☆どんでん返し

すどう零

第1話 四十六年勤務の会社から新しい世界へと

 昨日、リストラを言い渡された。

 会社が不景気になり始めて五年という歳月がたとうとしている。

 左前の売上成績、企業というのは、利潤の追求だというが、肝心の利潤は出しているのだろうか。

 そんな疑問と黒雲が覆うような不安を抱きながらも、毎日、満員電車に揺られて出勤していたが、ついに来るべきものが来た。


 二流どころの大学を卒業して、二十三年、俺は有給休暇もろくに取らず、しゃにむに会社の為に尽くしてきた昭和の企業戦士だった。

 まあ、ひとつはその時代は終身雇用制が適用され、若い頃に多少無理をしても、六十五歳になるまでは、会社が面倒をみてくれるという、きわめて時代遅れの希望的観測があったからである。

 しかし、そんな幻想は、時代の流れとともに見事に打ち砕かれた、過去の幻と化してしまった。

 四十六歳という四捨五入すると五十代近い年齢で、俺は会社から見切りをつけられたのだ。しかし、リストラは三十代で始まっているというし、新卒でも三年以内に退社していくケースが多いなかで、俺はまだ長続きしたラッキーな例である。

 未練を引きずるよりも、感謝しなければならない。


 今日から早速職探し。

 さっそく、ハローワークへと出向いてみる。

 やはり期待通りにはいかない。正社員雇用は三十歳まで。あとは嘱託か契約社員。

 いや、それすらも四十六歳にもなると、年齢ではねられてしまうだろう。

 ふと、辺りを見渡すと、俺より若い連中が求人票に目を通している。

 まあ、新卒男子でも三年以内に退社する時代であるし、リストラは三十五歳から始まっているという。

 いずれも真剣なまなざしを通り越し、血眼になって職探しをしているのだ。

 ということは、既に何社も落ちた人ばかりなのであろう。


 結局夕方五時まで、ハローワークにいた。

 ガードマンの面接を受けようと思う。

 面接日は、三日後だが、競争率なんと二十倍。自信がないけどとりあえず、ダメもと精神でチャレンジしてみる。芸能人の如く、あくまで前向きにいかなければ生きていけない。

 意志あるところに道は開けるというが、なかばあきらめの境地で、家路についた。


 俺は、五年前に離婚をして現在は一人暮らしである。

 元妻は、美容院を経営している。

 きっかけはやはり、やはり生活のすれ違いだった。

 企業戦士だった時代、商売が軌道に乗り始めた妻と、顔を合わせるのは朝の二十分だけ。

 その間、俺は妻の心情など思いやることもせず、ひたすら妻に八つ当たりし、小言ばかり言っていた。

 おかずが口に合わない。服装のセンスが派手過ぎるなど。

 その当時は、バブル期で俺は毎晩のように、接待で高級ラウンジやキャバクラ、高級料亭などに出入りしていた。

 まあ、それと妻とを比較するのは、お門違いだが、接待に気をつかい得意先にペコペコと頭を下げる分の欲求不満を妻にぶつけていたのだった。

 今から考えると、全く稚拙でバカげたことだったと、深く後悔している。

 収入も妻の方が俺の1.5倍あったというのも、俺の気にくわない理由で、職場でも家庭でも俺のなけなしの自尊心が食いつぶされてしまいそうだった。

 一人息子が、十一歳のとき、俺たちは協議離婚した。

 息子は妻が引き取っているが、俺は月々四万円の養育費を払っている。

 しかし、それもリストラのため、先月で打ち切られそうな危機を迎えている。


 家路の途中、派手なネオンが目についた。

 「増毛サロン なにわ源氏」

 まるでホストクラブのようなロゴマークである。

 しかし、この場所は一か月前まで、俺がよく通っていた飲み屋だったはずだ。

 確か、オーナーが体調不良で一か月ほど入院するが、退院したら再開する予定である。

 それまで、待っててくれ、お詫びのしるしとして、特製ポテトサラダをテイクアウトとして差し上げますと言って、小さなビニール袋を渡されたのがつい一か月前。

 今どき、ずいぶん景気のいい話だとなかば感心しながら、黒コショウの効いたポテトサラダをほおばっていたが、あれはオーナーの最後の見栄だったんだなということに、今初めて気がついた。


‘当店は美容院ではありません。育毛、増毛をいたします。

当店自慢のイケメン美容師がヘッドマッサージをしながら、ソフトドリンクで接客いたします。老若男女大歓迎です’

と名売っている。

 なるほど、世の中にはいろんな商売があるものだと、俺は感心していた。

 しかし、なんだかホストクラブのようなロゴマークである。

 俺は、しげしげと説明書きを読んでいた。

‘まず、当店自慢のイケメンマッサージ君と、髪の悩みについてお話させて頂きます。五人くらい回りますので、どなたか好みの人を、ひとり選んで頂きます’

 なんだ。これはホストクラブ調の養毛サロン編か!?

‘当店のイケメンマッサージ君は、当店独自の方法で、増毛した人ばかりです。

薄毛の悩みって、異性に言えるものではありませんよね。

 でも、同性になら気軽に愚痴をこぼせるし、マッサージ君と一緒に増毛していこうとするサロンです。

 当店は、アルコールは置いておりませんが、増毛の効果的な漢方薬を飲みながら、その人に合ったマッサージをさせて頂きます’

 その右には、マッサージ君の増毛前と、増毛後の写真がでかでかと掲載されている。

 二十五歳くらいの男だろうか。まあまあのイケメンだ。

 増毛前はつむじのあたりが薄かったが、増毛後は、ふさふさと盛り上がっている。

‘当店は、漢方薬とマッサージというきわめてシンプルな方法で増毛していきますので、副作用もないし、過剰な料金など一切頂きません’

 本当なのだろうか?

 薄毛やハゲなど、人間の弱みに付け込んだ新たな悪徳方法ではないのだろうか?

 しかし、サロンは観葉植物が置いてあって、照明も落ち着いたオレンジ色である。

 一度、行ってみる価値はありそうである。


 ひとりきりの部屋には慣れている筈なのに、今日に限ってふと不安感がよぎる。

 これから俺、どうやって生きていったらいいんだろうか。

 もちろん、明日もハローワークへは行くが、道は開かれるのだろうか?

 うつうつとした気分を吹き飛ばすために、焼酎のお湯割りを飲もうとしたそのときだった。

 けたたましく鳴る電話の呼び出し音に、不吉な予感がした。

「もしもし、結城和人さんですね。今井良人君をご存じですね」

 良人は俺と元妻との間の一人息子だが、養育権は元妻にあるので、苗字は元妻の旧姓を名乗っている。

 現在は、普通科高校の一年生である。

「警察です。そちらの息子さんが、覚醒剤と婦女暴行で補導されました。保護者として、良人君のご連行願います」

 もしかして今流行のオレオレ詐欺? いやそうであってほしいと願いながらも、左手に持っていたグラスを落とした。


 そんなバカな。

 俺の息子は進学校に通い、成績も学年十番以内だった筈だ。

 そんな俺の自慢の一人息子が、覚醒剤と婦女暴行などというチンピラまがいのことをやらかすとは、人違いではなかろうか。 

 俺は、警察署に行きながら、それが事実だったらどんなにラクかと期待していた。

「結城和人さんですね。こちらが、息子さんの今井正人君に間違いありませんね」

 警察署に出向くと、いきなり取調室に通され息子と面会させられた。

 約二か月ぶりの面会である。


「息子さんは婦女暴行と恐喝の容疑をかけられています。父親として、心当たりはありませんか」

 俺はとっさに答えるしかなかった。

「正直申し上げますと、私は十年前に離婚しまして、現在は正人とは別居していますので、心当たりなどある筈ないでしょう。それより、元妻の方が息子と同居している関係上、息子の管理は元妻に任せています」

 警官が、重々しい口調で発言した。

「一応、正人君は容疑を否認していますが、そういった場所に居合わせたのは認めています」

 俺は思わず、正人の胸ぐらをつかみたいのを我慢した。

 

 


 

 

 


 

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