第26話 俺は、一体…どんな台詞を心菜に伝えてあげればいいのだろうか?
「お兄ちゃんッ」
心菜の愛らしい笑顔。
心がどうか、なってしまいそうだ。
冷静さを保ちたい。
まあ、それはそれとして、琴吹は妹から視線を逸らす。が、薄着の白色の長袖シャツに、下は紺色のジーンズ姿の妹が左腕に抱きついてくるのだ。
琴吹は緊張した面持ちで辺りを見渡す。
土曜日だけあって、周りには大勢の人が歩いている。多くの人と通り過ぎながらも、とある場所へ向かって歩いていた。
ここは街中なんだ、心菜。
血が繋がってなくとも、他人から誤解されるような言動はよしてほしい。
仮に知り合いにでも見られたらどうするんだよ。
琴吹は心の中で複雑な心境のまま、緊張と不満を交互に経験していた。
それに、左腕には妹も胸が当たっている。
今は制服ではなく、比較的薄い私服を身に纏っている故、胸の感触をいつもより、直に感じていた。
「いいから、ちょっと離れて」
「なんで?」
首を傾げる妹。
「歩きづらいだろ……」
「いーや、このままで♡」
そういうのが困るんだよ。
まあ、心菜のことだ。
いくら言っても、どうしようもないのだろう。
軽くため息を吐きつつ、正面を見る。
そこにはデパートが存在するのだ。
カップルが訪れる場所としては定番なものが多く揃っている。
映画館や食事処。そして、下着……いや、今は考えないでおこう。
下着と言えば、妹のブラジャーやパンツのことを鮮明に思い出してしまいそうで怖い。
「お兄ちゃん、映画でも見ない?」
「映画?」
「うん」
「何か、いいのあるの?」
「あるよ」
「どんなの?」
「兄と妹の恋愛映画」
「いや、そういうのだったら、やめとくよ……」
「えー、いい感じの映画なのにー」
心菜は不満げに言い、さらに胸を押し当ててくる。
妹の胸の感触や、裸の状態を知っているからこそ、余計に変な妄想をしてしまう。
想像したくないのに、脳内が妹の全裸姿で埋め尽くされていく。
「ねえ、お兄ちゃん? 何考えてるのー」
「……何も考えてないよ」
全力で嘘をつく。
「へえ、そう? だってお兄ちゃんさ。何かを考える時、一旦瞼を閉じるでしょ? それに、エッチなことを考えている時は、不自然に私から視線をそらそうとするし」
妹の着眼点はマニアックすぎる。
「……よく見てんだな」
「えへへ、だって、わかりやすいからね、お兄ちゃんの仕草なんて」
「俺はそんな単純な奴じゃないし」
「それ、お兄ちゃんの意見だよね? 私から見てもバレバレってことは、他の人からも勘づかれているってことだよ?」
「そんなものなのか?」
「うん」
妹は元気よく頷いた。
「……」
なんで、そんなに俺ばかり見てんだよ。
あれだけ多くの男子から告白されてんだし、他の人を好きになってほしい。
「お兄ちゃん? 映画が嫌だったら、下着売り場にでも行く?」
「し、下着⁉」
「恥ずかしいの?」
「違うし」
「でも、ほっぺた赤いよー」
「あっついだけだよ」
「暑い? 今はまだ、五月の下旬だけど?」
「だとしてもだ。というか、心菜が俺から離れればいいだろ」
「いーや」
「……」
琴吹は離れたかった。
このままの状態だと、本当に心菜を好きになってしまいそうで嫌なのだ。
「俺、やっぱり、帰るから」
琴吹は妹の絡んでくる腕を振り切り、強引に距離を取ろうとした。
「イタッ」
「え?」
強引に腕を離そうとしたことで、琴吹の手が心菜の頬に軽く当たってしまったようだ。
「ご、ごめん……」
「んんッ……お兄ちゃん、どうしてそんなに私から離れようとするの?」
「いや、それは……」
突然、心菜の雰囲気が変わった。
以前のように暗いオーラを放ち、声のトーンが比較的低くなる。
「私は本気なのに……お兄ちゃんは冗談だと思ってるの?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないけど……」
「でも、お兄ちゃんって、いつも私から離れようとするよね?」
「……」
「嫌いってこと、なの? そうなの? ハッキリしてほしいのに」
「嫌いじゃない……」
「じゃあ、好きってこと?」
「……いや……その」
なんて言えばいいんだ?
好きでもないし、嫌いでもない。
けど、心菜のことを意識してしまう自分がいる。
返答の仕方に困るというのは、こういうことなのかもしれない。
「ハッキリとしないんですね、お兄ちゃんって」
「ごめん……」
「ごめんじゃないよ……」
心菜の声が小さくなっていく。
「私、お兄ちゃんが私を意識してくれるように、ブラジャーとか、パンツとかあげたのに」
「え、おい。ちょっとここでは」
街中にいるゆえに、周りにいる人らの視線を集めてしまう。
先ほどの言葉に耳を疑い、二人をまじまじと見てくる人も出始めているのだ。
これは危ないと思い、心菜に歩み寄ろうとする。
が、妹からサッと、距離をとられてしまう。
え? どうして?
琴吹は疑問を抱く。
「お兄ちゃん、最低」
心菜から放たれた一言。
妹から直接告げられ、琴吹の心が抉られた瞬間だった。
好きとか、嫌いとか、迷っている間に生じてしまった溝。
そう簡単に埋められるものなのだろうか?
いくら兄妹だったとしても、今回は危ないかもしれない。
けど、今なら間に合いそうな気もする。
戸惑い、口ごもっていると、心菜から睨まれてしまう。
「いいから。私、帰るね。もうッ、お兄ちゃんなんか」
いくら頑張っても振り向いてもらえなかった相手を振るような発言。
妹は背を向け、どこかへと立ち去ろうとする。
終わったのか、この関係……?
いや、今は追いかけた方がいいのか?
しかし、今追いかけたら、妹に告白する感じの流れになる。
今後の関係を考えると判断に迷い、明確な答えがないからこそ、琴吹は一歩前に踏み出せなかったのだ。
妹との距離がさらに広がっていく。
街中に、人ごみの中に紛れていくように、姿が見えなくなる。
周りにいる人らからは、色々な変な噂話のネタにされているようで、琴吹の心に強く突き刺さるのだった。
「追いかければよかったかな……」
自分はどうしたいんだろと思う。
心菜と街中で別れてから、五分が経っていた。
本当は薄々気づいている。
けど、そんな発言なんてできなかった。
わかっているのに、行動に移せないのだ。
琴吹はただ、一人で街中を歩き、とある店屋を目にする。
それは以前、優奈と一緒に訪れたぬいぐるみが販売されているお店。
そういや、心菜のために購入していた子犬のぬいぐるみ、まだ渡していなかったな。
あとであげようと思って、忘れていたのだ。
「渡しても、いいのかな? 今の関係で渡しても、どうせ、いらないって言われるだけだよな」
琴吹は重い溜息を吐き、項垂れるのだった。
「あれ? もしかして、琴吹さん?」
聞き覚えのある声に気づき、顔を上げ、声の持ち主を見た。
話しかけてきたのは、詩乃である。
運がいいのか、悪いのかわからないが、女の子のことについて聞くのなら、ちょうどいいと思ったのだ。
「詩乃さん? その……いきなりで悪いんですが、今から時間ってありますか?」
「今から? ええ、まあ、大丈夫だけど? もしかして、神楽さんの件かな?」
「え、まあ、そんな感じかもしれないです」
言葉を濁しつつ、申し訳程度に頷くのだった。
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