第6話 購買部担当の神楽優奈さんは、何かを隠している気がしてならない…
「あの子よね?」
「はい」
琴吹は、恋協部の相談員の詩乃に対して頷く姿勢を見せた。
学園内、校舎の一階。
昇降口のところからでもわかるほど、数メートル先の購買部が視界に入る。
そこでパン類を売っている女の子――、神楽優奈がいつも通りに佇んでいた。
辺りには購入者らしき生徒の姿はなく、話しかけるなら今しかないといったベストタイミング。
詩乃と一緒に、そこへと向かう。
刹那、遠くの方の曲がり角から出てきた子が購買部の方へと歩いていく姿があった。
あれって……。
後ろ姿や歩き方を見る限り、その女子生徒は、まさしく妹の心菜である。
なんで、購買部に……。
普段であれば、一人で弁当を作っているのに、と思う。
なぜ、今日に限って、遭遇してしまうのだろうか?
遠目からでもわかるからこそ、若干歩幅が狭まってしまう。
「どうしたの?」
「あのですね、今購買部に向かっていった子。うちの妹なんですよ」
簡易的に説明する。
「心菜さんってことよね? だったら、接触しないと」
「その、あまり関わりたくないというか」
今、琴吹は心菜とは関係性がよくない。
昨日の帰宅時に色々な諸事情の元、一定の距離を置きたかったのだ。
「私はできる限り、妹さんと校舎内で会話したいんだけど?」
「ですが……」
そうこう考えているうちに、隣を歩いていた詩乃は早歩きになり、次第に駆け足となって、購買部へと向かっていくのだ。
「ちょっと……ああ……」
もう遅い。
声を掛けようにも、すでに詩乃とは大分距離が広がっている。
琴吹はしょうがなく、詩乃の後を追うように、少しだけ廊下を走るのだった。
「ちょっといい?」
詩乃は購買部でコッペパンを購入していた心菜に話しかけていた。
「なんでしょうか?」
意外にも妹は礼儀正しく返事をしていた。
自宅や、琴吹と一緒にいる時は、バカにした話し方が主流なのにだ。
「あなたの恋愛事情についてね。少しお話を聞きたいんだけどいいかな?」
心菜はお金と交換するように、購買部担当の優奈からコッペパンを受け取っていた。
そして、妹は詩乃と向き合っていたのだ。
「あなたって、色々とモテるでしょ?」
「は、はい」
心菜は躊躇うように頷いた。
同姓の前だと、口調が少し違う。
ましてや、上級生だと、礼儀正しくなるのかもしれない。
初めて、目にする一面だった。
「ここだと、話したくないでしょうし。別のところについてきてくれる?」
「……はい……んッ」
妹は一応、頷くのだが、すぐに態度を変えた。
詩乃の背後から現れた、兄である琴吹を見るなり、俯きがちになるのだ。
「いいえ……すいません。後でもいいですか」
心菜は兄と視線を合わせることなく、その場からスッと立ち去っていく。
普段なら兄をバカにしてくるのだが、そういうこともなかった。
冷たい風が肌にあたるような感じで、五月なのに、琴吹は寒く感じてしまう。
なんだよ、心菜のやつ。
妹は廊下を軽く走り、曲がり角のところから姿が見えなくなった。
「もしかして、いきなり上級生から話しかけられて怖かったのかな?」
詩乃はちょっとばかし後悔していた。
「いいえ。大丈夫だと思いますよ。多分、別の理由だと思うので、先輩は気にしないでください」
「そう? だったらいいけど。んー、妹さんと接触する時は、もう少し距離感を考えた方がいいかも?」
詩乃は指で頬を軽く触り、考え込んでいる。
「お二人方は、パンを購入するためにいらっしゃったんですよね?」
二人を交互に見、話しかけてくる購買部担当の優奈がいた。
「そうなの。まだ時間とかって大丈夫よね?」
「はい。ですが、今日は売れ行きが悪かったので、そろそろ片付けようと思っていたところだったんです」
優奈は疲れた感じに言い、布がかけられたテーブルに置かれたパン類を掴み、琴吹に差し出してくる。
「え?」
「昨日もいらっしゃった人ですよね?」
「はい……」
琴吹は彼女の言葉にドキッとしてしまう。
覚えてくれていたんだという、嬉しい気持ちになった。
彼女が手渡してくれたのは、イチゴ味のコッペパンである。
そこまで好きな味ではなかったが、拒否するのもよくないと思い、購入することにしたのだ。
昨日はイチゴ味くらいしかなかったので、たまたま手にした程度であった。
「えっと、一五〇円だよね?」
「いいですよ。今回は私のおごりにしますから」
彼女は会計を拒否する。
「え、いや、そういうわけには」
琴吹は優奈の優しさに動揺してしまう。
「別にいいじゃない。貰っておきなさいよ」
横にいる詩乃から指示を受ける。
これが最適な判断なのだろうか?
「本当に、いいんですかね?」
「ええ。その方がいいの。女の子から親切は、素直に受け取っておいた方がね」
琴吹の耳元で、詩乃が囁く。
耳の性感帯を刺激され、変な感情を抱きそうになってしまう。
上級生らしい温かさが、心を包み込んでくるようだ。
「では、遠慮なく貰います」
「はい」
んッ――
琴吹は彼女からイチゴ味のコッペパンを受け取るのだが、優奈に魅力的な笑顔に癒され、次の言葉が出てこなくなった。
俯き、恥ずかしさが込みあがってくる。
やはり、童貞なのだと、自分自身でも感じてしまうほどだった。
「今日は食堂の方で特別メニューが出てるって聞いてるし、もしかしたら、その影響で購買部に来る人も少なかったのかもね」
「そうですね。私も行きたかったな……」
詩乃の発言に、テーブルを片付けている優奈が手を止めていた。
何かを思いつめるような感じに、テンションがやけに低くなっている。
どうしたのだろうか?
やっぱり、購買部の仕事ではなく、食堂の方に行きたかったのだろうか?
琴吹は彼女の顔を見、そう思ってしまう。
「あッ、そうだ。優奈さんは今から予定とかってある?」
二人の仲を保つように、詩乃が話題を振る。
「え? とくには……昼食をとるだけですし」
「そう? だったら、二人で食堂に行って来たら?」
「でも、私……ここの片づけがありますし」
優奈は真面目なところがあるらしい。
自分が請け負っている場所は、最後までやり遂げないと納得がいかないようだ。
「でもいいからさ。行ってきなって。食堂も、後三〇分くらいしか空いてないんだし」
詩乃は優奈に言うなり、こっそりと視線を琴吹へと向けてくる。先輩は目で合図してくるのだ。
まさか、俺からも誘えってことなのか?
唐突な指示に、たじろいでしまう。
いや、でも、急に誘うって……その……。
女の子に話しかけるのも難しいのに、どうやって、と思った。
琴吹は二人の女の子を交互に見ていると、優奈が目線を合わせてくる。
え? 目が合った? 合ったのか⁉
突然の事態に、戸惑いを隠せなくなった。
「でしたら、お言葉に甘えて」
え? 一緒にいいのか? 本当なのか?
琴吹は視線をキョロキョロさせてしまう。
付き合うということなのか?
それとも、食堂で一緒に食べるだけということなのか?
今後の関係のことを意識してしまい、憶測だけですべてを思考してしまう。
「お名前は?」
「えっと、俺? 日紫喜琴吹だけど」
女の子と直接会話するのは、意外と勇気がいるものだ。
言葉が詰まってしまい、反応が少し遅れてしまった。
「私は神楽優奈。多分、普通に話すのって初めてだよね? 琴吹君」
「そうですね」
琴吹は軽く、愛想を見せるように軽く笑う。
近くにいる詩乃は、安心したように二人のやり取りを見ていた。
「じゃあ、行ってきなよ。私は片づけするから。このパンとかってどこに持っていけばいい?」
「生徒会室です」
「わかった。生徒会ね。後のことはやっておくから、気を付けていってきな~」
詩乃は緩い感じに、二人の姿を見送っている。
琴吹は緊張した感じに、彼女と並んで食堂へと向かうのだった。
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