第3話 正人の新アルバイトと親父の起業失敗

 正人は答えた。

「親父、考えが甘いんじゃないか。起業なんてそう簡単に成功しないよ。

 俺たちの高校でも、もうすぐ起業の授業をするが、最初は赤字のケースが多いというよ。まあ成功するのは、千人に一人じゃないか。

 また、女性で結婚相談所を経営している人がいるが、その女性は小中学校を通じ、九年間友達のいないいじめられっ子だというよ。なんでも、昼休みはダッシュで図書館に行って読書をしてたんだって」

 俺は、納得したようにうなずいた。

「そういえば俺は、上司にペコペコし、女性主任に反感を持ち、女性の能力をあまり認めようとはしなかったな。女性というのは、男性の下に立ち、仕事以外に掃除をするのが当たり前だと思っていた」

 正人は言った。

「親父、今の時代にそれをいうと、立派な時代遅れのセクハラ親父ということになり、全女性を敵に回すことになりかねないよ。それに今は、男性でも掃除機をかける時代だよ。政治家と経営者は敵が多いからな。

 今の時代だったら、少し活躍しようものならたちまちネット炎上するが、こういう場合は弁護士に任せるしかないみたいだな。親父、顧問弁護士を雇った方がいいよ」

「それもそうだな。だから俺は、週刊誌などマスメディアで聞きかじった、どこまで本当かどうかわからないことをネットで書かないことにしてるんだ。

 まあ、マスメディアというのは、いくら本人が内緒にしておいてくれと頼めば頼むほどこれが真実に違いない、真実見つけたとばかり、公表するけどね。

 それがネット炎上し、果ては自殺者まででる時代だからな」

 俺は、正人のための用意しておいたタオルハンカチを渡した。

 すると正人は、薬局の割引券をくれた。

「親父、頑張れよ。まあ、俺もだけどな。また落ち着いたら飯でも食おうよ」 

 そういって、正人は手を振りながら俺を見送った。


 正人と別れた俺は、少し後悔した。

 俺はなぜ素直に元妻であった律子の意見を、聞き入れようとはしなかったのだろう。

 律子の意見は正論だとわかっていても、いや正論だとわかっているからこそ、かえって反発してしまい、まるで母親に甘えるバカ息子のようだったと今更ながらに後悔している。

 正人が非行に走り、人の道を踏み外したら、元妻であり現母親である律子を、お前の監督不行き届きで、正人がそうなってしまったんだと責めることを意味している。

 そうしたら、律子はそれを正人に八つ当たりするかもしれない。

 女性は感情を抑えるのが下手で、ストレートだからな。

 こういう場合は、男は黙ってガマンするしかない。


 一応正人は、無罪放免になったらしいが、警察は正人のインチキエッチバイト先トライを調査し始めた。

 多分、陰ではアウトローが絡んでるのだろう。

 犠牲者になるのは、いつも女性か未成年である。いずれも、大人の甘い言葉に弱いということが共通点である。

 俺は思わずいたたまれなくなり、正人に電話した。

「おい正人。こんなことでめげるなよ。人生は長い。お前はまだ、未成年だ。

 世間勉強をしたと思えばいい」

 正人は、笑いながら答えた。

「んもう、親父、まるで学園ドラマのヒーロー教師みたいなセリフだな。

 ところで、親父の方は元気なの? 最近、リストラの嵐が吹き荒れてるみたいだけど、親父は大丈夫なのかい?」

 忘れたというより、無理に忘れようとしていた。

 俺は今、休職中の身なんだ。

「俺の方は、なんとかするよ。正人に迷惑をかけるようなことは、絶対ないからな。正人は、目の前の受験のことだけを考えてればいいんだよ」

「そういうわけにもいかないよというか、そんな時代はもうとうに終わったんだ。

 だって、大卒や専門学校卒でも、半分は就職がない時代なんだぜ。

 しかし、親父、保証人にだけはなるなよ。連帯保証人のなかには、根保証といって、たとえば自分では百万円の保証人のつもりが、実は相手方は借金が一千万円あって残りの九百万プラス利子まで払うというケースもあるから、気をつけなよ。

 借金取りは、親父の会社ばかりではなく、身内である俺とおかんのところまで来るからな」

 俺はちょっぴり正人の成長が嬉しく、誇らしくなった。

「そんなこと、とっくに知ってることだよ。しかし正人、民法でも勉強してるのか? ずいぶん博識だな。この調子で律子を支えてやってくれよ」

 そういって俺は電話を切った。

 まったく、息子は頼もしくなった分だけ、俺は確実に年を経ている。

 さあ、再就職の道を探索しなきゃな。


「お待たせしました。結城和人さんですね。年齢は四十歳を超えておられますね」

 いきなり、面接官は年齢を持ち出した。

 無理ないだろう。俺以外の人は、皆三十五歳未満なんだから。


 今までの仕事内容とは畑違いの小さな運送会社に面接に出掛けたが、なんと二十倍の競争率である。

 一応、大学時代、ドライバーのバイトをしていたことが、面接へとこぎつけた。

 しかし、時代は変わった。

 ドライバーというと、昔はトラックの運ちゃんという形容通り、四十歳以上のおじさんが相場だったが、現在は若い人が中心である。

 時代の流れとしか言いようがない。

「単刀直入に申し上げますが、結城さんの年齢ではドライバーは少々遅いですので、荷物の仕分けとドライバーの補助をお願いしたいんです」

 げぼっ、大学時代俺もしたことがある。

 荷物の仕分けというと、力仕事でかなり体力を要する。

 ドライバーの補助という、弁当を手配したり、苦情処理専門のお供をしたり、まあいわば運送会社に変われた小間使いのようなものである。

「今までは、掃除婦を雇っていましたが、経費節減のために打ち切りました。

 だから、朝は七時半に来て事務所の掃除もして頂きます。

 わが社のような小規模な会社は、臨機応変にいろんなことをできる人を求めていますが、そういう人こそ、会社にとって縁の下の力持ちのような必要な人材です。

 そしてこの体験は、人生のピンチに陥る羽目になっても必ず役に立つと信じております」

 なるほど、ドライバーの世話をする役目なのか。

「結城さんは、一人暮らしが長いようですので、家事は得意な方だと判断させて頂いています。今までは、こういった仕事はいわゆる女性の雑用でしたが、運送会社は、男性中心の世界なので、セクハラやパワハラなどと騒がれるのは困りますので、あえて男性を選ばせて頂きました。

 これからはOAからAIの時代、OAもAIもそれによって手作業を奪われる人は、これから出てくると思いますが、AIにはなくて生身の人間に備わっているものは、臨機応変さと人情の温かみだと確信しています」

 俺は一瞬ピンときた。

 セクハラ、パワハラなどと騒がれては困るというのは、過去にそういった事実が発生し、その二の舞を踏まないために、男子を雇用することにしたのだろう。

 とんだ男女雇用均等法である。


 面接官は俺に尋ねた。

「いかがですか。仕事内容は納得していただけましたでしょうか?」

「はい。ぜひ働かせていただきたいと思っています」

 俺は、藁にもすがる思いで答えた。

「仕事内容としてもうひとつ付け加えたいのですが、簡単な調理をして頂きたいのです。一応、当社は宅配弁当を注文していますが、なかにはそうでない簡単な一品物を作っていただきたい。まあ、これはご本人次第ですが」

「はい、一人暮らしなのでまあ調理には慣れております」

 面接官は、納得したように俺に答えた。

「そう言っていただける方が、あと七人ほどいらっしゃいますので、その中から選考させて頂きます。結果は、追ってご通知いたします」

 俺は一礼してドアを閉めた。




 

 

 


 

 

 

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