第2話
「妹さん?」
「あ、そうなんです。妹の朝練の時間と被るので、駅まではいつも一緒に」
「そうなんだ。仲がいいね。それにしても、まだ高校生なんだね」
「実は中学生の弟もいるので、妹たちはかわいくて仕方ないですね」
そうしているとこちらのホームにもやっと電車が来た。満員電車でいつもなら負け知らずの私だが、横には道永さんがいる。普段の5割減で周囲へ圧をかける。いつもの力なら自分の周りに空白を生むことが出来るが、今日は5割減。いつもの空白分押しつぶされている人々の圧迫を体感しながら、たまにはこんな気持ちを味わうのも必要だと言い聞かせる。
入社した当初は、隣の車両で電車を待つ道永さんを見かけることがたまにあった。同じ部署に所属しているが、直属の先輩ではないため、関わる機会が多いわけではないが、知らない間柄でもない。だが、道永さんのルックスや人当たりの良さが相まって、後輩社員たちの中では他部署からも密かに人気がある、つまり踏む側の人間だ。交わることはないと、業務連絡をこなすだけの関わりだったが、気付けばこうして一緒に通勤したり、今も目の前で向かい合って立っている。部署内では、業務連絡のついでに何気ない会話も増えた。それを冷ややかな目で見るものと、らんらんとした目で見るもの、興味を示さないもの等、社内での反応は三者三様だ。
道永さんと話すのはそれなりに楽しい。ご飯に誘われたことはまだないが、それとなく帰りのエレベーターが被るタイミングは多い。同じ駅に住んでいるのは元々知っていたが、道永さんからしたら「すごい偶然だね!」だそうだ。
ふと、自分の体に押し寄せる圧力が減っていることに気が付く。至近距離で顔を見ることは憚られたが、私の後ろにある、折り畳み式座席の手すりをグレースーツの腕を震わせて掴んでいる人がいることに気が付く。
やっと満員電車地獄から解放されたが、オフィス街に向かって大半の人間は進んでいるため、箱から解放されただけだ。毎日思うが、馬鹿馬鹿しいほど狭苦しい場所に林立しているビルだな、とオフィス街に踏み入れる前に毒づく。なぜ、こんなに限られた場所にビルを作るのか、その土地に価値を見出そうとするのか。こんなにネットワークが発達している世の中で、田舎の余りある広大な土地をなぜ生かそうとしないのか。
考えても実にならないこと、なんでこんなことを考えるのだろう。そんなことよりも、今はいつもより大手を振って歩いている横の先輩に言うべきことがあることを思い出す。
「あの、電車で、先輩しんどくなかったですか?途中からしんどくなくて、先輩のおかげかな~って思ってたんですけど」
「え?そんなことない、ない!こっちこそ、知ってる人と満員電車に乗るってだけでだいぶ救われるというか…。ありがとね」
さすが営業部エース、いい笑顔。それもはにかみスマイルを向けられて条件反射的に私もにっこり。
「それよりさ、あの電車で座ってたおじさん見た?ずーっと真剣な顔してスマホ見てるから何してるんかなーって気になって覗いたら、家庭菜園作ってたんだよ?もう、これがギャップ萌えってやつ?って思っておかしくてかわいくてさ」
「えー、気付かなかったです~。私も見たかったな~ギャップおじさん」
「いつも定位置に座ってる人だから、多分明日も見れると思うよ!」
「満員電車の中で毎日定位置は猛者ですね…。なんだか満員電車の楽しみができちゃいました」
「おはようございまーす」
営業部のフロアにはまだ誰も出社していなかった。それもそのはず、うちのフロアは9時出勤だが、現在の時刻は8時。道永さんにいつも早いと言われるが、早いのは道永さんも同じ。そもそも話すようになったきっかけも、この誰もいないフロアで二人静かに過ごすのが気まずいため、道永さんから話しかけられたことだった。
とりあえず、朝のコーヒーを淹れて1日に備える。道永さんの分も淹れてしまおう。
「よかったらどうぞ」
「いつもありがとね!」
少女漫画でいうと、キラキラが飛び交っていそうな笑顔を向けられたじろぐ私。このキラキラ攻撃にはいまだ慣れることが出来ない。
「おはようございます~」
気が付けば8時半。少しずつ営業部にも人が増えてきた。朝の少しずつ人が増えていく感覚が好きだ。私は出社するなら、誰よりも早く着くか、出社ギリギリかどちらかでないと落ち着かないため、誰よりも早く着いて少しずつ人が会社を動かし始めるこの雰囲気を肌で体感している。今日も一日、乗り切ろうとスイッチを入れるため伸びをする。伸びをして目を開けると道永さんと目があった。
ラン 明たい子 @nessy
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