第10話 お姉ちゃん、その人って、付き合ってる人なの?
「琴吹君って、これから用事ってある?」
「いや、特にないよ。どうして?」
「あのね。ちょっと寄っていきたいところがあるの。ダメかな?」
「絶対に行かないといけないところ?」
「うん」
「俺も関係あるの?」
「んんー、どうかな? 今後、関係あるかも」
彼女は恥ずかしそうに愛想を見せ、頷いた。
「そっか。じゃあ、行こうかな」
街中から離れた路上を歩く二人。
琴吹は、恋人のように、隣にいる優奈と手を繋いでいた。
き、緊張するなあ……。
まだ、恋人でもない。
単なる友人同士のような関係性。
琴吹は女の子との経験が浅いゆえに、手を繋ぐ行為だけでも動揺を隠せなくなる。
嬉しいんだけど、やっぱ、意識しているからなのか?
余計に緊張してしまう。
握っている手の温かさを感じ、心も同様に熱を帯びてくる。
優奈は早歩きすることなく、琴吹と同じ歩幅を保ち、一定の速度で足並みを合わせてくれているのだ。
彼女なりの親切心なのだろう。
「そのね。変な意味じゃないんだけど。琴吹君って、子供って好きな方?」
子供のことが好き? まあ、それなりには好きかもしれない。
琴吹は軽く頷く程度の反応を見せた。
「今から、保育園に行こうと思うんだけど」
「ほ、保育園⁉」
まさか、子供がいるのか、と一瞬思ってしまったが、冷静になって考えてみれば、彼女には年下の弟や妹がいるのだ。夕暮れ時、保育園に迎えに行かなければならない時間帯である。
だから、彼女はそれを話題にしたのだと察した。
妙に心臓の鼓動が早くなっているのが、自分でもわかる。
いずれ、正式に恋人として付き合うことになったら、最終的には子供ができるのだ。それは当たり前の行為であり、変なことじゃない。
手を繋いでいる女の子と子供の話をするだけで、色々な妄想が沸き上がり、琴吹の頬は夕焼けのように染まる。
「どうしたの? 熱でもある?」
「あ、いや、なんでも。気にしないで」
琴吹は咄嗟に手を放してしまった。
いきなり手を放して、不快にさせてしまったかなと、深く考え込んでしまう。
「私、もう少し手を繋いで欲しいかな」
んうッ……そんな、恥じらう顔を見せられたら、俺の方がどうかしてしまいそうだって。
視線を軽く逸らし、愛想笑いを浮かべながら和やかなムードを作り、琴吹は再び、彼女の白い肌をした手を優しく触った。
ゆっくりと、手を絡ませ、握るように指を絡ませる。
些細な事かもしれないけど、女の子との経験が浅い琴吹からしたら、キス以上の幸せを感じていた。
気まずげに、琴吹は遠くの方へ視線を向ける。瞳には、小さな子供と、その保護者が映っていた。
「この近くなの。私の妹が通ってる保育園」
「へえ、そうなんだ」
二人の横を先ほどの親子が通り過ぎていく。
親の方は、会社帰りなのだろうか?
「あっちの方がね、入り口なの。妹も待っていると思うし、早く来て」
「うん」
誘導されるがままに、保育園内へ足を踏み込むことになった。
校庭らしきところを歩き、建物の入り口付近に到達する。
建物内からは、帰宅するであろう親子が出てきたのだ。
「今日はどうだった?」
「うん、楽しかった」
「そう、なら、良かったわね」
「今日のご飯は?」
「じゃあ、スーパーにでも買いに行きましょうか」
「うんッ」
母親とコミュニケーションを取り、無邪気な笑顔を見せる男の子。
親の方も嬉しそうで、見ている琴吹も幸せな感じになった。
その時、優奈は琴吹から手を放す。
え? どうしたんだ?
と、思っている間に、親子に近づいていく。
「園崎さん、こんばんは」
優奈は親子に軽くお辞儀をしていた。
「あら、いつも親切に。今からお迎えですか?」
「はい」
保育園に通っている子供を持つ保護者同士で簡単な社交辞令をしていた。
子供が生まれたら、色々と大変なんだなあと思いつつ、琴吹は二人のやり取りを眺めていたのだ。
「それは、そうと、いつも内の子供もお世話になって」
「いいえ。私の妹も、一緒に遊んで楽しいって言ってるので。夏君、これからも、七海のことをよろしくね」
優奈は少し前かがみになり、話しかけていた。
「うん」
四、五才くらいであろう男の子が、明るい表情で優奈と会話している。
無邪気で、まったく嫌みがない。
「では、夕食の買い物のありますので。私はここで、失礼しますね」
「はい。また、何かありましたら、その時に」
やり取りを終え、振り向いて琴吹を見る。
「すごいね。普通に誰とでも会話している感じなの?」
「ええ。そうよ。だって、保育園とかの行事の時、色々とやり取りをしないといけないでしょ?」
優奈は隣にやってくる。
「そうだよね。結構、大変じゃない?」
「私は慣れてるから、まあ、大変だけどね。でも、琴吹君が心配してくれてるなら、嬉しいかな♡」
んうッ
そんな愛らしい顔を見せられたら、どうにかなってしまいそうだって。
琴吹は緊張してばかり。
仮に、彼女のように保育園の迎えとかをやることになったら、今のようにできる気がしない。
社会人としてのコミュニケーションとかもないし。ただ、凄いという思いだけがジワジワと、琴吹の中で沸き上がってくる。
礼儀正しく、心優しい女の子が、男子生徒からモテなかったとは考えづらい。ただ、下の子たちの面倒を見ているから、忙しいだけなのか?
だがしかし、琴吹と関わっている時点で、そういうわけでもなさそうな気がする。色々な疑問が生まれ、消えたりして、モヤモヤとした悩みが絶えなかった。
「お姉ちゃんー」
遠くの方から愛くるしい子供の声が聞こえる。
保育園の建物の方からは、靴を履いた小柄な女の子が歩んできた。指定の服に帽子を身に着け、背中にはリュックを背負っているのだ。
「お帰り、七海」
優奈はその場にしゃがみ込み、妹と同じ目線になって軽く抱きしめていた。
「お姉ちゃんね、今日ね。色々なことがあったの」
「どういうことかな?」
「えっと……」
優奈は妹の帽子を取ってあげると、本当の親のように頭を撫でている。
「えへへ」
お姉さんに愛でられ、頬を緩ませる七海。
「夏君と色々遊んだの。楽しかったの」
「へえ、良かったね」
友達のように話を聞いてあげている。
「えっと、そっちの人は?」
琴吹は突然、七海から視線を向けられてしまい、ちょっとばかり動揺してしまう。
十歳近く歳の離れた子と会話する機会なんてほとんどない。
どういう風に話をすればいいのかわからないのだ。
「もしかして、お姉ちゃんと付き合っている人?」
優奈の妹は感じたままのことを口にしていた。
「ち、違うの。琴吹君とはただのお友達なの。まだ、そういう関係じゃないし」
え⁉ まだ、そういう関係じゃない⁉
ということは、いずれ、あんな関係や、こんな関係になれるということか?
琴吹の中で、過激な妄想が膨れ上がっていくのだ。
「お友達?」
「うん。そうよ。まあ、今日あったお話はお家に帰ってからね」
「うん」
七海は元気よく頷く。
「じゃあ、帰りましょ。琴吹君も家に寄っていかない?」
「え? いいの?」
「いいよ。今日は色々あったし、今後のことも……んん、なんでもない。今日、何か作ってあげるから」
「じゃあ、お邪魔しようかな」
琴吹は内心、ワクワクしていた。
恋人という間柄ではないのに、急激に心の距離が近づいた気がして、興奮していたのだ。
優奈は妹と手を繋ぎ、後を追うように琴吹が続いた。
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