第2話 息子正人を襲ったレイプまがい犯罪
俺は、正人が警察沙汰になるようなワルを仕出かすとは想像もしたことがなかった。
俺は、思わず正人の胸ぐらをつかんで問いただしたかった。
「おい、正人、お前、もしかして家出中、不登校の行き場のない連中と付き合っているのか?」
無言のままだった正人が、口を開いた。
「違うよ。そんな知り合いなんていやしないよ。でも、アルバイトの面接で出向いたマンションの一室で、脅迫まがいの婦女暴行が行われてたんだ」
警官と俺は、思わず同時に発言した。
「なんのアルバイトだ?!」
正人は、ようやく元気を取り戻したようだ。
「パソコンの操作だよ。時給千五百円貰えるっていうから、さっそく応募したんだ」
俺は、想像上のことを口走った。
「わかった。出会い系サイトのサクラだろう。あれは詐欺罪に当たるんだぞ」
正人は、反発した口調で言った。
「違うよ。ただ暗号のようなランダムなアルファベットを画面に打鍵していくんだ。
ただし、内容は僕にもチンプンカンプンだ」
警官が口を開いた。
「具体的にどんな内容なんだ。文章になっているのか?」
正人は答えた。
「内容は僕にもわかりません。携帯から言われるACFGHとか、数字とアルファベットをランダムにパソコンに打鍵していくだけです」
俺が推測するに、多分素人には判断しにくい暗号だろう。
特別のソフトが用意されてあって、素人には判別できない仕組みになっているのだろう。
オレオレ詐欺の一種かもしれない。
そして警察にマークされた時点で、高校生を共犯に仕立て上げようと思っているのだろう。
「僕はその仕事を、一週間実行しました。あなたは、打鍵スピードも速いし、正確さも一番だから期待していると言われ、喜んで給料を取りにいったのです。
そうしたら、仕事場とは違うデザイナーズマンションの一室に案内されたんです。なんとそこには二十歳くらいのヌード姿の女性が僕の隣に座り、いきなり『このガキの高校生が、私をレイプして恐喝した』なんて大声で叫び、一万円の札束を僕の股間に押し込んできたのです」
まるで、サスペンスドラマのような世界である。
俺も警官も半ば呆れたような顔で、正人の話を聞き入っていた。
「僕は思わず、部屋から出ようとしましたが、外から鍵がかかっていたのか、逃げられませんでした。気が付くと後ろからみぞおちを殴られ、気を失って
いました。見回すとヌード姿のその女性も倒れていました。僕は、一万円の札束を置いてドアをこじ開けて逃げ出しました」
警官は尋ねた。
「何分くらい、気を失ってたんだ? そうして、開けられなかった筈のドアが、今度は簡単に開いたのか?」
「僕が思うに、多分三十分くらい倒れていたと思います。
そしてなぜか、初めはドアノブが動かなかったために開かなかったのに、二度目は簡単に開きました」
警官は長所を取り始めた。
「そのアルバイト先の資料を持ってるか?」
息子は黙って、求人広告を差し出した。
なるほど、繁華街から二駅ほど離れたマンションの名前と‘入力業務募集、有限会社トライ’と一見、家庭教師募集を想像させるような、求人広告が名売っている。
「一応このことは今のところ、学校には通報しませんが、後日現地確認できてもらいます。本日のところはお引き取り下さい」
俺と正人は、警察署を後にした。
「おい、警察から電話があったとき、びっくりして心臓がとまりそうだったぞ。
ところで正人、さっき警察に話した内容は、事実なのか?
まるでサスペンスドラマみたいな話だったぞ」
正人は、少し怒ったかのように言った。
「事実だよ。俺も知らなかったんだ。時給千五百円の求人広告につられて応募したらこの始末だろう。連れもバイトしてる奴いるけど、俺だけだよ。こんな妙な怖い目にあったのは」
俺は、思わず正人に尋ねた。
「ところで、正人の連れは、どんなところでバイトしてるんだい?
だいたい高校生のバイト先といえば、ファーストフードか新聞配達くらいんものじゃないか」
正人は即座に答えた。
「あのねえ親父、時代錯誤だよ。新聞配達は、全日制の高校生は採用しないんだよ。今はどこの新聞社も競争だからな。特に朝刊など遅刻されたら困るからな」
「ふーん、俺たちの時代は俺も含めて朝刊配達をしてる奴、結構いたからな」
「ひと昔以上前までは、スーパーのレジとかしてる奴が多かったけど、今は高校生はレジをさせないところが多くなってるんだ」
「なるほどな、時代はどんどん変化してるんだな。ついて行くの大変だな」
言ってしまってから、俺ははっとした。これ、完全に時代遅れのおっさんのセリフである。
こんなセリフを吐いているようじゃあ、再就職も難しいな。
「なかには、騙されて風俗のバイトをした奴もいたよ。継続しなければ高校に通報するなんて脅されて、それが怖くて家出をして行方不明になった奴もいるよ」
「まるでオレオレ詐欺の受け子の世界だな。しかし高校生が風俗バイトとは、ホストクラブか?」
「違うよ。ホストクラブは今、警察の規制が厳しいから、身分証明証がなければ絶対に来店させないんだ。一見、まとも風で、陰ではアウトロー系がオーナーだったりするバイトだよ」
「要するにフロント企業か。しかし、半グレだったらタトーを入れてるから、一見したところわかるんじゃないか?」
俺には想像もつかない。今は普通の子が騙され、悪の世界に組み込まれるという。
格差社会の昨今、金銭以外に、あなたには隠れた才能があるとかとおだてられ、そのワナにひっかかる人は、いつの時代も後を絶たない。
「たとえば、メイド喫茶のバーテンとかさ、ネットレディのサクラとかさ」
「ああ、ネットレディだったらスポーツ新聞によく掲載されてるな。三十歳くらいの落ち着いた女性が、中年男性の話し相手になりますと名売っていうが、あれも結局はサクラなんだなあ」
「うん、親父の言う通り。言いにくい話だけどさ、ネット上でヌードになったりする女の子がいて、それにコメントやトラックバックを送ったりするサクラだよ。
もっといいとか、〇ちゃん、最高。今度デートしてとかね」
全く、高校生をそういうことに利用するなんて世も末だ。
警察は、そういうことを黙認しているのだろうか。
「実はああいうバイトって、時給二千円とかってうたってるけどさ、本当は歩合制なんだ。売上の二割くらいしかもらえないんだ。なかには、売上ゼロだから給料もゼロという子もいるよ。そういう子は、売上を上げるためには、もっと過激なエッチを要求され、それが昂じると、もう自分自身がそういった世界から逃れられなくなり、まわりの友達とも話が合わなくなり、結局そういう世界にしか、住むことができなくなるという悪循環に陥るんだ」
俺は思わずため息をついた。
「まるでタトーというスティグマを貼られた、アウトローの世界だな。自分にやましいことがあるから、親にも相談できず、警察にかけこむと逮捕される危険性があるから、泣き寝入りになってしまう。全く金が幸せなんて考える奴にかぎって、ロクな目にあったりしないな」
俺と正人はやはり共感した。
正人はポツリと言った。
「学校で習ったけど、キリスト教の聖書の御言葉に『金銭を愛することは、あらゆる悪の根源である』とあるが、まさにその通りだな」
俺も今まで言っていなかったことを、正人に告白した。
「俺も今まで企業戦士だった。終身雇用制の時代は、なんとかして売り上げを上げ、会社に貢献していれば後はラクだと思ってたんだ。
俺は、無遅刻無欠勤で会社に貢献し、子会社の社長、重役にまで昇りつめた。
しかしその考えは大間違いだった。五十歳過ぎた頃、本社社長が変わることになり、俺はその社長から『あなたの能力を見込んで、一千万円貸すので、商売をしてほしい。あなたを社長名義の子会社をつくることにしたから、励んでほしい』とおだてられ、それを承諾した」
正人は驚いたように言った。
」
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