第2話 この感情って…本物なのか? わからないけど…妹と距離をとれるなら
というか、本当に来月だよな。
成就祭。
日紫喜琴吹は学園内の壁に貼られたポスターを見て、ため息を吐く。
はああ……やっぱり、あの場所に行くしかないよな。
琴吹はスマホの画面を見る。
恋協部の公式ホームページを確認していた。
翌日の昼休み。桜双木学園にいる琴吹は、恋愛をサポートしてくれる部活を探していた。
スマホを片手に廊下を歩く琴吹は階段を上っている。
校舎の三階に到達するなり、辺りをキョロキョロと見渡す。
遠くの方へ視線を向けると、一か所の教室前に数人ほど生徒が集まっていた。
多分、そこが恋協部なのだろう。
琴吹は一年と少し、この学園に通っているものの、その部室に訪れるのは初めてなのだ。
男子生徒が恋協部に行くという事は、イコール彼女がいない。同時に童貞だという事を周知させてしまう結果になりかねないからだ。
軽く息を吸い、肩から力を抜くように息を吐き、恋協部のところまで歩む。
「ねえ、昨日はどうだった?」
「んん、全然だめだった。あともう少しなんだけどね」
「そうなんだ。今月までには何とかしないとね」
「うん。そうなんだよね。来月は成就祭があるしね」
部室近くまで行くと、女子生徒の二人が壁に貼られたポスターを見ながら、仲良さげに会話をしていた。
普段から恋愛をサポートしてもらっているのだろう。
にしても、男子生徒である琴吹は、彼女らがいる前で恋協部に入ることに抵抗があった。
なんか、気まずいな……。何事もなかったように、通り過ぎた方がいいかな。
ここまで来ておいて、恥ずかしくなった。
近くにいる二人の女子生徒から童貞だと思われてそうで心が締め付けられる。
単なる思い込みだが、そういう風に考えてしまう癖があるのだ。
サッと不自然な感じに視線を逸らし、何事もなかったように立ち去ろうとした。
「あれ? ねえ、あの人ってさ。あの子の兄じゃない?」
「え? なになに?」
二人の女子生徒がこそこそと話し始めている。
「あの子って? 一年の日紫喜心菜って女の子」
「ああ、あの嫌みなくらいモテてるって、あの心菜?」
「うん」
まさか、悪口か?
琴吹もそんなに心菜のことは好きじゃない。
少しだけ、彼女らの話題が気にかかる。
「本当に嫌な女だよね。毎日告白されているのに、まだ誰にも返答していないらしいよ」
「えー、本当に?」
琴吹に聞こえるように話している。
「確か、あの子って、入学してから毎日でしょ? ってことは、もう、三〇人以上からってこと?」
「そうなの」
「うわあ。最低じゃない?」
「ええ。容姿はいいんだけどね。内面は何考えているかわからないよ。もしかしたら、見下しているかも」
「ありえそう。というか、一年のくせに、本当に目障りだよね」
「うんうん。それ、わかる」
彼女らは女子生徒といえども制服の袖部分についたラインの色合い的に三年生なのだろう。
なかなか、本命が見つからず、焦っているからこそ、モテすぎている年下女子を見ると苛立ってしょうがないと思われる。
……心菜って、そんな風に思われてんのか。
琴吹は普段から妹からバカにされているのだ。
だからこそ、心菜がディスられている情報を知れて内心スカッとした。
本当なら、嬉しい感情になるはず。
ただ、ずっと妹の悪口を聞いているのは、心が痛む。
やっぱり、今……恋協部はいいや。
琴吹は嫌みな発言をしている二人の女子から離れるように廊下を走り、その場を後にした。
なんだったんだ、あいつら。
琴吹はそんな不満を抱いていた。
ぐうう……。
お腹の音が響く。
校舎一階の廊下を歩いていた琴吹は、まだ昼食をとっていなかった。
昼食の時間帯の購買部や食堂は比較的混んでいるのだ。
恋協部に立ち寄り、昼休み最後の時間帯を利用して、遅めに購入しようと考えていた。
「……」
ないな。殆ど。
琴吹は今、購買部にいて、簡易的に設置された布が敷かれたテーブルを見て思う。
時間が経過している故、残っているパン類の種類が少ないのだ。
「何にしますか?」
購買部担当の一人の女の子が優しく問いかけてくれる。
彼女はロングな黒髪のヘアスタイル。落ち着いた態度に好感が持ててしまう。
なぜか、彼女の瞳を見るだけで緊張し、どぎまぎしてしまった。
胸の膨らみは……大きい方だと思う。
制服からでもわかるほどに、確実に妹の心菜よりはあると断言できるほどだった。
制服の袖の部分をチラッと見ると、琴吹と同じラインの色合いである。
ということは、同学年か。
でも、初めて会う子な気が……。
同世代であってもクラスが違えば、出会う機会も比較的少ないのだ。
でも、なんだろ……この気持ちは……。
おっぱいが大きいからか?
いや、優しい態度だから?
んん……わからない。
琴吹は自分でも困惑していた。
「どうします?」
二回目、問われてしまう。
「あ、ご、ごめん」
琴吹は慌てた感じに返答した。
「いいえ。ゆっくりと選んでもいいですよ」
「はい……すいません」
琴吹は彼女の発言を受け入れつつ、軽く頭を下げていた。
この桜双木学園には、正式な購買部の職員がいないのだ。
食堂のほうにはいるものの、簡単な作業ということで、生徒会役員と家庭科部のメンバーが共同で交互に担当しているらしい。
多分、彼女は家庭科部だろう。
生徒会役員であれば、胸元に役員バッジがつけられているからだ。
「どうしたんですか?」
「え、いいえ、なんでもないです」
琴吹は、彼女の胸元ばかり見てしまい、激しく動揺し、変な言動を見せてしまう。
「じゃ、じゃあ、この、その、そこの余っている、イチゴパンで」
活舌が急激に悪くなった。
「面白い人ですね」
購買部担当の子から笑われてしまう。
嫌みな感じの笑い方ではない。
優しい表情を見せたスキンシップ的な笑顔だ。
「では、お会計、百円になります」
「あ、はい」
琴吹は制服のポケットから小銭を取り出し、女子生徒の手元に差し出す。
一瞬、女の子の手の平に指が当たった。
柔らかい。
女の子の手の平ってこんなにも柔らかいのか?
噂では聞いていたものの、想像の十倍ほど幸せを感じられた。
「どうしたんですか?」
「え? いや、なんでもないよ。なんか、ごめん……」
琴吹は変な気分になり、イチゴパンを受け取るなり、サッとその場から立ち去って行く。
な、何考えてたんだ。
確かに、可愛かったけどさ。
一目惚れなのか?
いや、ただ、手の感触が柔らかかったというか。それくらいだ。
琴吹は素直になれず、好きになっていない理由をひたすら探っていた。
「まあ、ひとまず、食べるか」
琴吹は独り言を口にし、人が少ない中庭の端っこに設置された木製のベンチに座る。
袋からパンの尖端を晒す。
一口だけ、食べた。
「まあ、味の方は普通だな」
琴吹は基本的に一人で昼を過ごすことが多い。
久しぶりにイチゴ入りのコッペパンを口にしたが、昔とそこまで味が変わっていなかった。
昔ながらの味を損なうことなく、消費者の期待を崩さずに良く維持できていると思う。
二口めを齧ったところで――
「お兄ちゃん、一人で何をしてるのッ?」
急に背後から抱きついでくる女の子。
いつも聞き飽きるくらい耳にする声。
振り向変えなくても大体わかる。
琴吹は落ち着いた感じに、今話しかけているのは妹の心菜だという事は把握できていた。
「もう、なんで、そんなにボッチなのかなあ? お兄ちゃん」
心菜はニヤニヤと笑いながら、隣のベンチに腰を下ろす。
口元を軽く左手で押さえながら笑いをこらえている妹の姿にイラっとしてしまい、視線を向けることはしなかった。
「お兄ちゃん? いつになったら彼女を作るの?」
「作るさ」
「えー、本当に?」
バカにするような瞳で見られているのはわかっている。
「私ね、今日も告白されちゃった♡」
「へー、そうなんだ」
「もう、何? その冷めた反応? 童貞なお兄ちゃんだったら、もっと激しく動揺しなよ」
妹は積極的に距離を詰めてくる。
「ねえ、お兄ちゃん?」
「なんだよ」
「んッ、美味しいー♡」
気が付けば、手元にあった食パンを一口食べられていた。しかも、先ほど琴吹が口にしていた歯後が残るところをだ。
「お、おい、何してんだよ」
「別にー、お兄ちゃんが気づかないのが悪いんだからねッ」
「何に?」
「もう、なんでわからないの?」
心菜は意味不明な発言をし、少し怒りを込めるように頬を膨らませていた。
「あとな。俺には好きな人ができたし」
「え……え⁉ なッ、なんで⁉ き、昨日はいないって」
「え、まあ、そうだな。今日好きな人ができたんだ。まだ、告白はしてないけどな」
琴吹は購買部で出会った初対面の子のことについて話しているのだ。
まだ、好きかどうかはわからないが、面倒な妹の口を塞ぐには最適だと思った。
「ねえ、お兄ちゃん?」
「ん?」
あからさまに妹の声のトーンが変わったような気がした。
左隣にいる妹の顔をチラッと見てみると、なぜか軽く涙目になっていたのだ。
ど、どうしたんだ⁉
いきなりの事態に琴吹は動揺する。
「信じられないッ、最低ッ」
「は? ど、どういう? 彼女を作れとか言ってたじゃんか」
「知らないッ、お兄ちゃんのバカッ」
心菜は意味不明なセリフを口にし、ベンチから立ち上がると、振り返ることなく、立ち去って行ったのだ。
なんなんだ、一体……?
鈍い琴吹には、妹の真意を知る手段などなかった。
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