第18話 お兄ちゃんの変態…いつもアレばかり考えてシてるでしょ?

「えーと、ちょっといいかな?」

「あ?」


 うッ――……


 琴吹は、男子生徒からの威圧的な視線を向けられ、怯んでしまう。

 体を動かせなくなるが、今のままでいけない。

 もう一歩、踏み出した。


「その子から離れてくれないかな?」

「なんで?」


 やっぱ、辛い……。


 その男子生徒は、心菜と同級生ぐらいだろう。制服の袖の色合いが、妹と同じだったからだ。

 学園指定の服装だからこそ色は同じなのだが、妹と同じものを身に着けていることに苛立ちが込みあがってくる。


「というか、お前誰?」


 男子生徒からの問いかけ。


「私の……か――」


 心菜がボソッと言い出そうとする前に、焦りながらも琴吹は、妹の言葉を遮るように口にする。


「俺の妹だから」


 何とか言い切った感じはあるが、建物の壁に背をつけている心菜から、なぜか、睨まれてしまっているのだ。

 助けてやろうとしているのに、そんな顔をしないでくれ。

 と、危機的な環境下なのに思ってしまう。


「へえ、ということは兄妹ってことか?」

「そうなるね」


 今時には珍しく、ヤンキー風の容姿。桜双木学園内でも、あまり関わったことがない部類である。

 そのヤンキー風の人と視線を合わせるのは辛い。

 目線を落としつつ、平常心を保とうとしていた。


「だから何?」

「え?」

「だから、お前らが兄妹として、なんで、俺が離れないといけないんだってことだよ」

「えっと、それは」


 琴吹はたじろぐ。


 なんて言えばいいのだろうか?


 勢い任せに行動してしまい、そのあとの対抗策をまったく考えていなかった。

 建物の壁に背をつけている妹からは、早く何か言い返してよと言わんばかりの瞳を向けられている。


「何、俺は忙しいんだけど? 何もないなら、さっさとどっかに行ってくれないか?」

「えっとだな……」


 何を言えばいいんだ⁉

 ヤンキー風の人と対面したことなんて、人生であったか?

 いや、ない。


 だからこそ、無理はないのだ。

 この状況。どういう風に打破すればいいのか、焦れば焦るほど、わからないループに突入し始めている。


「チッ、面倒な奴だな。まあ、いいや、それと、心菜。俺と付き合う話に戻るが――ッ」


 男子生徒の言葉がなぜか、そこで途切れた。


 何かと思い、顔を上げ、現状を見ると。

 心菜は男性の急所となる部分を蹴っていたのだ。


「んッ……」


 男子生徒は鈍い声になり、膝から崩れるように、ゆっくりとしゃがみ込んでいく。

 男性である琴吹からしても、グロい光景だった。

 ただ、苦笑いすることしかできなかったのだ。


「私、あなたとは付き合わないからッ」


 跪いている者を見下すように一蹴すると、妹は琴吹がいる場所まで駆け足でやってくる。


「お、おい、俺との話は……お、終わってないからな……」


 大分効いているようだ。

 すぐには動けそうもないだろう。


「ね、お兄ちゃん。早く行こ」


 心菜はヤンキー風の男子を無視するように、兄に話しかけてくる。


「え、あ、ああ」


 琴吹も見るに堪えない姿をした者を残し、隠れるように、その場から後にする。


 あのままでもいいのか少々不安だが、妹を傷つけようとした者なのだ。

 それくらいが妥当だと自分なりに納得した。






「それとね、お兄ちゃんッ、ありがと♡」


 図書館のある建物内。廊下を歩いている際、左隣にいる心菜から愛らしくお礼を言われた。


 血の繋がっていない妹。そんな彼女から、優しく言われたら、好意を抱いてなくとも、ドキッとしてしまう。

 あまり、そういう顔はしないでほしい。


 言葉に詰まり、何を言い出せばいいのかなんてわからなかった。


「あのね。私、お兄ちゃんが来てなかったら、危なかったの」

「でも、最後はとどめさしてたよね」

「あれはね。お兄ちゃんがいたから。だからね、私一人だと、どうなってたかわからないし」


 心菜の消えそうな声。

 察するに、相当恐怖心を抱いていたのが頷ける。


 普段から妹は多くの男子生徒から告白されているのだ。

 今まで、今日みたいな危ない経験がなかったとは言えないだろう。

 学園の同性からは悪い噂を立てられ、異性からは強く迫られている。

 断るのもかなり大変だと、先ほどの現場を初めて見て感じた。


「私、お兄ちゃんのことがやっぱり、好き♡」

「そういうのはさ」


 琴吹は辺りをチラッと見渡す。

 誰かに聞かれていたらと思うと、ヒヤヒヤするのだ。


「あまり言わないでくれ」


 少しばかり懇願した。


「えー、なんで? いいじゃん♡」


 心菜は左腕に抱き着いでくる。緩やかで平坦な胸が、やんわりと腕を温めてくれるようだった。


 昨日、妹の胸を触ってしまった事を思い出してしまう。その感触が手に薄っすらとしみ込んでいるからこそ、無いものを有ると感じることができる。

 不思議な経験を今、しているのかもしれない。


「ねえ、どう?」

「何が?」

「何がって、わかなくてもわかるじゃん。お兄ちゃんのエッチ♡」

「だから、学園内で、そんな発言はさ……誰かに見られてらどうするんだよ……」


 女の子から密着したまま誘惑されるのは、人生で初めてだろう。

 その初めてが、一緒に生活してきた妹だとは。なんとも複雑な心境だ。


「ねえ、どうなの?」

「まあ、ある程度は」

「お兄ちゃん、変態♡」


 んッ――

 心菜の顔を見れない。

 左を振り向き、直視してしまったら後戻りできない気がして、視線を廊下の窓側の方へと向けていた。


 どうなってんだよ。


「まあ、少しでも感じてくれてるなら、いいけどね♡」


 妹は優しく言う。デレるように。


「それで、お兄ちゃんはこれからどこに行くの? 部活とか始めたの?」

「いや」

「どこ?」

「図書館だけど」

「お兄ちゃんが?」

「なんだよ、別にいいだろ」

「へえ、漫画とかだけじゃないんだあ」

「どういう意味だよ」


 琴吹は疑問に思い問う。


「だってー、お兄ちゃん。エッチな漫画ばっかり見ている感じだったし」

「は……は? え⁉」


 琴吹はサッと、心菜から距離を取る。


 なぜ、妹がそのことを知っているのか、わからない。いつ見られたんだ?

 そもそも、エッチ系な漫画は、誰にも見られないように押し入れの奥底にしまい込んでいるのだ。

 絶対にバレるわけがない。


 あ、ありえない……。

 いつ? いつ知られてしまったんだ⁉

 困惑し、怯えた顔を妹に見せていた。


 いや、待てよ。

 実際は知らないけど、鎌をかけているだけかもしれない。

 そう思い込み、冷静さを取り戻そうとする。


「お兄ちゃんって、意外と妹系のエロ漫画が好きなんだね」

「え⁉」


 もうダメだと本能的に察した。

 所有しているエロ漫画の内容をなぜか妹が知りえていることで、素直に諦めがついたのかもしれない。


「心菜……なんで、そんなに詳しいんだ?」

「だってー、お兄ちゃんが部屋でそういう表紙のエロ漫画を見て、手でしてたじゃない」


 衝撃の発言。


「え、は? ちょっと待って……」


 琴吹は精神を落ち着かせるために、深呼吸を一つする。


 おかしいな。

 なんで、そこまで知られてるんだ?

 そもそも、一人でやっているのを今まで見られていたのか?

 むしろ、その事実の方が衝撃的だったりする。


「お兄ちゃん? そういうのが好きなら、私がやってあげてもいいよ。意外と、妹系が好きなんでしょ?」

「違うから……あれは、その……二次元だからさ。創作の世界だから。心菜とは違うから。それと、心菜とは血が繋がっていないということは義妹って事だろ?」

「そうだよ」

「だったら、本当の妹でもないだろ」

「じゃあ、私が義妹だって言わない方がよかった?」

「……」

「私もね、正直驚いているの。私が高校に入学する前。だから、ちょうど二か月くらい前かな? お母さんと外出中にね。高校入学を機に言わないといけないことがあるのって、真面目な顔で言われて。私も最初、なんのことかわからなかったし」

「だよな。それが普通だと思うよ」


 琴吹も、そこには共感できた。


 血が繋がっていないことが分かった今、彼氏彼女の関係として、色々なことをしても問題ない。

 けど、すべてを受け入れ、自分の中で消化できたわけじゃなかった。

 今はまだ妹とは、今まで通りの関係でいたい。

 そう思い、琴吹は図書館へと向かうことにした。


「あ、お兄ちゃん。なんでおいていくの。私も行くの」


 と、心菜は付き合う前の彼女のように優しく言い、後を追いかけてくるのだった。

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