第5話 男子生徒からモテすぎている妹が、同性から妬まれているのは事実なのだが…

「まず、一つ目ですね。来月の成就祭のことなんですが」


 ああ、そういや、昨日。心菜とまともに会話できなかったな。

 というか、なんであんなに怒ってたんだ?

 琴吹は悩んでいた。


「琴吹さん?」


 心菜が好きな相手って一体、誰なんだ?

 わからない。

 けど、あの妹が涙を見せるほどなのだ。よほど、好きな相手に違いない。


 誰なのかわかれば、付き合わせられるのに。

 と、琴吹は思う。

 んん……。


「ねえ、琴吹さん? 人の話聞いていますか?」

「えッ、あ、ご、ごめんなさい……」


 詩乃は急に顔を近づけてきて、怒りを滲ませていた。しかし、美人寄りの顔つきなので、そんな表情も美しく思えてしまう。


「なに、その表情は? 何か考え事なの?」

「はい。すいません……」


 琴吹は諦めた感じに呟き、俯いた。

 彼女へ視線を向けるなんてできない。

 怒らせてしまったようで、とにかく気まずかったのだ。


「まあ、いいですけど。でも、もう少ししっかりとしてくださいね」

「はい……」


 翌日のお昼休み。

 琴吹は恋協部にいて、テーブルを挟むように上級生の柚希詩乃と対面していた。彼女は琴吹を担当することになった女子生徒なのだ。


 そもそも、恋協部というのは、恋愛を協力する部活という意味がある。


 数年前から日本の学園などで、国の指示により、半場強制的に設立されることになった部活なのだ。

 桜双木学園だけに、変わった部活が存在しているわけではない。


 今の日本は結婚率が低迷しているということで、学生の頃から恋愛というものを経験しておくというのが常識になっているのだ。

 いわゆる、ステータスのようなもので、国語や数学、英語と同じように、一般教養のような感じである。


 恋愛というのは、人の心を読み解く必要性がある故、決まりきった内容だけを反復するだけの勉強方法では通用しないのだ。


 大人だと、十代の心境とかを把握するのが難しく、関係性がこじれてしまうことが多い。また、変な恋愛をする傾向があるため、国から一定の条件を満たしている生徒が、恋居部に所属するルールになっているのだ。


「悩み事があるなら、初めに聞いておくけど?」

「……」


 琴吹は沈黙してしまう。

 妹のことについて言ってもいいのか迷うところ。

 けど、変な感情を抱いたまま、過ごすわけにもいかず、ひとまず相談してみることにした。


「あのですね。俺、妹がいるんですが」

「妹? そういえば、あなたの妹さんって、学園内でも結構モテる女の子でしょ?」

「え? なんで知ってるんですか?」

「それは、ここに来る女の子が話題にしているしね。嫌でも耳に入ってくるわ」

「そうなんですね」


 心菜の噂って、そんなに広がっているのか。


「ねえ、あの子のことなんだけどね。ちょっといい?」

「心菜のことですか?」


 琴吹は伺うように問う。


「ええ。そうよ。あなたからも、あの子に言ってほしいことがあるの」

「どんなことでしょうか?」


 怖くなった。

 何を言われるのか、想像するだけ、嫌な返答しか思い浮かばず、詩乃と視線を合わせられなくなる。


「あの子に告白している男子生徒が多くてね。ここに相談しに来る女の子が困ってるって言ってくるの。やっぱり、男子生徒が好きになる子が集中しているとね。私たちも、なんというか、指導しづらいの。そこらへん、どうにかならない?」


 やっぱりかと、彼女から聞いて思いつめるところがあった。


「俺からも言ってるんですが……その……好きな人がいるみたいで」

「え? 好きな人がいるの?」

「は、はい。そうみたいですね」

「だったら、その人に告白して、それ以外の男子を断ればいいんじゃないの?」

「まあ、そうですよね」

「それで、あの子は誰が好きなの?」

「それが、わからないんです」

「わからない? どうして?」

「一応、聞いたんですけど。昨日の夕方からあまり口をきいてくれなくて」

「もしかして、仲が悪いの?」

「いや、そこまででは……普通の兄妹の関係なので。別に良いとか悪いとかなくて、本当に普通のはずなんですが」


 普通といえども、妹から毎日のようにバカにされる生活。一般的に見たら、どう考えても普通とは呼べないかもしれない。

 しかしながら、大体の兄妹というのは、そんな感じだと思っている。


「ねえ、時間があったら、その子と合わせてくれない?」

「心菜と?」

「ええ。ちょっとね、話を聞いてみたいの」

「別にいいですけど。大丈夫かな?」


 琴吹は迷ってしまう。

 今、妹から距離を置かれているのだ。

 素直に指示に従ってくれるか不明である。


「時間に都合が合わないのなら、私があなたの家に行くというのもできるけど?」

「そこまでは」

「私もね、この部室に来てほしいんだけど。多分ね、他の女の子から睨まれるでしょうし。色々とね……」


 今、部室内に相談に来ている女の子らの耳元に届かないように、詩乃はこっそりと伝えてくる。


「まあ、後は心菜次第だと思うので、状況を見て、どこで妹と合わせるかは伝えますので」

「ありがと。じゃあ、わかり次第教えてね」

「はい」


 ひとまず、妹の件は終わった。


「後はね……昨日、あなたのアンケートを見させてもらったけど。大体、方針は決まったわ。スケジュールに関しては後で印刷して渡すから」

「ありがとうございます」


 琴吹は軽く頭を下げた。


「あとね。あなたが好きな子ね。家庭科部の神楽優奈さんだと思うわ」

「神楽さん、ですか?」

「ええ。昨日購買部に立っていた女の子で間違いないよね?」

「はい」

「だったら、その子は神楽優奈さんだから」


 ようやく名前が分かった。

 温厚で優しい感じの、あの子にピッタリの名前だと感じる。


「それで、あの子に告白するという段取りなんだけどね。あなたって、ほとんど、あの子について全く知らないでしょ?」

「はい。そうですね……」

「だからね。まずは、会話して仲良くなるところから始めましょうか」

「会話ですか?」

「そうよ。会話できなきゃ、相手も意識してくれないでしょ?」

「そうですけど……大丈夫ですかね」

「そんなに緊張するの?」

「そんなことは……」


 想像しているだけだと、普通に会話できそうな気がするものの、実際に対面することを意識してしまうと体が硬直してしまう。


 お、落ち着けよ、俺……。

 まだ何も始まっていないのに、心配しすぎだと、自分でも自分にツッコミを入れていた。


「あの子ね。今日も購買部にいるらしいの。今、昼休みになって、十五分ほど経ったじゃない。そろそろ購入する生徒が少なくなった頃合いだと思うの。パンでも買いに行きましょうか」

「はい。そうですね」


 琴吹は室内の壁に設置されている時計をチラッと見、頷くのだった。


 二人は椅子から立ち上がり、恋協部を後にするのである。

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