第17話 俺の妹が、あんな奴から…

 ようやく終わったか。

 今日最後のチャイムが教室内に響き渡る。

 やっと呪縛から解放されたと思い、心が一気に楽になるのだ。


 放課後に突入すると、先ほど授業をしていた教師はいなくなり、周りにいるクラスメイトも自然な態勢で友人との会話を楽しんでいた。

 中には付き合っているカップルも数組ほど存在し、それと対比するように嫉妬している人もチラホラと視界に入る。


 琴吹は椅子に座り、落ち着いた姿勢で帰宅する準備を整えていたのだ。

 今は一応、付き合っている女の子がいる。

 正式ではないが、そういった関係の子がいるだけでも、心に余裕ができていた。

 他人に自慢するとか、そんなことはしない。見せつけるにしても、優奈とは同じクラスではないし、余計にひけらかすと他人からの反感を買うに決まっているからだ。


 無駄な発言はせず、一旦片づけたのち、席から立ち上がった。

 が、まだ帰宅するつもりはない。

 一応、予定があり、まずはそこに行くのが最初である。


「ああ、まったく彼女とかできねえ。あともう少しで成就祭なのにさ。ああ、あいつらのような、付き合ってる奴見ると腹立つんだよなあ」

「そうだよな。見せつけるなって感じだよな」

「うぜえええ」


 唾を吐くような感じにクラスの男子生徒らが教室の一か所に集まり、不満げな話で、カップルらを睨みつけているのだ。

 そんな彼らの話を耳にしていると、以前の自分のように感じ、琴吹は共感してしまうところも多少なりあった。


 でも、今は違う。

 ただ、カップル寄りでも、不満を口にする連中とも違う。その間に位置している怪しい立ち位置なのだ。

 少しずつ、優奈との距離を縮めていけば、正式にカップル寄りの人と枠に入れるだろう。

 嫉妬心を燃やしている連中と視線を合わせることなく放課後の教室を後にした。


 向かう先は、優奈がいる教室である。

 大体、授業を受ける階数は校舎の二階であり、少し歩いた先に彼女が普段から授業を受けている教室があるのだ。


 到着した直後に、チラッと覗き込んでみる。

 が、奥の方までハッキリと見えない。

 クラスの半分くらいがいるようで騒がしく、他人の目線が気になり、深々と覗き込むことができなかった。


 はあ……まだ、陰キャなんだな。

 と、今の自分の言動について、思ってしまう。

 けど、今日からは違うのだ。

 勇気をもって行動したい。


「どうしたの?」


 ふいを突かれるように、その教室の人から話しかけられた。

 肩までかかるかどうかのボブショート風の女子生徒である。


「えっと、その……優奈さんを探してるんですが?」

「優奈? あの子なら帰ったよ」

「え?」


 なんでと思う。

 なぜ、メールの一つも送ってこなかったのかと、寂しさを感じてしまった。


「というか、あなたは優奈とどんな関係なの?」

「それは、なんというか、友達のような感じ」

「へええ、そうなんだ。恋人とかじゃないの?」

「う、うん……」


 言葉を躊躇ってしまう。

 普通に恋人だと言いたかった。

 けど、気恥ずかしく、それにまだ彼女に告白していない。

 勘違いされるような言動を慎んだ。


「まあ、あの子って、なぜか、恋人ができないのよねー」

「そうなんですか?」


 その発言は琴吹自身も気になっていた内容であり、興味深かった。


「ええ。私ね、あの子と一緒の部活というか、昔っからの付き合いなんだけどね。なんかねー」

「なんでなんですかね?」


 真実を知りたいという思いが強くなる。


「さあ? 一応、付き合った経験もあったらしいけど。三日くらいでフラれるらしいの」

「そ、そうなんだ」


 あんなに優しい女の子が三日で⁉

 と、声を出さずに、衝撃を受けてしまう。

 何かしら彼女なりの事情があるのかもしれない。

 後で様子を見て、傷つけない程度にさりげなく話題にしようと思った。


「というか、話それちゃったけど、用件はそれだけ?」

「はい」

「まあ、優奈はいないから。と、私は部活に行かないといけないから、じゃあねッ」


 優奈の友人から親切な対応を受け、琴吹は消極的なお辞儀をした。

 友人の子は、軽快な足取りで廊下を移動し、曲がり角らへんで姿を消したのだ。






「今日の放課後も一緒に帰られると思ってたのに……」


 ため息交じりに、心の中で不満を漏らしながら校舎の廊下を歩いていた。

 一応、目的地は決まっているので先を急いでいるのだ。


 図書館は授業が行われている方の校舎ではなく、学園の敷地内にある別の建物に隣接している。

 その場所に到達するまでに中庭を通らないといけないのだ。

 普段使っている校舎から図書館のある建物までを繋ぐ廊下。

 そこを歩き、別のクラスや別の学年の人らとすれ違う。

 授業終わりかもしれないし、教室に忘れ物をし、戻っている最中かもしれない。


 図書館のある建物の方には、運動部の部室や文科系の部室などが存在するのだ。

 たまに、文化部が図書室を利用していることもあり、迷惑をかけないようにしたいと思う。


 琴吹がその建物の入り口に入ろうとした直後、聞き覚えのある声が、かすかに聞こえた。

 よーく澄ましていないと聞こえない微量の声質。

 今は人の行き来が少なかったこともあり、比較的、琴吹の耳にも入ってきたのだ。


 聞きなれた声色。

 気になり、声を辿るように、そこへ移動した。


 琴吹は建物の陰に隠れ、会話している二人を傍観者的な立ち位置から見やるのだ。

 アレって……心菜? それと、誰だ? あの男子生徒は?

 誰も訪れない場所で、どんなやり取りをしているのだろうか?

 バレないように、二人を見、こっそりと話しに耳を傾けた。


「というかさ、いつになったら、告白の返答をくれるわけ?」


 建物の壁に背をつけ戸惑う妹。そして、対面上にいるのは男子生徒だ。


「それは、昨日、断ったと思うの」


 心菜は怯えた感じに返答していた。

 男子生徒は妹を睨みつけるように見、所謂壁ドンのような態勢になっているのだ。


「は? そんなの無しだろ。俺がこんなに言ってんのにさ。告白を断るとかないだろ」

「んッ……」


 心菜は怖がるような姿勢で軽く目を瞑っている。

 琴吹になら挑戦的に対話しているのに、今の妹はか弱い小動物のように思えてしまう。


 学園にいる時の妹は普段からそうなのだろうか?

 以前、購買部で遭遇した時も、先輩に丁寧な対応をしていた。

 もしかすると、あの態度、琴吹にしか見せないのかもしれない。


「ねえ、俺と付き合えよ」

「無理なの」

「は? 誰とも付き合ってないだろ?」

「違う……」

「は? どういうこと? 俺、学校内で付き合ってる相手を見たことないんだけど?」


 その男子生徒はさらに威圧的な態度を見せる。


「だって……その人、まだ私のことを好きって、言ってくれないから……だから」

「おい、それだったら付き合ってないだろ。そんな不安定な奴よりもさ。俺と付き合えって」

「い、いや……」

「くそ、女が。多くの男子から告白されてさ、いつまでもハッキリとしないとかさ。ふざけてんの?」

「違うよ」


 心菜の声質が次第にか細くなっていく。


「はッ、というか、誰? お前の好きな相手って」

「言えない」

「なんで?」


 また男子生徒から睨まれている。


「言えないから」

「へえ、だったらさ。お前のあることない事、他の奴に言いふらすけど? それが嫌だったら、素直に俺と付き合え」

「……」


 心菜は涙目になっている。が、その男子生徒は強引にも話を続けようとしているのだ。


 あんな奴から、妹を汚されたくない。

 そんな思いが、琴吹の中で込みあがっていた。


 許せない。


 そうこう考えているうちに、勝手に体が動いていた。

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