第19話 心菜、そんな顔を見せないでくれ…俺は、どうすればいいんだよ…

「お兄ちゃん、そんなの見てるんだあー」

「お、俺はそんなの見てないって」


 ジーっと、辺りにいる人から強い視線を感じてしまう。

 図書館内。

 本棚のところに佇んでいる琴吹は頬を赤らめ、本を閉じ、委縮してしまった。


 二人がいる場所は今、沈黙だけが許された空間。

 声を荒らげるなど、決してならないのだ。


「もう、声を出しちゃダメだよ」


 心菜はつま先立ちし、兄の耳元で囁くように言う。


 んッ――

 耳元に妹の吐息が当たり、変な気分になる。

 どうしてくれるんだよ……。

 ここ数日で随分と心菜が積極的になったと思う。


 本音を晒した妹は、余計にからかってくるのだ。

 バカとか、そういった発言はしなくなったものの、別の意味合いで、どぎまぎしていた。


 いつまで、続くんだろ。

 平常心がいつまで保てるか、自分との葛藤になりそうだと思う。


「ねえ、何を借りるの?」


 心菜は小声で問うてくる。琴吹もそれに応じた。


「何って、恋愛の本だけど」

「え?」


 妹に驚かれる。

 一瞬、フリーズし、まさかといった顔を見せていた。


「お兄ちゃんって、私のこと考えてくれてるの?」

「違うから……心菜のために借りる本じゃないから」

「じゃあ、誰なの?」


 心菜から覗き込まれるように、顔を見られてしまう。


「優奈さんのためだから……」

「もしかして、昨日待ち合わせしてた人?」

「まあ、そうだな。確か、二回くらいは会ってるよな?」

「うん、私も少し見たもん」


 妹のオーラが微妙に変化した気がする。


「それで、どうなの? 付き合うことになったの?」

「付き合うところまではいってないけど。今後付き合う可能性があるし。そのため」

「へええ……やっぱ、おっぱい大きい方が好きなんでしょ?」


 んッ――


 図星を突くような妹の発言。心に強く突き刺さるように、そして、内面に広がるように痛みが増してくるようだった。


「そうじゃないよ。普通に好意を抱いているだけだから」

「へええ」


 妹からのジト目。疑われているようで、ヒヤヒヤしていた。


「じゃあ、お兄ちゃんの願望として、おっぱいが大きくて、妹みたいな人が好きってこと?」

「……」


 他人からストレートに言われると、頷くにも頷けない。

 そんな欲望詰まりまくりの女の子が好きって……俺って終わってるな。と、悲観してしまう。


「でも、そんなお兄ちゃんも好きだよ♡」


 心菜は愛らしくウインクしてくる。


「いや、普通は引くだろ」

「んん、引かないよ。どうして?」

「いや……普通さ。いつもさ、変なことばかり考えてる兄に魅力なんて感じないと思うんだが……」


 自分で言ってて辛くなってきた。


 ああ、早く消えて無くなりたい。

 琴吹は心の中で頭を抱え込んでいた。


「そんなことないよ。お兄ちゃんは、そのままでいいの」


 うッ……。

 心菜の優しく微笑んでくれる顔。妹だと、一瞬忘れてしまいそうになるほど、心に突き刺さってしまう。


 なんか、変だな……今日は変なんだよ、きっと。うん――

 自分の心がどうにかなってしまったんじゃないかってくらい変なのである。

 琴吹は不本意にも、妹に靡きそうになってしまった。


「でも、別に、無理して考え方を変えなくてもいいからね」

「ど、どうして?」

「今のままのお兄ちゃんが好きだから♡」

「だから……そんな顔を見せるなって。余計に――」

「余計に何?」

「んん、いや、なんでもない」


 琴吹は全力で横に首を振った。


「なになに? 隠し事?」


 距離を詰めてくる心菜。


「違うよ。次の言葉を忘れてしまっただけさ」

「嘘っぽいー、そんなわけないじゃん」


 妹はニヤニヤと笑っている。


「本当なんだって」

「へええ、そうなんだあ」


 ようやく信じてくれたのか?

 と、一瞬思い、ホッと胸を撫で下ろす。


「……」


 無言のまま、心菜からジーっと見られていることに気づいた。


 な、なんなんだ⁉

 次の瞬間、妹の顔が近づいてくる。


「だったら、思い出させてあげよっか」


 つま先立ちになり、耳元で囁く妹には妖艶さがあった。


 だから、そういうところなんだよ。

 そんなことをされると、余計に言いづらくなるじゃんか。

 琴吹は俯き、頬を赤らめてしまう。


「お兄ちゃん、顔赤いよ?」

「一体、誰のせいだと思ってんだよ」


 恨むような口調で言い返す。


「もしかして、私のせい?」

「そ、そうだよ」

「じゃあ、さっき言おうとしていたのって、私のことを意識してるってこと?」

「……」


 琴吹は言葉を失う。

 反応を返すこと自体、気恥ずかしくなった。


「あははは――」


 心菜は一人の女の子のように軽く優しく笑っている。

 そこまで大きな声でなかったためか、周囲の人には気づかれてはいないようだ。


「やめろって。もう、離れてくれ」


 琴吹は妹の柔らかい肩を触り、軽く押してしまう。


「なに、私の体、触りたくなったの?」

「違うから。離れたかっただけだからッ」

「へえ、そう……お兄ちゃん?」

「なに?」

「嘘つくの下手だよね」

「……」


 バレているのかよ。

 そこは察して、余計なことを言わないでほしかった。


「あ、そうだ。お兄ちゃん?」

「な、なんだよ」

「この本とかっていいんじゃない?」

「どれ?」

「これだよ」


 心菜は近くの本棚から、一冊の本を見せてくる。

 本といっても普通の感じだ。


 海外の作品を翻訳した感じの書籍であり、黒と紫色の表紙デザイン。特に、人とかが書かれている感じのイラストもなく、あっさりとし、大人びた感じの印象を受ける。

 自分が探している恋愛系の本とは種類が大幅に異なっていた。


 心菜って、そんな本も読むとかと思い、昔と違う一面が垣間見れた気がしたのだ。

 忘れていたが、妹の趣味ってなんだろ?


「心菜って、普段何読んでるの?」

「私は、本とかだけど」

「どんな本?」

「なに? 気になるの?」


 妹は本のページをめくりながら、横目で見てくる。


「いや、その」

「スケベ」

「は?」


 琴吹は大きな声を出してしまった。

 また、周りにいる人から睨まれてしまう。


 ああ、何してんだよ、俺……。

 悲観してしまう。


 そんな中、妹は特定のページを見つけたようだ。


「ここなんか、どうですか?」

「ん?」


 琴吹は本を覗き込もうとする。

 しかし、そのページは特に何かが記されているとかではなかった。


 白紙である。

 なんだこれ、と思っていると、急激に右頬がゆっくりと温かくなる。


 人肌に触れているような優しさを感じた。

 サッと後ずさるように距離を取ると、自身の唇を指でなぞる心菜の姿があったのだ。


 その光景を見て察した。


 先ほどの生暖かさは、妹の唇だと――

 そう考えれば考えるほどに、内面から湧き上がってくる恥ずかしさに押しつぶされそうになるのだ。


 どうすりゃいんだよ。

 琴吹は俯き、また頬を紅葉させた。


「お兄ちゃん、エッチなこと考えてるでしょ」

「……そういう風に言うなよ。原因を作ったのは、心菜だろ……」

「ねえ、妹のキス、どうだった? お兄ちゃん的に嬉しい?」

「そんなわけないだろ」


 不思議な気分だ。

 好きじゃないのに、好きじゃないのに、なんだろ、これ……。


 正直に言うと、嬉しいのかもしれない。

 けど、表面上は、嘘をついてしまった。


 一緒に過ごしてきた妹に、こんな感情を抱くなんてありえないと思い、グッと堪えようとする。

 けど、心が動揺してしまう。


 どうなってしまったんだ⁉

 自分でも、自分の感情に違和感を抱きそうになった。

 わからない。

 なんで妹に、こんな感情……。


「ねえ、お兄ちゃんッ」

「なんだよ……」


 恥ずかしくて、視線を合わせられない。

 相手は妹なのに、兄らしい立ち振る舞いができなかったのだ。


「ねえ、キスしよ♡」

「え?」

「今度はちゃんと唇同士で」


 心菜は薄いピンク色の唇をなぞりながら、誘惑するように言う。


「いいよ……妹とは」

「いいって、OKの方?」

「違うから、拒否する方だよ」

「なんで? シたくないの?」

「そういうしゃべり方はやめろって。変に聞こえてしまうだろ」

「やっぱ、意識してるじゃん」

「う……」


 でも、してみたい。

 心菜がどんな感じなのか、試してみたいと、妹のいやらしい唇を目にすると、余計に気になって仕方がなかった。


「そんなに迷うなら、ヤった方がすっきりするかもね♡」

「というか、ここ、図書館だぞ。心菜、冷静になった方がいいって」

「だから、本に隠れながらすればいいじゃん」


 妹は本気のようだ。

 けど、琴吹はそれを拒んでしまった。


 こんな関係を続けてしまったら、自分がどうにかなってしまいそうだと思ったからだ。


 琴吹は、唇に指を当て誘惑するような瞳で見てくる妹から軽く視線を逸らすのだった。

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