第16話 俺は今日から、どうすればいいんだ? 好きな女の子がいるのにさ…
血が繋がっていない……?
いや、まさか……冗談、だよな……?
朝、カーテンの隙間から入ってくる日差しが自室の床を照らしていた。
琴吹は一晩寝ても、信じることができずにいたのだ。見てはいけないものを目にした時の感覚。ベッドから上体を起こし、自分の頬を抓ってみた。
「イタッ……現実なのか……痛いってことは、そういうことだよな」
生きている証を感じながら、ベッドから立ち上がった。
ただ、ボーっと佇みつつ、昨日のことが、異世界のように感じてしまう。
なんだったんだ……。
夢だよな。
血が繋がっていないとか、そんなわけ。
と、何度も自己暗示をかけつつ、呟いていた。
何かの間違いだと思ってしまうほどに、心菜の発言は、琴吹の感覚を狂わせていたのだ。
普通に兄妹として生活してきて、いきなり、本当の妹ではないと言われたら、どんな反応を見せればいいのだろうか?
一晩寝たとしても、今、心に抱いているモヤモヤを解消することなんてできなかった。
今日から、妹への対応の仕方で悩む。
わかんないって。
どうすりゃいいんだよ。
冷静になってみれば、血が繋がっていないということは、普通に結婚もできるというもの。友達として付き合っている女の子がいるからこそ、余計に背徳を感じてしまう。
「心菜と付き合って、しまいに結婚ってなったら……」
頭が痛い。
朝っぱらから、重い頭を抱え込んだ。
迷ったり、心苦しくなったり、初めて経験する朝の出来事かもしれない。
けど、ずっと立ち止まっている場合ではなかった。
琴吹は自室を後にしようと思う。
今日も普通に登校しなければいけないのだ。
扉を開け、階段を下っていく。
一階、リビングの扉を潜り抜けると、行儀よく椅子に座り、食事する妹の姿があった。
「おはよう、お兄ちゃん」
「おはよう……」
なんだろ。変な感じがする。
いつもバカにした発言が多い妹の口から挨拶の言葉が出てくるなんて。今日、何かヤバいことでも起きそうで怖い。
「なんですか、お兄ちゃん? もしかして、私が挨拶したのが変なんですか?」
「ッ、違うさ……でも、なんでそう思ったんだ?」
「私だって何年もお兄ちゃんの妹をやってますから、それくらいわかります」
「そうか……」
血は繋がってなくとも、長年一緒にいる。雰囲気的なものでもわかってしまうのだろう。
些細なことでも、心菜に気づかれてしまうのであれば、今後、言動には気を付けようと思った。
下手に行動して、後で何かのネタにされるのも困るからだ。
琴吹は一旦、食事が置かれたテーブル前の席に座る。
朝は、ベーコンエッグらしい。その他にはテンプレと言わんばかりの米とみそ汁。
普段通りの光景であり、ホッとため息を吐き、箸を手に持った。
「むう、代り映えしないとか、思ってたんですか?」
心菜は可愛らしく頬を膨らませ、話しかけてくるのだ。
「いや、そんなことはないよ。普通でいいんだ、普通で」
「ふーん、そう。だったらいいですけど」
「……えっとさ、なんか、不思議な感じがするんだが?」
「何がです?」
「いや、心菜がさ」
「私が? どこがですか?」
「なんか、いつもならさ、バカとか罵ってくるじゃんか。それがないと、しっくりこないというか」
「……」
妹からジト目で見られてしまう。
「お兄ちゃんって、実はMなの?」
「あ、いや、そうじゃないよ。普段にバカにされることに馴染んでるというか。そう思っただけ」
「へえ、そう。だったら、罵ってあげる?」
心菜は不敵な笑みを浮かべる。一瞬、いつも通りの顔を見せてくるのだ。
「いいよ。そういうのは」
琴吹は話を中断させるように、みそ汁を飲んだ。
「それにしても。お兄ちゃんに、そういう性癖があったなんてね」
「だから、性癖じゃないって」
琴吹は、妹の変貌ぶりに困惑しつつ、朝の食事を進ませる。
本当の兄妹じゃないってわかった今、妙に調子が狂う。
このまま、心菜と一緒に生活していく自信がない。
軽くため息を吐き、ベーコンエッグに箸をつけるのだった。
「琴吹さん? 神楽さんとはどうでしたか? 何か進展あった?」
恋協部内。
お昼休みの時間帯。
部室には数人ほどの相談者となる生徒の姿があり、それに応じて、相談員となる恋協の部活のメンバーもせわしなかった。
そして、席に座っている琴吹は、恋愛をサポートしてくれる詩乃から問われていたのだ。
彼女は対面上の席に座り、まじまじと返答を待ち望んでいる。
優奈とは大体、距離は近づいたような気はするが、まだ心に差を感じるのだ。
パンツの件もあるが、まだ、一日目であり、友達という間柄からは変わりそうはない。
琴吹は昨日あった出来事を素直に話す。
「へえ、そう。最初にしてはまあまあじゃない?」
「そうですかね?」
上級生の女子生徒に褒められると、素直に嬉しかった。
「ええ。調子は良さそうね。まあ、このままって感じでいいかも」
詩乃は一旦、咳払いをしたのち、横目で琴吹を見つめてくるのだ。
え? と一瞬、動揺し、年上の女の子の仕草にドキッとし、淡い感情を抱きそうになる。
「じゃ、次のステップに行きましょうか」
「あ、はい……」
今の間は何だったんだ?
疑問を抱きつつ、詩乃の対応を伺う。
「デートらしいことをしてみましょうか」
「デートらしいこと? でも、まだ付き合ってもいないですけど」
「そうね。そうなんだけど。成就祭開始日まで、あと二週間くらいなの。だからね、少しは焦った方がいいと思うのよ」
確かに、二週間もすれば、来月へと移行し、成就祭週間となる。
その習慣中に、付き合っている者同士が、何かを作り上げたりして、展示したり、屋台を開いたりするのだ。
恋人がいない人は、一人で校舎内を回って歩くか。または、好きな人を見つけるか。その他、色々である。
琴吹的には、できる限り、彼氏彼女という関係で付き合っている状態にしておきたい。
「どこに行けばいいですかね?」
「それくらい、あなたが決めなさい」
詩乃から素早く指摘される。
「俺が?」
「それ、普通だから」
「でも、アドバイスを聞きたいんですが? どこに行けば好感度が高くなりますかね?」
「そんなのも自分で決められないの?」
「はい……」
自分で聞いておいて、詩乃のため息交じりの、肩を落とした顔を見ると声が小さくなった。
初めてのデートを失敗したくない。そんな思いから恋協部の意見を聞きたいのである。
琴吹的に、一度でも恋愛においては間違いをおかしくないのだ。
「でも、そんなのだと、いつまでたってもくっ付けないよ」
「え?」
琴吹は顔を上げ、詩乃の瞳を見た。
「あのね。恋愛も、他のこともそうだけど。自分で経験して、その結果、自分がどう思うのか。その繰り返しの中で、答えを見つけていくものなの。最初っから、アドバイスなんて。一応、恋愛をサポートはするけど。最初は自分のやり方を見つけてみたら? どうしても無理になったら、アドバイスするけど……ちょっと待って」
詩乃は近くにあったパソコンの画面を見、キーボードを打ち、マウスを動かしていた。
「そうなんですかね……」
「そうよ。私の意見ばかりだったら、私と、あの子が付き合ってるみたいじゃない」
再び、詩乃は顔を合わせてくれる。
「え……」
詩乃と優奈が恋愛関係として付き合っているところを、ふと想像してしまっていた。
女の子同士の交じり合い、それも悪くないだろうが、好意を抱いている人が、他人に奪われるところは、リアルで目撃したくない。
やっぱ、自分の考えがないと、想いも伝わらないし、それはデートじゃないよな。と、琴吹は改めて心の中で思う。
「どう? それでも私の意見を聞く?」
「い、いいです。自分で決めますから」
「そう。なら、良かった」
詩乃は笑顔を見せてくれる。
「念のためにもう一度言っておくけど。私は、恋愛をサポートするだけ。どんなところに行った方が関係が良くなるとか。この子になら、このグッズを上げた方がいいとか。デートに直接影響がない程度にしか言わないから。いい?」
「はい」
琴吹は素直に頷いた。
恋愛をする上で未熟だと客観的に思う。
デートと言ったら、どこがいいのだろうか?
優奈なら、どこに行ってみたいのだろうかと、考えてみた。
深く考えていけばいくほど、まだ彼女のことを知らない。
今日、優奈と出会い、会話しながら、今後のデート内容を決めようと思ったのだ。
刹那、詩乃が席から立ち上がると同時、印刷する音が聞こえた。
「あと、これね」
印刷機のところから一枚の用紙を持ってくる彼女。
「なんですか?」
考え込んでいると、琴吹のテーブル前に一枚の用紙が置かれる。それにはカレンダーのように、日付のようなものが記されていた。
「それは、あなたが成就祭週間前までに、読んでおく本よ」
「え? これが以前言っていたスケジュールですか?」
「ええ。なんだと思ってたの?」
「てっきり、デートプランのスケジュールだと」
「そうじゃないわ。まあ、それもいいかもしれないけどね。琴吹さんの場合、知識とかが必要だと思うの。神楽さんと意外にも早く打ち解けられていたし。今のあなたに必要なのは、恋愛の本を読むことの」
「恋愛の本?」
「ええ。こここのスケジュール表に載ってる恋愛の本は、学園内の図書館にあると思うから、探してきておいで。真剣に読むのよ」
「はい……」
琴吹はスケジュール表を流し見し、大まかな本のタイトルを記憶した。
今日の放課後、話題づくりの一環として、優奈を連れて、図書館に行くのも悪くないだろう。
琴吹はその用紙を手に席から立ち上がり、恋協部を後にしたのだった。
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