第9話 お邪魔します

「では行くか、白よ」

「待て狐。明らかにあんたの突貫工事のせいで寒空の下に放置された人を置いて行こうと言うのか?」

狐が、何やら寝言を呟いている女性を気にも止めず進もうとするのを静止する。

「どうせしばらくは起きんじゃろ、放って置くのが一番じゃ」

「えぇ・・・・」

可哀想すぎる。

「約束の時間に遅れてしまうのでの。後に詫びるさ」

そう言って、彼女に目もくれず歩みを進める狐。

「ほれ、さっさとこい」

可愛そうだなとは思いつつも、今起こせば面倒になるという予感もあったので、心のなかで名も知らぬ彼女に詫びて狐の後についていく。

 

 

社から出てしばらくして

「今日の仕事についてなのじゃが、何か聞きたいことはあるかの?」

と口を開く。

「聞きたいことって、何をするのかもわからないのに聞きたいことなんてないぜ」

「そうか、では質問は無しと言うことじゃな」

「待って」

カッカッカと笑い声を上げる。

「冗談じゃ、ちゃんと教えてやる」

「そりゃ良かった」

仕事を手伝うにしても、何をするかぐらいは教えて貰えないと色々困る。

「天狗の説得じゃ」

「天狗?」

これまたメジャーな妖怪だな。

「うむ。近頃天狗が人間や人間崩れを攫っては食っておっての。それを止めてもらいに行こうと話し合いに行くのじゃ」

「人を食べちゃダメなのか?」

君、僕のこと食べてませんでしたっけ。

「いや、別に人を喰らうことは咎められぬ」

「じゃあどうして止めてもらうのさ、大丈夫なら放置しておけば良いじゃん」

人間程数が多い生命体もそうはいないだろう。むしろ、その個体数を減らしてくれるのであれば万々歳なのでは?地球に優しいし。

というか、人を喰らう狐が、天狗に人を食うのを止めろというのも何か変な感じだ。

「普通はそうしておくのじゃがのぅ。最近ヤバい奴がここらをうろついておるから、其奴に我ら妖怪が目をつけられぬようにせねばならぬのじゃ」

「ヤバいやつ?」

無から有を作り出す、等価交換の法則に全力で抗うことのできる狐が言うヤバいやつってなんなんだ。

「なんじゃと思う?当てられたら妾の唾液でもやろうかの」

「んー。そのヤバいって強いって意味であってる?」

「そのとおりじゃ。恐らく妾と同等、あるいはそれ以上といったところかの」

「その言い方だと狐は強いみたいだけどさ、どのくらい強いのさ」

ふと疑問に思ったことを口に出す。

「ふむ、封印された妾ではあるが、調子が良ければ山一つ消し飛ばすぐらい造作もないの」

「物騒だなぁ」

山を消すって。終盤に入ってインフレした少年漫画じゃあるまいし。

「んー。じゃあ、鬼とか?なんか鬼って響きが強そうだし」

「ふむ。まあ鬼と言えなくも無いが、違うの」

「じゃあ、ケルベロス」

「それは日本在住の方ではないのぅ」

違ったか。強そうな妖怪と言ったらそれぐらいしか出てこないのだが。あ、ケルベロスは妖怪じゃないか。

「わかんねー。正解はなんですか」

「諦めが早いのう」

やれやれと大げさに身振りをする。最近の若者は熱しやすくて冷めやすいのさ。

「正解はじゃな」

「へい」

「人間じゃ」

人間?全く予想できなかったね、それは。

「山消し飛ばせるタイプの人間とかいるの」

「残念ながらいるのじゃよ。恐らく退魔師的なやつじゃろうな」

「はえー。この世界怖いなぁ」

「不死身の元人間が言うようなセリフでは無いのう」

そんな人間がいるのか。本当に物騒な世の中だ。

「からかおうとした妖怪共が住処の山ごと消し飛ばされてのう、恐ろしい事この上無いのじゃが、そんな人間がここらをうろついているのじゃ」

「それで、その人間に目をつけられない為に、天狗に大人しくしてもらおうというのが今回の依頼なんだね」

「うむ」

なるほどな。確かにそんなヤバいやつの反感を買って、ここらを消し飛ばされてはかなわないだろう。そのために本来人を食う妖怪に行動を抑えてもらうというのが今回の仕事の内容か。少し見えてきた。

「待てよ、じゃあなんでそんな状況で狐は僕を食べたんだ」

「・・・・・・・・」

僕が狐の顔を見ようとすると、プイッとそっぽを向く。

「おい」

「違うのじゃ」

「何が違う」

狐、僕を食べたよね。

「まあまあそんなくだらない話は置いておくのじゃ。今は、天狗について情報交換をするのが大事なのじゃ。余計な話はしないでおくのがよいのじゃ」

分かりやすく話をそらしたのじゃ。

「天狗の名は犀禍(さいか)。好奇心旺盛な雌の天狗じゃ。この森の西側の巨木の上に巣を作り暮らしておる。たまに気を利かせて肉を分けてくれるような、まあ気の良い娘じゃ」

「気のいい女の子なのか。じゃあお願いするだけの今回の仕事はとても楽なのでは」

相手の気が難しかったりすればまた話は違うだろうが、性格が良いのなら対して苦労しないのではと思う。

「それがそうもいかなくてのう。犀禍は話を聞かぬ、というか頭が悪すぎて言葉をあまり理解できぬ。やって良いことと悪い事の区別がつかぬのじゃ」

なんとも酷い言われようだが、彼女の疲れた顔を見る限り、過去に色々あったのだろうと予想がつく。

「馬鹿じゃから行動が読めぬ。故に犀禍の居場所もわからぬ」

「住処があるんだったらそこに行けばいるんじゃないの?」

「巣とはいっても、ほとんど餌を蓄えておく食料庫みたいになっておっての。眠くなったらどこだろうが構わず寝るようなやつじゃから。場所がはっきりとはわからぬのじゃ」

それじゃあ、見つけるのは果てしなく困難なのでは。この広い森を手当たりしだいに歩いて探すのでは現実的ではないだろう。

「そのとおりじゃ。じゃから、少し道草を食う必要がある」

狐が前を指差す。見てみるとそこには「占書館」と看板が立てられている、大きな、国会議事堂並の大きさの洋館があった。なぜ森の中にこんなに大きな洋館があるのだろうか。

「道草って、あれ?」

「その通りじゃ」

近づいてその建物を観察する。こんな山奥にあるにも関わらず、清潔感を保って構えるその建物からは、どこか威厳のような何かを感じられた。

「では入るとするか」

入り口と思わしき扉に狐が近づく。すると、手押し式の扉が一人でに開き始める。

「まさかの自動ドアか」

山奥なのに。

「何を言うておる。ほれ、早くついてこい」

狐の後を追う形でその占書館に入る。

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