第4話 あれだけ告白されているのに、妹はなぜ、誰とも付き合わないのだろうか?
「おにーちゃんッ、ちょっとどこかに行かない?」
「え? 今からデートじゃなかったのか?」
通学路を歩いていると、なぜか先に学園を後にしていたはずの妹が近づいてきて、話しかけてきたのだ。
琴吹は疑問を抱きつつ質問するのだが、心菜は焦らすように、すぐには返答してくれなかった。
「もしかして、お兄ちゃん? 私、本当にデートしに行くと思った?」
「違うのか?」
「どうなのかな?」
「いや、焦らさないでくれ」
そもそも、仮に心菜とデートすることになっても、実の妹に対して恋愛感情なんて抱きたくない。
琴吹は呆れた感じに、ため息を吐き、心菜の横を通り過ぎる。
「どうして、避けようとするの?」
「避けてないから」
本音で言えば、あまり関わりたくない。
けど、ストレートに言ってしまうと、妹から面倒な仕打ちを受けそうで怖いからだ。
兄なのに情けないと思うが、しょうがない。
「私ね、少し時間あるの。デートでもしてあげよっか」
心菜は軽く走り、琴吹の横にやってくる。
なんだよ、その上から目線な発言は。
妹とのデートとかありえない。
あの購買部で出会った子と会話する程度でもいいから、一般的なデートをしたいというのが今の目標である。
「お兄ちゃんッ、無視しないでよー……なに? もしかして、女の子とデートするのが恥ずかしいの? だよね、お兄ちゃん、童貞だし、手を繋ぐこともできないんだよね?」
心菜は笑い、バカにしてくるのだ。
「そんなことできるし」
「えー? 本当に?」
妹は棒読みな感じに、ニヤニヤする口元を右手で押さえている。
「ねえ、ねえ、だったら、私と繋いでよ」
実の妹からの上目遣いはさすがにキツい。
そういう色目を使われたとしても、靡くことなんて一ミリもないのだから。
「もしかしてできないんじゃん?」
「は? で、できるから」
「じゃ、ほら」
心菜は左手を差し出してくる。
繋げということなのか?
ここで距離を取ってしまったら、またバカにされてもおかしくないだろう。
「繋ぐから」
「やっぱ、女の子と繋ぎたかったんだあ」
「……女の子?」
「むッ、私だって、女の子だからね」
心菜はぺったんこな胸を腕に押し付けてアピールしてくる。
あまり感じないな。
制服越しということもあるのだが、本当に何も感じなかった。
そういう女の子らしさをアピールされたとしても、いつも一緒にいる妹を恋愛対象としては見れない。
「どう? 女の子の感触は?」
心菜は頬を赤らめている。
普段は強気な姿勢を見せてバカにしてくるものの、本当は恥ずかしいに違いない。
「……普通」
ボソッと言ってやった。
「はあ? 何それ? ひどいー」
妹は軽く頬を膨らませ、さらに強く右腕を抱きしめるように、まな板のような胸を押し付けてくる。
ぎゅっとされ、少しは感じることはできたが、本当に少しだ。
「それよりさ、心菜って」
「なになに」
話に興味を持ってくれる。
「今年入学してさ。何人から告白されたの?」
「わかんない。んっと、いっぱいかな」
「わかんないって……それ、同姓から嫌みに聞こえるんじゃないか?」
琴吹はふと、今日の昼休みのことを思い出す。
恋協部の前で会話していた上級生の女子生徒から、妬みの話題にされ、目をつけられていたことを。
これ以上、男子生徒へのハッキリとしない距離間を取っていると、いずれ痛い目に合うと思っていた。
「お兄ちゃん、もしかして、嫉妬してる?」
「そ、そんなことないさ」
琴吹は妹に視線を向けることはしなかった。
合わせてしまうと、確実に妹のペースに飲み込まれてしまうからだ。
「というか、早いところ、誰か一人に決めた方がいいんじゃないか?」
「なにー、お兄ちゃん。そういうの気になるのー?」
「違うから……なんというか、単なる忠告的な話さ」
「ふーん、忠告ねえ……」
心菜の声があからさまに小さくなる。
そして、右腕に当てていた胸を離し、一定の距離を取るように手だけは握っていた。
ちょっとばかし、妹の手に力が入っているような感じだ。
どうしたんだろうか?
いつもバカにしている相手から忠告されて嫌になったのか?
琴吹は気まずくなりつつ、共に通学路を歩き続けるのだった。
数秒の沈黙を乗り越えるように、心菜が口を開く。
「ねえ、お兄ちゃんはさ。好きな人と付き合うつもり?」
「ああ、そのつもりだけど」
「そう……」
妹は視線を合わせることなく、普段見せない感じの冷静さで淡々と話している。
「心菜も普通にモテてるんだし。付き合えばいいんじゃないか?」
「……私だって、付き合いたいよ」
「じゃあ、今まで多くの人から告白されてるんだし、デート候補も決めやすいんじゃない?」
「……」
心菜からの返答は鈍い。
「どうした?」
琴吹は隣にいる妹を見る。
ただ、俯きがちの態度からは元気のなさが伝わってくるのだ。
さっきまでははしゃいでいたのに、なぜ、ここまであからさまにテンションが下がっているのだろうか?
疑問しかなかく首を傾げていると――
「イタッ」
心菜から強く握られてしまい、右手に強い衝撃が走る。
「わ、私だってね。本気なんだよ。本気で想いを伝えているのに、本当に好きな人から告白されないんじゃ……付き合えないから」
心菜の頬には、瞳から流れた雫が伝っていた。
ど、どうして、泣いているんだ⁉
琴吹は右手の痛さを抑えつつ困惑してしまう。
複雑な心境に、返答の仕方がわからない。
いつもマウントを取るように、バカにした口調の多い心菜なのだが、今の妹は一人の女の子のように、誰かに想いを吐きだしているような感じだった。
「急に、大丈夫か?」
「んんッ」
心菜は繋いでいた手を大きく振るうように離し、睨みつけてくる。
「もう、いいッ、私一人で帰るからッ……お兄ちゃんのバカ、死ねッ、二度と帰ってくるなッ」
そんな暴言を吐き、近くの信号機を渡って立ち去ってしまった。
ちょうどよく信号の色が赤になり、乗用車などが車道を移動し始める。
今から妹を追いかけても、自宅に到着するまでは出会えないだろう。
「なんだったんだ? 好きな人から告白されないから、誰とも付き合わないってことか?」
兄であってもわからないことがあるのだと、琴吹は感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます