第22話 ようやく念願の、女の子の下着が…

「ようやく帰ってきたのね。もう、どこに行ってたのッ」


 神楽家の玄関の扉を開けた瞬間、優奈の怒鳴り声が響き渡った。

 彼女の弟の陸翔に向けられた言葉だが、琴吹は自分に言われているようで、嫌な意味合いでドキッとしてしまう。


「え、あ、その、違うのこれは――」


 優奈は陸翔の後ろに琴吹がいることに今気づき、焦りながらも弁解しようとしていたのだ。


「大丈夫なんで。気にしないでください」

「あああ、もう、陸翔どうして、最初に言わなかったのッ」

「いやあ、別にいいだろ。むしろ、姉ちゃんが俺一人で帰ってくるって、思い込んでいたのが悪いんじゃね」

「ううう、あああ……もうッ、いいから入って」


 怒りっぽい口調から一転。焦り、涙目を見せつつも、比較的おとなしい口調になると、背を向け、とある部屋へ向かっていく。


 優奈の話し方は、子供を持つ親のように厳しい口調である。

 怒りっぽい言い方をするのは、陸翔の事を心配しているからだろう。


「まあ、あんな姉ちゃんだけど。頑張って付き合ってくれよ」

「う、うん……」


 陸翔はそういうと、靴を脱いで家に上がっていく。

 琴吹もお邪魔しますと口にしつつ、入ることにした。


「あと、さっきのことは内緒にしてくれよ」


 陸翔は近くにやってくるなり、小声で先ほどの件を伝えてきた。

 お金を落としてしまったこと、そして、ブラジャーと二百円の交換の話である。


「男の約束だからな」

「わかってるよ。それで、例のモノは?」

「それは気が早いよ、兄さん。ちょっと待っててくれ。姉ちゃんとの話をつけてからだからさ」


 陸翔はニヤニヤしながら今後の趣旨を口にする。


「陸翔ッ、いつまでそこにいるの? 早くこっちに来て」


 遠くの部屋から顔を出す優奈の問いかけが響く。


「じゃあ、今は姉ちゃんがいるところに行こうぜ」

「そうだな」


 面倒なことになる前に行動した方がいいだろう。

 優奈も大変なのだ。できる限り、協力してあげようと思う。


 それにしても、優奈さんのブラジャーが手に入ると考えると、内心ワクワクしてしまうのだ。

 どんな大きさなのだろうか?

 まだ、彼女のおっぱいの大きさを知らない。

 今日、初めて目にすることができるのだ。

 想像するだけで、変なことばかり考えてしまう。


 いや、ダメだ……今は真面目にしないと。

 琴吹は自分の心に言い聞かせ、陸翔と一緒に彼女がいる部屋に踏み込んだ。


 そこは、八畳間の畳が敷かれた部屋であり、和風な感じ。

 来客用の部屋とも思える場所である。

 畳の上に敷かれた布団。そこに毛布を首元まで隠し寝込んでいる、保育園児の七海の姿があった。

 少々息が荒く、頬が赤い。


「はい、姉ちゃん。ちゃんと買ってきたんだからな。感謝しろよ」

「……もう、そういうのはやめて。というか、普通な事でしょ」

「はあ、買ってきてやったのにー、いたッ」


 陸翔が調子乗った言い方をしてると、優奈からの額を指で軽くはじかれていた。所謂、デコピンのような手法である。今時には珍しいと思った。


「もういいから、早く飲み物」

「はいはい。しょうがねえな」

「陸翔は黙って」


 優奈は陸翔から奪うように購入してきた飲み物を奪う。

 キャップを外し、一旦、畳の上に置いた。

 そして、布団で仰向けになっている七海の状態を軽く起こし、左手で背中を抑えながらジュースを飲ませてあげるのだ。


「んんんッ……」


 七海は軽く飲んだ後、か弱い両手で飲み物を遠ざけようとする。


「もう、いいの?」


 七海はジュースを口に含んだまま、単純に頷く。


「じゃあ、ちゃんとゴクンした?」

「う、うん」


 優奈は頭を軽く撫でてあげながら、妹を横にさせてあげたのだ。


「ううう……」

「大丈夫? まだ、体が熱い?」

「うん」


 横になっている七海は、姉である優奈をジーっと、何かを求めるように見つめていた。


「何かほかに食べたいものは?」

「お菓子」

「それはダメ。具合が悪いのに、そういうの食べると吐いちゃうでしょ」

「ううう……」

「今はおかゆ作ってくるから」


 優奈は横になっている七海の髪を撫でた後、毛布を体にかけてあげていた。


「あと、氷枕と額に入るアイスシートの交換ね」


 と、言うと、その場に立ち上がる。


「陸翔は別の部屋に行ってもいいよ」

「え? もう終わり?」

「だって、五月蠅いんだから。七海の具合が悪くなるでしょ」

「ええー」

「いいから出て行って。あと、琴吹君はどうするの?」

「俺は、もうちょっといますかね」


 琴吹は隣にいる陸翔と目で合図を交わす。

 男同士の約束がまだ残っている故、帰宅するわけにはいかなかった。


「だったら、陸翔と遊んでくれる? もう、六時半も過ぎてるから外にも遊びに行けないし」

「わかったよ。じゃ、行こうか陸翔」

「ああ、じゃ、俺の部屋に来てよ」


 陸翔はそのまま八畳間の部屋を後にする。

 追いかけるように出ようとするのだが。


「あのね、ありがとね。琴吹君」

「え?」


 突然、女神のように優しい口調で言われ、驚く。

 陸翔を叱っていた姿は、そこにはなかった。


「いや、普通のことをしただけだから」

「でも、嬉しかったよ」

「ああ、そういってもらえると嬉しいよ」


 琴吹も好意を抱いている相手から、親切にされると気分が良かった。


「それと、確認があるんだけど。七海のために買ってきたジュースって、本当に私が渡したお金だよね?」

「え……」


 琴吹は硬直した。


 なぜ、彼女は琴吹に話したのだろうか?

 それと同時、現場を見られてしまったのかと、一瞬感じてしまうほどに驚きを隠せず反応が遅れてしまう。


 そんな中、部屋の前からジーっと見つめてくる陸翔の顔があった。覗き込まれ、反応を伺っているのだ。


「ああ、そうだよ。陸翔はちゃんと持っていたお金で買ってたよ」

「そう? だったら、いいけど。もし、琴吹君にまたお金を貰って購入したのかなあって思って。私の勘違いだったいいわ。ごめんね、変に疑ったりして」

「あー、いや、大丈夫だよ」


 琴吹は苦笑いをして乗り切った。


「陸翔って、たまにあるのよ。勝手にお金を使ったり、なくしたりね。ね、陸翔?」

「え、いや、大丈夫だって。俺を信じろって。な、琴吹兄さんだって、姉ちゃんから貰ったお金で買ったって言ってたじゃん」

「ふーん、まあ、いいわ。じゃあ、お二人方は別の部屋に行っててね」


 優奈は弟の陸翔に、黒いオーラを滲ませながら、満面の笑顔を見せていたのだ。


 確実にバレているかのような、そんな表情。

 けど、バレていないと、琴吹は信じたかった。






「ここが、俺の部屋な」


 陸翔が普段生活している空間の一つらしい。


「それで、ブラジャーは?」

「ふふ、気が早いぜ、兄さん。例のモノはちゃんとありますんで」


 琴吹の問いに、頷くように答える陸翔。

 部屋の奥に行き、ベッドの下のところを探っていた。

 何かをそこから引っ張り出している。

 黒い箱のような代物。

 陸翔は蓋を開けると、とあるものを取り出し、見せてきたのだ。


「それって」

「そうさ。十八禁のエロ漫画な。兄さんも見るだろ? こういう風なのとか?」

「ああ。って、それって、幼女、妹系のエロ雑誌だよね」

「そうだけど。一応、このページかな?」


 陸翔はとあるページをめくる。

 それを見せてきたのだ。

 そこには全裸の美少女が描かれたワンシーンがあった。


 小学生の陸翔は、同級生ものが好きらしい。小学生や中学生くらいの女の子が登場するエロジャンルを好んでいる模様。

 琴吹も、幼女系というか妹系のエロ漫画が好きだったこともあり、気が合いそうだった。


「ここが見どころなんだよ」


 とにかくおっぱいが前面に描かれている場面を見せつけてくる。


「おお」


 琴吹も息を荒くしながら魅入ってしまう。


「兄さんも、この雑誌ってよく見る方なの?」

「そうだな。一年ちょっと前から、毎月買ってるな」

「でもさ、俺。まだ、これを含めて二冊くらいしかないんだよ」

「そうなのか?」

「うん。兄さんはどうやって買ってる? なかなか、入手困難でさ」

「俺は、ネットかな?」

「やっぱか。俺の家にはないんだよな、ネット環境がさ」

「じゃあ、後で俺の家に来てみる?」

「いいのか?」

「まあ、時間が合えばだけど」

「だったら、来月とかは?」

「来月か……」


 また、その時は成就祭期間に入ってしまう。

 今月も来月も難しそうだ。


「時間が空いたら、俺の方から伝える感じもでいい?」

「ああ、いいぜ。約束だからな」


 陸翔はガッツポーズを見せてくる。


「ああ」


 琴吹も元気よく承諾した。


「あと、例のモノは? まだなんだけど」

「そうだったな。兄さんが求めているのは、これの事だろ?」


 陸翔の手には、ピンク色で花柄のブラジャーが握られていた。


「俺の姉ちゃんさ。意外と子供っぽいヤツしか持ってなくてさ。これでもいい?」

「いいよ」


 琴吹は頷いた。


 大人っぽい一面を持っているのに、意外と趣味は子供っぽいということに、ドキッとしてしまうのだ。

 二百円の代金分として、素直に受け取った。

 これで、色々と――

 琴吹は顔には出さないが、心の中でニヤニヤとしていた。


「まあ、それでこそ男だぜ、兄さんッ」

「何が男だって?」

「「え⁉」」


 突然の第三者の声に、二人はドキッとし、互いに両手に持っていたものを背中に隠す。

 陸翔の部屋は、優奈が入ってきたのだ。


「ちょっと頼みたいことがあってきてみたんだけど。なんで二人は、背中の方に手を回してるの?」

「あ、あれだよ、あれ。学校でさ、朝礼があるんだけど。その時の練習さ。な、琴吹兄さん」

「あ、ああ。そうだよ。教えてほしいって言われて」


 二人は隠すように笑って誤魔化す。


「そう? そんなのが楽しいの?」


 優奈はジト目を見せていた。


「え。まあ。というか、姉ちゃんこそ、勝手に入ってくるなよッ」


 陸翔は声を出す。


「急に手伝ってほしいことがあったからしょうがないでしょ」

「なんだよ、手伝いって」


 陸翔は背中に隠しているエロ本がいつバレるか怯えながら問う。


「陸翔は、七海の世話をして頂戴。琴吹君は、私と一緒に料理の方やってもらってもいい?」

「わかったよ、姉ちゃん」


 陸翔はため息を吐いていた。


「え。いいけど」


 琴吹は気まずげに答える。今、瞳に映っている女の子のブラジャーを背に隠しているのだ。彼女の服の中を想像してしまい、次第に下半身が活発的になってくる。


「じゃあ、そういうことで、お願いね」


 優奈はそういうと、陸翔の部屋から立ち去って行った。


 そして、二人はホッと胸を撫で下ろす。

 命の危険を察した瞬間だった。


 手に持っていたブラジャーを見られなくてよかったと。琴吹は激しく脈打つ心臓の鼓動を胸で感じていたのだった。

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