドから頭を上げ、振り返る。
部屋に兄がいることにまったく気づいていなかったようだ。
「な、な、なんで、勝手に入ってくるのッ」
頬を真っ赤に、慌てた様子で、その場に立ち上がる。
服装は外出していた時と同じであった。
家に帰って、ずっと拗ねていたのだろう。
妹らしいと思った。
「また、私の独り言、聞いてたんでしょ、変態……」
「聞くつもりはなかったんだ。ただ、ノックしても反応なかったし。もし、具合悪くて部屋で倒れていたら後々大変だろ?」
冷静に対応する。
「そうだけど……だけど。でも、なんでお兄ちゃん、家に帰ってきたの」
「心菜に伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?」
心菜は疑いの眼差しを兄に向けた。
「なに? どうせ、曖昧なことしか言わないんでしょ」
「違うよ」
「じゃあ、なに? 本当に私の事、好きって言ってくれるの?」
「ああ、そのつもりだけど」
「そうでしょ……え? 今、なんて? なんていったの? お兄ちゃん?」
心菜は耳を疑うように、先ほどの言葉を激しく求めてくるのだ。
「俺は……心菜のことは妹として好きだ」
「……何よ、それ。期待して損した感じ」
心菜は軽くため息を吐き、肩から力を抜き、ベッドの端っこに腰を下ろす。
「……ねえ、お兄ちゃん?」
「なに?」
「なんか、結構ストレートに言うようになったよね」
「そうかな?」
自分からしたら気づけないことかもしれない。
「でも、嬉しい♡ お兄ちゃんから、そういってもらえて」
「だったら、良かったの、かな?」
「んん」
妹は首を横に振った。
どういうことだ? と、琴吹は妹の顔色を伺う。
「私ね。お兄ちゃんからね。妹としてじゃなくて。本当に一人の女の子としての私を好きになってほしいの」
心菜が見せる笑顔は魅力的だ。
一緒に生活してきた兄妹という関係を忘れてしまうほどに、妹は女の子らしい笑顔を見せてくる。
胸が熱くなる、この感情。感覚。やはり、好きなのかもしれない。
けど、それを受け入れてしまったら、優奈には告白できなくなる。
二股みたいなことなんてできない。
心菜とは、まだ兄妹という関係でいたいのだ。
「ねえ、お兄ちゃん? 成就祭の時になったら私を選んでくれる? 一緒に企画を考えてくれる?」
「一応、検討しておくよ」
「検討ー? なんか、偉そうな言い方ね」
「別にいいだろ。年齢的にも、立場的にもさ。俺の方が上なんだし」
「ふーん、そう。でも、そんなに偉そうな発言ができるなら。なんで、私に手を出そうとしないの?」
「それと、これは別さ」
「へえ」
心菜はニヤニヤと企むような笑みを見せ、軽く舌を出し、誘惑してくる。
だから、そういう顔をするなって。
琴吹はサッと視線をそらした。
これじゃあ、いつも通りに妹の思惑に流されてしまいそうだ。
けど、今までのままではいけない。
ここは兄らしいことをしなければ。
琴吹は妹の部屋に踏み込んでいく。
「な、なに? お、お兄ちゃん⁉」
雰囲気の違う兄の言動に、心菜は動揺を隠せず、余裕のある顔つきから一転。目を白黒させていた。
琴吹は妹の前に立つ。
「どんな関係になろうとも、俺は心菜の兄なんだ。だからさ、なんでも言っていいからな。迷ってることがあればさ」
「んん……」
琴吹は妹の頭を軽く撫でてあげる。
ショートヘアの髪がやんわりと揺れた。
サラサラとした髪質が琴吹の手を優しく包み込んでくれるのだ。
「……もう、何をすると思ったら、いきなりこれなんだから」
「いいだろ、別に。心菜もこういう事、期待していたんだろ?」
「……お兄ちゃん、バカ」
「そういう風にツンケンするなって」
琴吹は心菜の左隣に腰を下ろした。
妹が普段寝ているベッドの温もりを肌で感じる。
「別に、私。ツンケンしたくて、こんな発言しているわけじゃないし」
「じゃあ、どういう意味?」
琴吹は隣にいる妹を見る。
「お兄ちゃんのことが……好きだから……だから、言いたくなるの」
「そんなものなのか?」
「そ、そうなの」
心菜は頬を膨らませ、ソワソワしながらも、視線を合わせてくれなかった。
琴吹は振り向いてくれない妹のほっぺを軽く指で突く。
「お、お兄ちゃん……そうやって私を弄るんだから」
と、頬を赤らめながら、妹はちょっとだけ横目で兄を見つめ、小さく呟くのだった。
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