ラン

明たい子

第1話

 恋愛と仕事の共存ってすごく難しい。だって、どちらも人生において長い時間拘束されるもので、どちらもお金や価値や愛という必要不可欠なものを与えてくれる。どちらもお粗末にはできないけど、時間は平等に分配されていて、人間は平等ではない。私は平等ではない人間のうちの、どちらかと言えば踏まれる側の人間だと思う。

 まあ、踏まれる人間がいないと足場がなくなる人間もいるわけで、そこに関しては当たり前のように踏んでいる地面に対して感謝してほしいものだ。だから、私はこのアスファルトにも尊敬の意を持って歩けるような人間になりたいと思うし、アスファルトの亀裂からうねりながらも上を向いて伸びようとしている雑草なんかを見つけた日には、写真を撮ってしばらくの間、成長を見守る。

 これが私の出勤ルートの密かな楽しみ。

 最近は冷え込んできたこともあって目ぼしい娘と出会えていない。季節に伴うかのように私の心も冷え込んできた。

 こんな季節のせいで考えても実にならないことに思いをはせてしまうのだろうか。

 今日も肩を落として通勤電車への道のりを足早に歩く。


「閉まるドアにご注意ください~」

 この車内アナウンスは、「これ以上乗るな!重量オーバーだはげ!」と脳内で置き換えているため、この電車には乗らないことにした。だって、まだはげじゃないし。てか女だからはげる予定はないし。

 一人で謎の言い訳をしながら満員電車を見送る。

 満員電車を見送った後にもかかわらず、相変わらずホームはごった返している。いつも早めに家を出ているため時間は気にしなくても大丈夫だが、会社についてから一息つく時間が減ってしまう。

 そんなことを考えていると、肩を叩かれた気がした。人のごった返したホームのため気のせいかと振り返らなかったが、再びポンポンっと、柔らかく肩に触れる感触がした。

 気のせいではないと確信し、振り返るとそこには私の上司にあたる道永さんが立っていた。

「おはよう。いつも早いね」

「お、おはようございます。道永さんこそお早いですね」

 笑顔で当たり障りのない挨拶を交わす。さりげなく私の隣にきて電車を待つ道永さん。

 嫌味なくグレーのスーツを痩身にまとい、さらっと柄物や色物のネクタイを合わせている姿が印象的だ。顔が整っている方か、と言われれば際立つわけではないが、前髪を軽く上げてワックスでセットしており、清潔感で大人の男性オーラを醸し出している。おしゃれさんなのか、ネクタイの柄は日によって変化しているが、どれもスーツによく似合っている。今日は同系色に青色の小紋柄のネクタイを締めている。彼女さんのチョイスかな、とネクタイを見るたび少し肩を落としている自分に気が付く。

 ふと、反対車線のホームに目をやると、一人見覚えのある立ち姿の女子高生がいた。

 茶色のセーラー服を身にまとい、学校指定のスクールバックを肩から提げ、もう片方の肩には中学生から使い続けている手提げをかけている。間違いない、妹の小豆だ。

 小豆もふいに顔を上げ、こちらに気付いたようだ。私は小さく手を振りながら、なんとなく道永さんから距離を取る。妹も小さく手を振り応える。意思疎通もつかの間、すぐに反対車線の電車がホームに滑り込み、妹の姿は消えた。

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