第二章 幽霊少女(4)

    ○


「はあ、はあ……ものすごく疲れた」

 撮影のあと、亮介はぐったりとしていた。

 一時間ほどコスプレの撮影に付き合っただけなのに、とんでもない疲労感だった。もちろん肉体的ではなく精神的な疲労である。

「それにしても桜宮、すごかったな……」

 素の瑞穂からは考えられないような過激な誘惑に、終始ドキドキさせられてしまった。

 着替えを待っている今でもまだその余韻が残っているほどだ。

 涼香というキャラに外見だけでなく内面も変身していた、ということなのだろう。

 コスプレをすると別人のように変わる瑞穂だが、コスプレ中でもカメラを向けられているかどうかで違った姿を見せることに亮介は気づいた。カメラがないときは明るく快活な姿を見せる一方、被写体になったときはスイッチが入ったようにキャラに「なる」のだ。

「お……お待たせ、しました」

 亮介が色々と考えていると、そこで元の私服姿に戻った瑞穂がひょっこり出てきた。

 か細く、小さな声。いつもの瑞穂である。

 しかし先程の撮影を忘れることができず、亮介は少しぎこちない態度になってしまう。

「えっと桜宮、これからどうする?」

「そ、その……写真、確認しませんか?」

「お、おう。そうだな」

 というわけで二人で部屋に戻り、ベッドを背もたれにして隣どうしで床に座り込んだ。間にスマートフォンを置いて撮った写真の一覧を次々に表示していく。

 十分ほどかけて、最初から最後までざっと見ていった……のだが。

 ラスト一枚が終わったところで隣を見ると、瑞穂は、ちょこんと小さく体育座りをしてひざと膝の間に顔をうずめてしまっていた。

「ど、どうした桜宮?」

 今まで見たことないほど、耳や頬が赤くなっている。

 まるでもぎたてのいちごのようにきれいな赤色に染まっていた。

 少ししてちょっとだけ顔を上げた瑞穂は、不安げなひとみを揺らしていた。

「あ……あの」

 そして、いつもにまして震えた声。

「も、もしかして……わたし、ものすごくハレンチなことをしてたんじゃ……」

 どうやら改めて自分の振る舞いを思い出してしゆうしんが爆発してしまったようだ。恥ずかしくて耐えられないといわんばかりの様子だった。そしてその問いかけには、亮介も苦笑で返さざるを得ない。

「まあハレンチというか、びっくりはしたな」

「ご、ごめん……なさい。嫌な思い、させてしまいましたよね」

 すると瑞穂はがっくりと肩を落とし、目を潤ませてしまった。今にも泣きだしてしまいそうな様子だ。

「わ……わたしにあんなことされて、き、気持ち悪いとか……も、もう撮影に付き合うのは嫌だとか……」

「思ってない思ってない! そりゃあちょっと困ったけど、もう撮影は嫌だとかそんなこと全く思ってないしまた今度撮影やるなら喜んで付き合うから!」

「ほ、本当、ですか」

「そもそも桜宮みたいな可愛い女の子にああいうことされたって、気持ち悪いなんて思うわけないだろ! むしろその逆だって!」

 本格的に落ち込んでしまっている瑞穂をフォローするために慌てて色々とまくし立てた亮介だが、最後のは失言だった。瑞穂は一転して驚いたように目をぱちくりすると、おそるおそるといった感じで尋ねてきた。

「それはその……エ、エッチな気分になったってことですか」

「ち、違う違う! そういうことじゃなくて……そう、そもそも桜宮のことを異性というかそういう目で見てないしエッチな気分になんて断じてなってないぞ!」

 思い切り図星をつかれてしまい、それを否定するため更に早口になる亮介。

 しかしそうすると、瑞穂は微妙な表情を浮かべて黙り込んでしまう。

 そうしてしばらく場に静寂が流れる。何となく気まずい雰囲気になってしまったので、亮介は何か別の話題を持ってこようと考えて口を開いた。

「そ、そうだ! この前撮った写真、Twitter に投稿してたな」

 と、瑞穂は顔を上げて相好を崩した。

「は……はい。み、見てくれたんですね」

 亮介が撮った写真は瑞穂の手によってレタッチ、つまり多少の加工をしたうえで投稿されていた。

 コスプレイヤーの写真というのは無加工で投稿されることはなく、大なり小なり加工されるのが普通だ。イベントで撮った写真を本人に渡すときは加工するのがマナーだし、加工なしの写真をSNSに投稿するのは御法度である。

 それはひとえにコスプレの再現度を高めるためだが、中には加工しすぎて空間がゆがんでいるなどとされることもある。

 瑞穂の場合は加工ゼロで出しても問題ないほど完成度が高いのだが、そこから更に微調整を加えることで安定して大きな反響を集める圧巻の仕上がりとなっているのだ。

「それで次は何を撮るとか決まってるのか?」

「あ……そ、それなんですけど」

「ん? どうした?」

 少し言いにくそうにする瑞穂。どうしたのだろうと不思議に思った亮介だが、するとそこで瑞穂は自分のアカウントに届いているダイレクトメッセージを見せてきた。

「これは……誘いか?」

 文面を読んでから、亮介はそう口にした。

 メッセージを送ってきた相手もコスプレイヤーらしく、アカウントのプロフィール画像はコスプレ姿だった。

 瑞穂は補足するように口を開く。

「こ、この前の夏コミで知り合った方なんですが……併せをしないかって誘われまして」

「併せ?」

「あっ……えっと、同作品のキャラを複数人でコスプレすることを併せっていうんです。わたしはやったことないですけど、コスプレの楽しみ方としてはわりと一般的で」

「なるほど。それで、併せをやりたいのか」

「(こくこく)」

 以前教えてもらったが、夏コミで瑞穂がコスプレしていた『モノクローム・コンバタント』は白魔術士のヒロイン・ミリアと黒魔術士の男主人公・ニゲルが共闘する物語である。その二人で併せをしようというのが相手の申し出らしい。

「それなら返信してあげればいいんじゃないか? ぜひやりましょうって」

「そ、それは……そうなんですが」

「何かまずいことでもあるのか?」

「その……ほとんど初対面の相手なので、ちょっと怖くて」

 瑞穂いわく、今までも併せの誘いを受けたことはたくさんあるらしい。

 併せで撮影をしてみたいというあこがれはあるのだが、着替えや行き帰りのタイミングなどで素の自分を見られてしまうことへの不安の方が大きく、どうしても実現に踏み切れないでいたのだという。

「でも、もし最上くんが一緒に来てくれるなら……大丈夫な気がするんです」

「なるほど」

「なので、もしよろしければ……来て、いただけませんか?」

 遠慮がちに、そんなお願いを口にする瑞穂。亮介としては断る理由もなく、すぐに首を縦に振った。

「わかった。俺も行くよ」

「あ……ありがとう、ございます」

 瑞穂は本当にうれしそうに破顔する。

 それを見て亮介もほっこりした気分になっていたのだが、そのあと相手の写真を見せてもらって少しだけ複雑な心境になってしまった。

(……そういえば相手、男なんだよな)

 黒魔術士ニゲルの性別は、男である。そして相手のコスプレ写真を見たところ中性的な美少年といった雰囲気だった。

 そんな美少年と瑞穂が二人で楽しく撮影に興じている様子を思い浮かべて微妙な気持ちになってしまうのは、自分が狭量すぎるのだろう。もともと、亮介と瑞穂の関係などコスプレ撮影を手伝うというだけの間柄なのだから。

 その後瑞穂はすぐにメッセージを送り、とんとん拍子に話が進んだ結果、一週間後にコスプレスタジオで併せ撮影をすることが決まったのだった。


------------------------------


試し読みは以上です。


続きは2022年3月1日(火)発売

『SNSで超人気のコスプレイヤー、教室で見せる内気な素顔もかわいい』

でお楽しみください!


------------------------------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SNSで超人気のコスプレイヤー、教室で見せる内気な素顔もかわいい【増量試し読み】 雨宮むぎ/角川スニーカー文庫 @sneaker

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ