第21話 今日は早く自宅に帰りたいけど…
琴吹の視界には、本がある。本棚に整えられた複数の本に目を向け、購入するモノを品定めしているのだ。
基本的に購入すべき本は決まっている。それを数万冊という膨大な本の中から三冊ほど見つけなければならないのだ。
これかな?
いや、違うか。
だったら、これなのか?
……これもなんか違うな。
琴吹は本棚から本を取り、表紙を見て、戻しては取りの繰り返し作業を行っていた。
恋愛関係の本を自宅近くの本屋で探っているのだが、なかなか目当ての本を見つけられずにいたのだ。
やっぱ、無いのかもな。
「ねえ、そういう風な探し方より、機械に頼った方がいいよ」
と、一緒に訪れていた心菜に言われてしまう。
妹が指さしている機械とは、タイトルを入力すれば、どこにどの本があるか一発でわかる検索機のことである。
琴吹は本を購入する時、いつもネットで注文しているのだ。
大方、あっち系の漫画ばかりなのだが。
一般書籍や、ビジネス書、エッセーなど色々な本があるのだが、琴吹はそういうジャンルに目を通す機会が少ない。
だから、多くの本が並ぶ本屋ですぐに探せないのだろう。
昔はネットではなく、本屋で探していたこともあり、見つけるのは早い方だと思っていたが、一年も利用していないと簡単にできないものである。
それに、成就祭まで、あと二週間くらいのだ。
一日でも早く本を手に入れたい。
そんな願望があった。
が、結果として、ネット注文よりも逆に時間がかかってしまっている。
やはり、心菜の言う通り、検索機に頼った方がいいのかもしれない。
二人は本屋の中央部分に設置された検索機のところまで向かい、画面上を指でタップした。
「えっと……これって、どうやってやるんだ?」
琴吹は全くわからない。
あまり訪れていない間に、大分店内の装飾なども変わっていたのだ。
わからなくて当然だと店内を見渡し、思った。
「それはね、こうやってやるの」
心菜が割り込むようにして、検索機の前に立つ。
妹は手際よく画面上をタップし、操作し始めるのだ。
「心菜って、結構ここに来るのか?」
「うん。一応、本とかも購入したくなるし」
「そうなんだ」
「お兄ちゃんは知らなすぎだよ。それで購入したい本のタイトルは?」
「あ、えっと……」
琴吹は詩乃から貰い、リュックの中に入れていたその用紙を取り出す。
日付表のようなスケジュール用紙には、三タイトル分、記されている。
一冊目――『女の子の誘い方。異性との話し方』
二冊目――『デートプランって、どういう風に決めればいいんですか? Q&A』
三冊目――『恋愛歴、十五年で身に着けたスキル教えます』
まあ、そういったタイトルの恋愛本である。
どういった内容なのか、タイトルを見た瞬間なんとなく予測はつく。が、実際に読んでみると、良い意味で期待を裏切る書き方をしている場合が多いのだ。
学園内の図書館が借りれなくなった今、お金を出して購入するしかない。
「でも、どうして、その本を見たくなったの?」
「それはだな」
ふと思う。
心菜には恋協部に通っていることを知らせていない事を。
言ってもいいのか迷うところだ。
いや、余計に口にしない方がいいだろう。
「えっとさ、来月から成就祭が始まるしさ。そのための知識集め的な感じだよ」
何とか誤魔化す。
「ふーん、そうなの? あのおっぱいの大きな先輩を成就祭の時に口説くため?」
「え、まあ、いや……そうなるかな」
「そんな事ばっかり。お兄ちゃんが恋愛関係の本を図書館で探してるの見て、なんか嫌だったの。どうせ、おっぱい目当てなんでしょ?」
「違うよ……違うさ」
琴吹の声が自信なさげに、次第に小さくなっていく。
学園にいる時も心菜に伝えたとは思うが、決して、おっぱい目当てではない。
「なんか、そう考えたら、探すの手伝いたくないかも。私のためじゃないなら、嫌」
不満げに言う。
こうなってしまった今、一緒にいるのは互いのためにならないと思った。
「じゃあ、先に帰るか?」
「……」
心菜は無言になる。
妹なりの葛藤があるのだろう。
「う、うん……先に帰ってる。でも、できるだけ、早く帰ってきてね」
「あ、ああ。わかってるさ」
琴吹は承諾するように頷く。
心菜は怒りを露わにしているが、ちょっとばかし、優しい口調だった。
実際のところ、そこまでご機嫌斜めではないのかもしれない。
「じゃあ、後でね」
心菜は背を向け、少し早歩きで本屋を後にしていったのだ。
あんな受け答えの仕方でよかったのだろうか?
琴吹は少々不安になる。
けど、早いところ目星となる本を見つけなければいけないのだ。
先ほどの妹の手の動きを思い出し、感覚的に検索機の画面をタップする。
タイトルを入力し、検索をかけた。
「……やっぱ、ないか……あるとしても、デートプランのヤツしかないな。あとは在庫もないって。どうすれば……」
ちょっと考える。
成就祭まで二週間。
本屋で今、取り寄せ予約をして届くのが、一週間と数日と考えると、読むのは、一冊当たり、二日三日くらいになる。
読んだとしても、自分自身が理解して、それを実践で応用していかないといけないのだ。
できれば、今日中に三冊とも見つけたかったが、それは難しいらしい。
注文は店内にあるタッチパネルの機械でできるらしいが、面倒なのでやめた。
今日は諦め、一応、店内カウンターで、店員に注文だけして帰宅しようと思う。
琴吹は一応、検索機に表示されているところまで向かい、デートプランの本だけ手にし、カウンターへと歩む。
お会計をしたのち、取り寄せ用紙に、後の二冊分のタイトルを記入するのだった。
あとは、帰宅しようと本屋を後に、道を歩く。
すると、少し歩いたところにあるコンビニ近くで、見覚えのある人の姿が視界に入る。
あれは……優奈さんの……弟?
夕暮れ時に一人で何をしているのか、気になってしまう。
弟の陸翔は、まだ小学生である。
日が暮れるまで外にいるのは何かと危ないのだ。
一応、声をかけておこうと思い、接触を図ろうとした。
「ねえ、君。優奈さんの弟だよね?」
琴吹は一応、確認にために、その子に問う。
「え? うん。そうだけどって、昨日会ったお兄さんじゃん」
彼も一瞬誰かわからなかったようだ。
一回しか会っていないのなら、ほぼ初対面に等しい。
琴吹は伺うように、話しかけた。
「優奈さんは? 一緒じゃないの?」
「姉ちゃんは今、家にいるというか。忙しいらしくてさ」
「忙しい?」
今日はすぐに帰宅したと、彼女のクラスメイトから聞いていた。
やはり、何か問題でもあったのだろう。
「俺の妹の七海なんだけど、昼過ぎくらいから熱があったみたいでさ。それで、寝込んでて姉ちゃんが看病してるんだ」
「そうなんだ、大変そうだな」
「それで一応、何か飲み物を買ってくるように頼まれてさ。でも、お金落としてしまって、探してたんだ」
大体のことはわかった。
まあ、事情を知ってしまったからには、手伝わないといけない。と、思い、辺りを探すことにした。
陸翔は来た道を思い出し、それに続くように琴吹も歩く。
大体、自宅からここ周辺まで、住宅とかコンビニなど、小さな店の方が多い。
何気に人が通る場所であり、誰かが拾って交番に届けている可能性だってある。
二〇分ほど辺りを確認しながら歩いたが、お金らしきものは落ちていなかった。
交番にも立ち寄ってみるが、そこにも届けられていないと言われてしまったのだ。
「ごめん、琴吹お兄さん。やっぱないや。あーあ、また、姉さんに怒られるのかあ……はああ」
陸翔は大きなため息をつきながら歩いていた。
彼の隣にいる琴吹は、失ったものの辛さが痛いほどわかる。
「俺の姉ちゃんさ。意外と面倒なんだよ」
昨日も家にいる時、弟を怒鳴る口調を耳にしたこともあり、琴吹はなんとなく察した。
「って、そういや、琴吹お兄さんと同じ学校でしょ? 学校ではどんな感じ? 五月蠅い感じ?」
「いや、そんなことはないけど」
「じゃあ、違うじゃんか。あーあ、人前ではいい人ぶってさ。まあ、俺からしたら、姉ちゃんのいいところはおっぱいくらいしかないけどさ」
陸翔の発言に反応し、琴吹は彼女のたわわに実ったおっぱいを妄想してしまう。
「ん? どうしたの?」
「い、いや、なんでもないよ」
琴吹は不自然に視線をそらした。
「もしかして、姉ちゃんのおっぱいに興味ある感じ?」
「な、何を急に?」
「えっとさ、琴吹お兄さんに一生のお願いなんだけど。代わりに妹の飲み物代、二〇〇円でもいいから出してくれない?」
小学生の男の子から懇願されてしまう。
「まあ、いいけどさ」
最終的にはそうするしかないとは思っていた。
「その代わりになんだけど、姉ちゃんのブラジャーとかあげるからさ」
――ッ⁉
衝撃発言に一瞬、硬直した。
二〇〇円で優奈のブラジャーが手に入るとしたら、安いものだと思う。
一応、男らしく承諾するのだった。
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