第13話 心菜が好きな人って…いや、それは無理だよ…
今、ありえないことを耳にしたような気がする。
琴吹は、正面に佇み何かの用紙を手にしている妹を見た。
「ねえ、聞いてないよね?」
心菜は手に持っていた用紙を背後に隠す。
それほど重要なものなのだろうか?
「いや、き、聞いてないよ」
琴吹は悟られないように、視線をそらしたはずだった。
けど、妹にはすでにバレている。
「ねえ、本当のこと言って……さっきのこと聞かれていたら、恥ずかしいよ」
心菜は普段は見せない表情を浮かべ、ゆっくりと黙り込む。
妹との関係を考えるならば、素直に話した方がいいのかもしれない。
けど、それで本当にいいのだろうか?
琴吹は悩み、次の言葉を口から出せない。
なに、迷ってるんだよ、俺はさ。
自分の不甲斐なさを感じ、嫌になってくる。
けど、冷静になって考えてみれば、今、普通に心菜と対話ができているのだ。
仲が崩れていたはずなのに、普通に言葉のやり取りを行っているのである。
琴吹は顔を上げ、恥ずかしそうに頬を赤らめる妹を見た。
いつもはバカにしてくる癖に、今では一人の女の子のようにか弱く、嫌がることをしたら、すぐに崩れてしまいそうなほどに、繊細な体つき。
兄妹同士。余計な隠し事をするなんて、生活に支障が出るに違いない。
どんな状況になろうとも、今聞いたこと、見たこと、すべてを話そうと思った。
「あのさ、心菜」
「ううう……」
横目で見てくる妹。か弱く華奢な女の子を見ているようで、琴吹は話すことを躊躇ってしまう。
相手は血の繋がった妹。どう考えても、似たところがあるはずなのに、なぜか、そう思えなかった。
モヤモヤとした感情が沸き上がってくる。
そして、心菜から伺うような女の子らしい潤んだ瞳で見詰められてしまう。まじまじと見られると、琴吹も意識してしまいそうになる。
これ以上会話したら、変な気を起こしそうで怖くなるのだ。
だからこそ、手短に事を終えようと思う。
「さっきはさ、普通に聞いてたよ。何を言っているのか、すべてじゃないけど」
「……どこまで? どのあたりから聞いていたの?」
「小さいとか、好きとか。そこらへんかな」
「……じゃあ、最後あたりから聞いてたんだね」
「最後? じゃあ、他にも? 色々ってこと?」
琴吹の発言に、心菜の頬はゆであがったように、真っ赤に染まっていく。
「そ、そういうのは、やめて。どこから聞いていたかがわかればいいし……じゃ、じゃあ、最後からってことは、一緒にお風呂とかってところも、その……聞いていたってこと?」
「あ、ああ……」
これはなんだ?
琴吹は後ずさる。
心菜の方が背丈が低い分、妹が上目遣いをしているように見えるのは当然の事。心菜のことを一人の女の子として意識してしまうと、変に受け取ってしまいそうになる。
視線を背け、その場から立ち去ろうとした。
「俺は自室に行くから」
リュックの中には、優奈のパンツが入っている。それの事後処理も色々あり、活発的になった心臓の鼓動を抑えるためにも、早く一人の空間に行きたかった。
「お兄ちゃん、ちょっと、待って……」
消えそうなほど、か細い声色。
背中越しでも、本当に、あの妹かと感じてしまうほど、内心、驚きを隠せなかった。
琴吹は階段を上る手前で足を止め、振り返ろうとする。
が、床に紙が軽く散らばる音が聞こえた。
それと同時、背後に女の子の温もりを感じてしまう。
一体、何が起きてるんだ?
と、思う前に、琴吹の背中に体を寄せ、心菜が抱きついてくる。
そんなのされたら……俺はどうすればいいんだよ。
琴吹は言葉を失う。
実の妹から甘えられているのが、今でも信じられないくらいだ。
「お兄ちゃん……さっき、私が話していた事、聞いていたんだよね?」
「あ、ああ……」
くっ付いているためか、心菜から、女の子のような香りが漂ってくる。
妹であっても、一人の女の子なのだ。
そこまで気にしたことはなかった分、余計に匂いに敏感になってしまう。
「お兄ちゃんって、お風呂入ってないよね?」
「まあ、そうだな。さっき帰ってきたばかりだからな」
「だよね」
心菜はホッとしたようにため息を吐いている。
妹の胸が背中に当たっているためか、微妙な動きでも感じてしまう。
小さい膨らみながらも、琴吹の心を魅了するかのようだ。
心菜は小さいことを気にしているようだが、まだ妹は高校一年生である。
成人を迎えるまでは、成長する見込みはあるはず。
「心菜、それがどうしたんだ?」
「もう、いじわるなの?」
え?
急に女の子らしい口調になる。甘い感じの話し方に、琴吹は一人、どぎまぎしていた。
冷静になれ、と何度も心に訴えかける。
まさかとは思うが、話の流れ的に、一緒にお風呂ということなのか?
それは、ありえないと思う。
どうせ、いつも通りに、嘘でしたとかいって、冗談っぽく笑い、バカにしてくるに違いない。
そうだと思い、心菜の発言を信じようとはしなかった。
「俺、そろそろ、自室に行ってもいいか?」
「んんッ」
妹は琴吹の胸元をぎゅっと抱き寄せ、逃がそうとはしなかった。
「どうした? 俺は自室に」
ダメだ。実の妹だったとしても、急激に距離が近くなっては対応に困る。
今、どんな言動を見せるのが正解なのだろうか?
迷えば迷うほど、冷静さを保てなくなり、適した言葉を見つけられない。
「私、お兄ちゃんと一緒に入りたい……」
「え?」
琴吹は、妹の真剣な口調で言い放たれた台詞に言葉を失う。
何かの聞き間違いか?
と、思ったが、抱きつかれた状態での妹からの発言。
聞き間違えるはずなどない。
次第に、本当なのだと、熱が冷めるように受け入れてしまう琴吹がいた。
「私……お兄ちゃんと一緒ならいいよ。なんでもいいし」
「……」
心菜の好きな相手。それは自分なのだと悟った。
顔を合わせてはいないが、背中に当たっている妹の胸から伝わってくる想いが、そう感じさせるのだ。
桜双木学園内で問題になっている、一人の女の子に対する男子生徒からの告白。その原因は自分にもある。心菜の想いを今、ここで受け入れることができれば、学園内での問題も一発で解消できるのか?
もし、解消できれば、他の生徒も、そして、妹も普通に笑顔を見せてくれるのだろうか?
そんなことばかりが、心の中をグルグルと駆け巡っている。
けど、心菜とは血の繋がった兄と妹の関係であり、彼氏彼女のような関係にはなれない。
心菜もわかっているのだろうが、それを気にしないということは、本気で兄である琴吹のことが好きなのだろう。
「……本当にいいのか?」
背を向けたまま、背後からぎゅっと抱きしめている妹に問う。
「だから、言ってるじゃん、私。お兄ちゃん、バカ」
妹は琴吹の制服を強く握りしめてくる。
心菜の言葉は、兄をバカにする感じではなく、親しみを込めての言葉。
琴吹は、制服を触っているか弱い妹の手を軽く触ってあげるのだった。
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