第20話 ブラックリスト…⁉ そんなバカな…だったら、その責任、俺が背負うから

「あなたたち、聞いてるのッ、もう、本当に図書館では静かにしてくださいよねッ」


 とある一室。

 狭い空間ではあるが、大きな長いテーブルと、八つの椅子などが置かれた部屋。


 図書館の隣に位置しており、集会をする時に利用される場所のようだ。

 そこで琴吹と心菜は、申し訳なさそうな感じに佇んでいた。


 二人の正面には眼鏡をかけ、規律を真面目に守りそうな女の子が佇んでいる。彼女は図書委員らしく、小声で話していても二人のやり取りは聞こえていたようだ。

 よほどの地獄耳である。

 面倒な子もいたものだと琴吹は思うものの、制服の袖の色合いを見る限り、上級生であった。余計な発言を慎む。


「すいませんでした……」

「ごめんなさい……」


 琴吹の後に続くように、妹も礼儀良く頭を下げている。


 謝罪の意を込めた感じであり、指摘していた図書委員の女の子はため息を吐くと、許しの言葉を口にし始めた。

 ようやく無事に事が終わりそうだ。


「まあ、いいわ。今度から静かにね。わかった? 今後、またあのようなことがあったら、ブラックリストに記入しておくから」


 あまりにも罪に対する度合いが大きい気がする。

 琴吹は本音を言わず、乗り越えたい。

 言いたいこともあったが、グッと堪えていた。


「今度から……気を付けます」


 心菜の意外な対応に、琴吹は耳を疑った。


「あなたもわかったの?」

「あ、はい。わかってます」


 琴吹は焦るように反応し、軽く頭を下げたのだった。


「はい。この話は終わり、早くこの部屋から出て」


 二人はさっさと図書館エリアに足を踏み込んだ。






「もう、お兄ちゃんったら、エッチなくせに、本当、消極的だよね」


 図書館の、テーブルエリア。

 左隣の席に座る妹は、小声だが、また話し始めるのだ。


「おい、さっき注意されたばかりだろ? 静かにしろって」

「大丈夫だよ。そんなに気にするなら、お兄ちゃんの耳元で囁いであげよっか」


 心菜は悪戯っぽい笑みを浮かべ、誘惑してくるかのような仕草を見せてくる。


 やめてほしい……そんな事。

 いくら平常心を装っても、そんなに誘われたら、どうにかなってしまいそうだ。


「それよりさ、さっき危なかっただろ」

「え? それはお兄ちゃんがうじうじしていたのが悪いじゃん。もっと強引に私の唇を襲いにくればよかったのにー」

「……」


 心菜が耳元で囁くものだから、ASMRのように、体全体が微妙に震えてしまう。心地よさというよりも、背徳の感情の方が勝っていた。


「いや、むしろさ。あの時、キスしてたら、あの眼鏡をかけた図書委員にバレてたんじゃないか?」

「いいじゃん。見せつけても」

「俺は無理だよ」

「どうして? 私たち血が繋がってないんだよ? 普通にキスもできるし、結婚もできるし。それに、夜の方も♡」

「そ、そうかもしれないけどさ」


 琴吹は右側の方を向いた。

 今、心菜の妖艶な笑みを見てしまうと、妹との行為を想像してしまいそうで怖い。


「ねえ、お兄ちゃん? なんで私から避けようとするの?」

「それは……」


 ⁉

 琴吹の衝撃を受けた。


 今、肌に伝わってくる、この生暖かさ。

 妹から耳元を甘噛みされているのだ。

 琴吹は離れるように椅子から立ち上がった。


「お、おい、ここで、そんなことッ……あ……」


 そして、自分が大声を出していることに気づいたのだ。


「んんんッ」


 女の子の咳払いが聞こえた。

 まさに、先ほど対面していた眼鏡をかけていた女の子である。

 ゆっくりとオーラの感じる方へ視線を向けると、殺気に満ち溢れた表情を見せる図書委委員が佇んでいた。

 それを見、殺されると、本能的に察したのだ。


「あの、これは……」

「何かなあ?」


 彼女は口元をぴくぴくさせていた。

 これはまずい。怒られる。


「す、すいません……」


 何もかもがすべて終わったような気がした。


「言いましたよね? 今後したら、ブラックリストに記入するって?」

「はい」

「あなたたちはッ」


 今だと、図書委員の方が、むしろ、声が大きいような気がする。

 そんな事、ツッコめない。

 口にしたら、命がいくらあっても足りないからだ。


「あなたたちはッ、本当に出て行ってくださいッ」


 二人は周囲にいる人らからも軽蔑された目を向けられながら、図書委員の女の子から強い口調で言われ、室内から後にすることになった。






「ブラックリストには入れませんけど。今月中、図書館への入出は禁止致しますから」


 図書館前の廊下で、眼鏡をかけた女の子から告げられる言葉。

 琴吹は身に染みるように聞いていた。


「でも、今回は私の責任だと思うので、お兄ちゃんのせいにしないでください」


 心菜は丁寧な口調で言い、すべてを請け負う覚悟を見せていた。


 何もかも、悪いのは妹の方だ。

 このまま責任を押し付けたかった。

 けど、すべてを心菜のせいにはしたくなかったのである。

 自分でも不思議だ。


「俺の方が悪いですから、妹にはそんなに言わないでください。出禁になるのは、俺一人で十分なので」

「……まあ、しょうがないわね。あなたが責任をかぶるのなら、まあ、いいわ」


 いつまでも怒っていてもよくないと、図書委員の女の子は思ったようだ。

 来月から成就祭週間に突入する。

 苛立ってばかりいたら、告白してくる男子生徒がいなくなってしまうと思ったのか、比較的静かになった。


「じゃあ、早く帰りなさい。私にはまだ仕事がありますので。あなた方と違って」


 図書委員の女の子は眼鏡を弄り、真面目な風を装い、エリート発言をしたのち、背を向けた。大人しくなった彼女は、そのまま図書館へと戻っていったのだ。


「今後、余計な事するなよ」


 ようやく解放されたと思い、琴吹は妹へ言った。


「……」


 しかし、心菜からの返事がない。

 妹の方を見てみると、好きな男子に向ける顔になっていたのだ。


「お兄ちゃん、ありがと。私、嬉しかったよ。こんな時でもかばってくれて♡」

「……普通のことをしたまでさ」


 琴吹は顔をそらした。

 数秒の間、二人は顔を向け合うことができなかったのだ。






「えっと、心菜」

「なに、お兄ちゃん……」


 妹の幼い顔立ち。けど、少しずつ、大人びている感じもする。

 昔とは確実に違うのは、目に見えてわかるほどだ。

 そんな妹と――


「すいません。ちょっと、そこでいいですか?」

「んッ」

「ひゃう」


 突然の呼びかけ。

 二人は各々の声を出し、体をビクつかせた。

 話しかけてきたのは、桜双木学園指定の制服を身に纏った男子生徒。


「そこにいられると、通れないんで」


 真摯な言葉を向けられる。


「あ、ごめん。邪魔ですよね」

「ごめんなさい……」


 二人はサッと、廊下の壁の方に寄る。

 そして、その男子生徒は図書室へと入っていたのだ。

 何かと思い、ヒヤヒヤしたが、大したことなくてよかったと、胸を撫で下ろすのだった。

 そんな中。


「もう、最低」


 と、心菜は頬を膨らませ、先ほどの男子生徒のことについて不満を漏らしていた。

 何か問題でもあったのかと、首を傾げてしまう。

 琴吹はよくわからず、妹の問いに軽く笑いながら対応していた。

 何を期待していたのだろうか?


「まあ、俺は出禁になったことだし。別のところで恋愛の本を探さないといけないな」


 一言漏らす。


「心菜はどうする?」

「どこに?」


 心菜の顔がパアっと明るくなった。

 さっきまで淀んでいた表情は消え去っていたのだ。


「自宅に帰る途中に、本屋があるだろ? そこに行くんだよ」

「じゃ、行くッ」


 心菜は右腕に抱きついてくるのだ。

 妹の体を感じつつも歩き出そうとする。


 いや、歩きづらいな。

 琴吹は離れることにした。

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