第31話 俺は優奈さんのことが好きなんだけど…優奈さんは?

「琴吹君って、好きな人っているの?」


 昼休み中。

 二人で屋上にいる時、左隣にいる彼女から問われてしまう。

 優奈はそう言いながら、コッペパンを袋から取り出していた。


 好きな人か……。

 それは優奈さんに決まっている。

 想いは定まっているけど、彼女は好意を抱いてくれているのだろうか?


 そう考えると不安が募り、心が締め付けられる。

 そろそろ、話した方がいい。

 すべてを隠すことなく、今打ち明けた方がいいと思った。

 このままでは、心がどうにかなってしまいそうだ。


「好きな人はいますよ」

「そうなんだ……」


 優奈の声のトーンが低くなったような気がする。

 彼女は視線を落とし、半分こにしたコッペパンの片方を渡してくるのだ。


 売れ残ったパンは、チョコ味である。

 チョコ味は比較的好きな味であり、簡単にお礼を言い、すんなりと受け取り、それを口にした。

 口内に広がっていく甘い触感と、優奈と一緒にいられる嬉しさが込みあがってくる。


「どう? 美味しい?」

「うん……優奈さんは、普段もコッペパンを食べてるの?」

「んん、いつもは前日の夕食の残りを弁当箱に入れて持ってきてるの」

「そうなんだ……下に弟や妹がいるから大変だよね?」

「私は大丈夫よ。慣れてるから」


 大丈夫と、軽い笑顔で伝えてくるものの、実際のところ、苦しそうな雰囲気が垣間見れてしまった。

 何かしてあげたい。購買部の手伝いだけではなく、もう少し距離を縮められて、彼女が楽に生活できる環境にしてあげたいのだ。


 どんなことをしたら、嬉しいと思うのだろうか?

 コッペパンを口にし、咀嚼している優奈の横顔を見た。


 彼女は優しくもあり、必死さも感じられる。

 あまり、疲れている表情をそこまで見せない。

 だからこそ、心配なのだ。

 疲労の溜まり、倒れられても困る。

 そんな事態を招く前に、どうにかしたい。


「優奈さんは、やりたいことってあるの?」

「やりたいこと?」

「いつも忙しいので。その、少し気分転換にどこかに行きたいところってあるかなって」

「どこかにデートってこと?」

「え? まあ、そうかもしれないですね」


 琴吹は彼女の言葉に動揺してしまう。

 そんな中、優奈も自分の言った発言に、少々戸惑っている様子。

 口にした後、冷静に考え、恥ずかしさが込みあがってきたのかもしれない。


「わ、私ね、好きな人がいるの」 


 え? 

 いきなりの発言。

 一体、誰なんだと思う。

 ここまで真剣に考え、そんな表情を見せるということは本命なのだろうか?

 本当に好きな人が、彼女にはいるのかもしれない。


「だからね、成就祭の時はね。共同作業をしたいと思っているの、その人と」

「その相手には、想いを伝えたの?」

「んん、まだ」


 優奈は軽く首を横に振った。


「そうなんだ」


 優奈には好きな人がいる。

 誰なのかわからない。


 このまま告白してしまってもいいのだろうか?

 彼女に想い人がいる中、本気で告白してもいいのか迷うのだ。


 ただ、琴吹も成就祭の時までに、好きな人を見つけないといけない。

 明日が成就祭週間の始まりなのだ。

 今更、他の子なんて選べる余裕もない。

 今は優奈のことが好きであり、彼女に想い人がいたとしても、自分の思っていることを素直に伝えてみることにした。


 今、昼食を終えた人らが屋上から立ち去っていく。

 数人だけになったことで、本音を言いやすい環境になったのは事実だ。

 このタイミングは逃したくない。


「えっと、ですね。俺にも好きな人がいるんですけど」

「……」


 優奈は驚き、視線を逸らす。


「それは……優奈さんの事なんですけど」


 琴吹は目を閉じ、恥ずかしさを紛らわす。


「え……⁉」


 彼女は目を見開き、驚いたのち、片手に持っていたコッペパンを両手で掴み、おとなしくなった。


「やっぱり、ダメだったかな?」


 琴吹は照れた感じに言う。

 内心では、恥ずかしかった。

 自分の想いをようやく伝えたものの、彼女の反応が鈍い。失敗したのではないと考えるだけで、言わない方がよかったかもしれないと思い始めてしまう。


「そうなの? 本当なの、それは?」


 優奈は優しく、伺うように琴吹の瞳を見つめてくる。

 普段よりもさらに女の子らしい仕草に、琴吹はドキッとしてしまう。

 あまりの心の高鳴りに、心臓がどうにかなってしまいそうだ。


「は、はい」


 一応、返事をする。

 優奈は、琴吹から視線をそらし、大きな胸に手を当て一度深呼吸をしていた。

 彼女の大きな胸が、制服越しでも軽く動いているのが分かる。


 ハッキリとしない環境下の中、いやらしい体つきの優奈に、性的な感情を抱いていた。

 下半身が反応してしまい、咄嗟に股を閉じたのだ。


「うん、じゃあ、大丈夫だね」

「えっと、何がですかね?」

「私も素直になれると思って」

「え?」


 一瞬、琴吹の反応が遅れる。


「私、琴吹君のことが好きなの♡」


 いやらしくも、上目遣いで見詰めてくる優奈。

 そんな彼女の顔を見ると、心がくすぐったくなる。


「だからね、その告白、嬉しかったの……だから、ちょっと私も動揺しちゃって」


 彼女はおどおどした口調になる。


「今、私に告白してきたってことは。琴吹君もまだ、成就祭の相手が決まっていなかったってこと?」

「うん」

「そう。よかった♡」


 優奈は嬉しそうに頬を赤らめている。


 これでよかったのだろうか?

 自分なんかでよかったのか?

 そんなことばかり、脳内をグルグルと駆け回っていた。


「ねえ、明日から一緒に色々と手伝ってくれない? それと、今日の放課後、時間あるかな?」

「うん。十分あるよ。生徒会室に行くってことでしょ?」

「そうだよ。一緒に来てくれるよね?」

「俺も告白が成功したら、そのつもりだったから」

「約束よ、琴吹君」


 彼女は一人の女の子として、色っぽい声を出してくれる。

 好意を抱いていた相手から、素直に受け入れられ、人生で一番の転機を迎えていると思えた。

 この時間がもっと続いてほしいとさえ思う。


「ねえ、琴吹君?」

「何かな?」

「何かしたいことってある? 付き合うことになったら、一緒に何かしたいなって。生徒会室で手続きが終わったら、少しどこかに出かける?」

「いいね。俺も行きたかったし」

「でも、意外と両想いだったのね」

「そうみたいだね」


 二人は嬉しさのあまり、一緒に、微笑み、軽く笑顔がこぼれてしまう。

 やはり、優奈の方が一緒にいて楽しい。


 それと同時に、妹の心菜との関係もハッキリさせておこうと思った。


 二人は有意義な昼休みを過ごすことになったのだ。

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