第7話 琴吹君、あーんして、私が食べさせてあげるから

「優奈さんは何にする?」

「どうしようかな……」


 校舎二階に隣接した学食内。琴吹と優奈は売券機近くで悩んでいた。


 辺りを見渡すと、まだ、多くの人が席に座り、食事を楽しんでいる感じだ。

 今日は特別メニューの日だけあって、混んでいるのが一目瞭然。


「惜しかったね。特別メニューはもうないみたいだったし。あーあ、数秒の差だったのにね」


 琴吹は、優奈の悲し気な横顔を見ながら相槌を打つ。

 今度は確実に食べさせてあげたいと思う。


 特別メニューは一か月に一回しかないのだ。

 今後は、食堂のメニュー表もちょくちょく確認しておいた方がいいと感じた。


「でも、そのまま帰るのも悪いし、何か食べていこうよ」

「そうだよね。何にしようかな」


 優奈はお腹を押さえている。


「私はね……琴吹君は何が好きなの?」

「俺は……なんでもいいけど」


 二人の目の前には売券機がある。その機械のボタンのところに記された料理名を見、琴吹は悩んでいた。

 ハンバーグ定食、ラーメン、牛丼、サンドウィッチなど色々だ。


 食べたいものがあるとすれば、カレーでいいような気がしてくる。


「これかな?」


 琴吹は特定の場所を指さす。


「カレー? それでいい? だったら、私もそれでいいかな」


 え? 一緒のを選んでくれた?

 まさか、いや、それはないか。

 琴吹は隣にいる彼女の反応に、少々戸惑うものの、心を一旦落ち着かせた。


「それに、後ろの方にも待っている人がいるみたいだし。一緒の方が手間がかからないでしょ?」

「え? ああ、そうだね」


 そうなのか。後ろにいる人のことも考えて、カレーにしただけなのか。

 彼女は周りをよく見ていると思った。

 気の利いた対応ができるからこそ、一緒にいて安心ができるのだろう。


 互いにお金を売券機に入れ、カレーのチケットを二枚手にする。

 それを調理している人に渡せば、一分程度でトレーにのった状態で料理を受け取れるのだ。


 カレーライスを手にすると、食堂全体を見渡し、空いている席を探す。

 混んでいるようで、なかなか二人で座れる席が見つからない。


 少しだけ、辺りを回って歩く。

 色々なテーブルを見てみると、特別メニューらしきモノを頼んでいる人をチラホラと見かけてしまう。

 あと数秒の差だったと思うと、ちょっとだけ悔しくなった。


 それに、カップルらしき男女同士が、楽し気にスキンシップを取りながら、食事をとっている。

 今の日本の学園では普通の光景であり、数十年前はありえないと聞いたことがあった。

 琴吹はあまり食堂とかを利用しないので、男女同士がイチャイチャしている現場を直接見たのは初めてかもしれない。

 学園に入学してからもモテなかったこともあり、カップル同士のやり取りを見るのは苦しかった。


「ねえ、琴吹君? あっちの方、空いたんじゃないかな?」

「え、ああ、確かに」


 考え込んでいたこともあり、少々反応が遅れがちになった。


 遠くの方。学食の端に位置する場所であり、窓から外が見えるテーブル席なら座れる。

 ちょうどよく、二人並んで椅子に腰かけた。


「これで一息できるね」

「う、うん」


 琴吹は女の子と一緒に並んで座った経験はあまりない。故に緊張し、彼女と視線を合わせることができなかった。

 俯きがちに、カレーライスだけを見、口ごもってしまう。


「ねえ、どうしたの? 食欲ないの?」

「え、普通にあるよ」

「なら、一緒に食べましょ。私、お腹すいちゃったし」


 優奈はスプーンを手に、微量のカレーとライスを同時に掬い上げ、それを口へと運んでいた。


「美味しいー♡」


 優奈は愛らしく笑みを見せ、食事を楽しんでいる。そんな彼女の横顔を見ているだけでも、癒されるというもの。


「あれ? 琴吹君は、まだ食べてないの?」

「え、今から食べるよ」


 琴吹は慌てた感じに、スプーンを手に持つ。


「私が食べさせてあげてもいいよ」

「え? いや、その……」


 妹以外の女の子から、そんなことを言われるのは初めてなのだ。


 優奈はどう思っているのかわからない。が、意識し、そのようなスキンシップを取ってくるのなら、好意を抱いている可能性が高いと思う。

 琴吹は横目でチラチラと見て、彼女の仕草を伺っていた。


「ねえ、あーんしてみる?」

「ここで?」

「そうだよ」

「でも、俺たちは、そんな関係じゃないような気がするけど……」


 実際、そういう関係になりたいという気持ちはある。

 けど、さすがにここでは……。


「他の人も、色々なことしているよ?」


 食堂を軽く見渡しただけでも、確かにイチャイチャしている男女のカップルは確かにいる。

 ただ、正式に付き合っている男女という前提があるのだ。


 琴吹は再び、彼女を見る。

 優奈は本気な目をしていた。


 いや、まさか……。

 ただ、そういう風に見ているだけだと、琴吹は自分の心に訴えかけていた。

 彼女とは出会って、二日くらいしか経っていないのだ。

 そもそも、距離が縮まった瞬間など今のところない。


「ねえ、カップルじゃなくても、皆そういうことしてるし、私たちもいいじゃん……」

「え? 俺なんかでいいの?」

「なんかって言わないでよ」


 優奈は優しく、慰めるように言う。


「私ね。まだ、誰とも付き合ったことなんてないの」

「そうなの?」


 彼女のような優しい女の子が誰とも付き合ったことないとか、意外過ぎだ。


「だからね。少しくらい、カップルみたいなことをしてみたいの。ダメかな?」

「い、いいけど」


 琴吹はやんわりと頬を赤らめ、軽く視線をそらす。

 そして、彼女と視線を合わせる。


 気まずい……。

 優菜と近距離で見詰め合い。今まさに、スプーンで食べさせてもらうなど、心臓がどうにかなってしまいそうだった。


 お、落ち着け……俺。

 何度も心に言い聞かせる。


「いいから。そんなに恥ずかしいなら、目を瞑ってもいいよ」

「じゃあ、そうするよ」


 琴吹は強く瞑る。


 口内にスプーンが入ってくる感覚があった。

 カレーの濃くて甘い、ドロッとしたものが口の中で広がっていく。


 んんッ

 琴吹は租借した後、ゴクンッと飲み込んだ。


「どうかな? 美味しい?」

「うん、美味しかったよ」


 意識している女の子から食べさせてもらうのは、自分で口にするとの断然違う。

 さらに、彼女のことを意識してしまいそうだ。


「そう、よかった♡」


 優奈は優しく微笑んでくれる。

 ドキドキが止まらなかった。


 両想いとか、そんな間柄ではないが、少しは彼女の思いを感じることができた気がした。






 二人がカレーライスを半分ほど食べ終えた頃合い、優奈の方から話題を振ってくる。


「琴吹君は、普段何をしているの?」


 急な質問だなと、内心思う。

 けど、気にかけてくれたようで嬉しい。


「俺は、動画サイトを見たりとか、漫画とか、そんな感じかな?」

「そうなんだ。今風って感じの趣味だね」

「そうかな? その、優奈さんは?」

「私はね、料理とかしてるかな?」

「料理するんだね」


 家庭科部に所属しているだけではなく、自宅でも料理をするらしい。家事全般が得意そうな雰囲気があったが、思っていた通りだ。


 将来結婚しても問題は……って、何先のこと考えてるんだ俺は。

 まだ、彼女とはそういう関係じゃないのにと思う。


「うん。私ね。自宅に、小さい弟とか妹がいてね。それで家事とかしたり、保育園とか、学校に送り迎えしたり。色々あるの」

「そ、そうなんだ」


 彼女の家庭は複雑なのだろうか?

 両親はいないの? とは、口が裂けても言えない台詞だった。


「だからね。私自身、そんなに食事をしたりしている余裕がなかったの」


 だから、普段そんなに元気がなかったのか?


「そうなんだね。でも、俺もさ、妹がいてさ。一応、わかるよ」

「本当? だよね。わかってくれるよね?」


 優奈の顔が一気に明るくなった。

 多分、琴吹が考えている妹への捉え方は若干違う。

 けど、一応、彼女とは会話を合わせる。

 共感したことで、距離がぐっと近づいたような気がした。


「ねえ、琴吹君? 暇なときでいいんだけどね。家に来てくれない?」

「優奈さんの家に?」

「うん。私一人だとどうしても難しいところがあるし。男の子の力が欲しいの」

「俺じゃないとダメなのか?」

「ダメってことじゃないけど……やっぱり、私のクラスメイトの男子生徒はね。大半が彼女持ちなの。だから、あまり誘えないの」


 彼女から頼りにされているようで、琴吹は嬉しく感じてしまう。

 ここは距離感をさらに縮めるためにも協力しておいた方がいいと思った。


「わかったよ。時間があるときはお邪魔する」

「本当? ありがとー」


 優奈の満面の笑顔を見れただけでも、十分だと感じ、そのまま他愛のない会話を楽しみながら、食事を続けるのだった。

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