第3話 この部屋って、女の子の匂いが…いや、それよりも俺は、彼女に何を与えられるのだろうか?

 妹にも、ああ言ったんだ。

 今日中には恋協部に行かないとな。


 琴吹は授業終わりの放課後。部室の前に佇んでいた。

 奇跡的に、三階の廊下には誰もいない。

 入るなら、今しかないと思う。


 妹の心菜にも好きな人がいると告げてしまった。が、実際のところ購買部にいた子のことが好きかと問われると怪しい。でも、彼女のことを考えるだけで、不思議と心が嬉しくなるのだ。

 この感情が本当かどうかということも含め、この恋協部で明らかにした方がいいだろう。


 そもそも、その子と付き合うにしても、自分の力で話しかける勇気などない。それでは距離が縮まることなんてまずないのだ。

 やはり、恋人を作るなら、誰かのサポートが必要不可欠なのである。

 扉に手をかけ、横にスライドさせた。


「し、失礼します……」


 琴吹は戸惑うような口調で言い、部室に入る。

 室内には結構人が集まっていた。

 恋協部の相談員らしき生徒と、相談しに来ている生徒がテーブルを挟み、対話形式でやり取りを行っている。


 意外と空間は広く、教室の三倍くらいはありそうだ。

 内装は高校生が通う学園としては少し派手な印象。


 壁には恋愛事情が記された用紙や、付き合うまでの手順がイラスト付きで表現された用紙など、色々と張り出されていた。

 ピンクや白色が目に付くといった感じであり、基本的に部活のメンバーはパッと見、女子生徒の存在が目立つ。


 琴吹は緊張するがあまり、キョロキョロと辺りを見てしまう。

 室内には男子生徒の姿がほとんどなく気恥ずかしい。

 まったくモテない人みたいで逃げ出したくなった。

 後ずさってしまい、変な言動になる。


「君って、ここに来るの初めてなの?」

「え、あ、はい」


 突然の問いかけに、激しく動揺する琴吹。

 気さくな感じに話しかけてくるのは、恋協部のメンバーらしき女子生徒だ。


 明るい色の髪質で、整ったショートヘアスタイル。制服の袖部分についたラインの色合いを見ると、三年生だということが分かる。

 大人びた感じに優しく丁寧に話しかけてくるのだ。今まで見てきた女の子より、魅力的に映る。が、胸はそこまで大きいとは言えなかった。


 けど、それを上回るほどの優しさに心を打たれつつあったのだ。

 人と関わることに慣れている口ぶりに、琴吹はどことなく安心し始めていた。


「えっと、今日が初めてなのね。それで、今日はどんな要件かな?」

「要件?」

「ええ。私たちが依頼主である生徒をサポートすることになるんだけど。まずは、どんな感じの子と、どんな関係になりたいのか。そういうところを教えてもらわないとね。私も困るの。ひとまずは、この用紙に書いてくれない?」

「は、はい」


 相談員の女子生徒はアンケート用紙と黒のボールペンを渡してくる。

 琴吹はそれを受け取り、室内の壁に設置された木製の椅子に座った。


 えっと、まずは……。

 アンケートを一通り見渡す。


「記入が終わったら、あっちの方に受付担当の子がいるから。その子に渡してね」


 女子生徒が指さす場所には、一人の女の子が座っている。多分、恋協部にも色々な役割があるのだろう。


「わかりました」


 女子生徒は背を向け、他の生徒の元へと向かっていく。


 一旦、深呼吸したのち、アンケート用紙と再び向き合う。

 が、室内には、女子生徒の方が多く、いい匂いが充満している。

 普段経験できないような環境下に、内心ドキドキが止まらなかった。


 妙に……いや、な、なにを考えてるんだ、俺は……。

 心臓の鼓動が早くなっていく。

 いや、今は、アンケートを書くことに集中しないと。


 必死な思いで記入欄へと視線を向けた。


【一つ――初恋はいつですか?】

 えっと、確か、小学生? どうだろうな。多分、本気で好きになったのは、中学生になってからかもな。


【二つ――好きな人はいますか?】

 まあ、これはいるっていう回答になるね。


【三つ――人生で好きな人に告白したことはありますか?】

 ないな。あったら、そもそも、ここにきていないだろうし。


【四つ――将来の結婚生活像は決まっていますか?】

 え? いきなり、そういう質問なのか?

 まあ、この頃、結婚する文化が根付き始めているし、二十代前半に結婚する人も多いしな。学生の頃から決めている人がいてもおかしくないってことか?

 それにしても、気が早いような気もするけど。

 えっと、結婚の理想としては、料理ができる人の方がいいかな?


【五つ目――恋人、結婚相手に与えられるものは何ですか?】

 与えられるもの? 自分が恋人にってことか。

 好みの相手を見つける感じであり、琴吹からしたら、人生で一度も考えたことなんてなかった。

 大体、こんな感じかな?


 琴吹は席から立ち上がる。

 受付担当の子に、アンケート用紙を渡す。


「では、ちょっと待っててね」


 笑顔を見せてくれた。

 正直、自然な感じの表情にドキッとしてしまう。

 恋協部には、誘惑的な態度を見せる子が多いと感じた。


 琴吹は指示に従い、少しだけ待つ。

 数秒後、他の生徒との対応を終わらせた彼女がやってくるのだ。


「これね。あなたが記入してくれたアンケート用紙は」


 彼女は用紙を確認した後、琴吹の顔をチラッと見てくる。

 な、なんだ?


「では、こっちの席にきて」


 女子生徒から案内してもらい、一つのテーブルを挟むように対面する。


「ねえ、ここの好きな人がいるって項目。誰が好きなの?」

「え? 言わないといけないんですか?」

「そうよ。じゃないと、サポートできないわ。それで、どんな子?」

「それは……」


 琴吹は言葉に詰まる。


「なんというか」

「誰なの? クラスは? 見た目は?」

「それはですね……俺、好きな人? なのかな? でも、なんか、その人を見ると、不思議になるというか」

「それは恋なんじゃないの?」

「そうなんですかね?」

「そうでしょ。それしか考えられないわ。もう少し素直になるべきね、あなたは。それで、その子の名前は?」

「……一目惚れみたいな感じなので、名前とか知らないんです」

「知らないの? そう。だったら、特徴とかない?」

「特徴ですか?」


 おっぱいが大きい……いや、ダメだ。何考えてるんだッ、相談に乗ってもらっている女の子の前で、そんな発言は……。

 唯一知っている情報といえば――


「けど……普段から購買部でパンとかを売っている女の子なんですが?」

「パン? 購買部? もしかして生徒会役員の?」

「そっちではなく、多分、家庭科部の方だと思うんですが?」

「家庭科? 結構部員が多いからね。少しわかんないなあ?」


 相談に乗ってくれている子も、指で頬を軽く摘まむように触りながら悩んでいる。


「まあ、好きな人はいるってことね。その子のことについては後で教えてね。私も明日購買部についていくから。それとね、その子とどんな関係になりたい?」

「そうですね。ひとまず、付き合えればいいですかね」

「付き合う、それだけ?」

「はい」


 琴吹は言い切った。


「まあ、いいけど。わかったわ。でも、相手の情報がはっきりとしないから。詳しい話は、明日でもいい?」

「はい。いいですよ」


 頷いて反応を示す。


「昼頃って来れる?」

「昼? はい……大丈夫だと思います」


 琴吹は今後の予定を振り返る。

 友人もそこまで多くない故、スケジュールも特にないのだが考え込んでしまう。

 多分、問題はないとはずだ。


「では、お願いね。あ、そうだ。あと、これ。渡しておくね」


 彼女は席から立ち上がると、名刺のようなものを渡してきたのだ。

 名刺には、柚希詩乃と記されていた。


「明日からよろしくね」


 詩乃は明るく言う。

 琴吹は軽くお辞儀をする程度で部室を後にする。


 今日の相談は終わったのだ。

 明日から色々と忙しくなる予感しかしなかった。

 色々な意味で――


 帰宅するために廊下を歩いていると、背後から嫌なオーラが放たれていることに気づいてしまう。


「お兄ちゃん? 彼女作るのに真剣なんだねえ」


 バカにするような口調。

 まさに心菜だ。

 振り返り、妹と向き合う。


「そ、そうだよ。悪いかよ」

「私ね、お兄ちゃんに好きな人なんてできないと思ってたのにー、でも、まあ、無駄な努力だと思うなあ」

「そんなことないさ」

「告白してフラれればいいのに……」


 心菜はボソッと何かを口にしていた。


「なに?」

「んん、なんでもない。お兄ちゃんのバカってこと。私、これからデートだから、帰るね」


 妹はふざけた感じに言い、走って、その場から立ち去って行ったのだ。


 なんだよ、そんなことくらいで、言いに来るなよ。

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