第8話 いい朝だよちくしょうめ
宙を舞う。
あまりの高度に、思わず足がすくむ。
「狐も良い所あるじゃん♪こんないい男某にくれるなんてな〜」
僕を掴んで運ぶ少女、現在進行系で僕に素晴らしい空中遊泳を体験させてくれている少女が上機嫌そうに呟く。
「もう少しで巣だからしばらく待てよ〜?すぐに気持ちよくしてやっからな〜」
「気持ちよくって、なんかもてなしとかしてくれるの?」
「おうともよ!私と子供作る男はいつも気持ちようにしてるからな〜楽しみにしとけよ〜」
なるほど。
「誰か助けて・・・・・・・・」
消え入りそうな声で呟くが、こんな上空、誰にもその声が届くことはない。
どうして、こうなったのだろうか・・・・・。
003
鳥だろうか、何かが鳴く声で、目を覚ます。
昨日眠った体制と変わることなく、狐にガッチリとホールドされている。体を動かそうにも、腕の中から抜け出せないので、大人しく狐が起きるのを待つ。
「狐ー。朝だぜー?起きろーー」
返事はない。スースーと寝息を立てたまま微動だにしない。
その時、グーッという気の抜けた音がなる。
「・・・・・お腹へった・・・」
お腹が情けなく鳴る。おかしい、食事は一週間に一回ぐらいで良いって言ったのにもうお腹が減った。
「なんか食べようにもなぁ」
昨日いきなり料理を作れと言われた際に、こっそりつまみ食いをしたのだが、口にしたものが不味くて思わずその場で吐き出してしまった。なんか、大自然(土)の味がした。
「でも狐の唾液は美味しかったんだよなぁ・・・・。なんか人間じゃなくなったって言ってたけどもしかして人間から変態にランクアップしたのかな」
ランクダウンしてるじゃねぇか。
「あ、ダメだマジでお腹へった・・・」
軽口を言う体力すらない。何かを口にしたいが、食べるものなどあるはずもなく・・・・・ん?
よく考えたら目の前で食料が寝息立ててんじゃん。
幸い頭は動かせる。口の中の唾液をなめ取れば・・・・
「まて、落ち着け僕。それはまずいって、色々やばいって」
人としてやってはいけない行為だ。と冷静になろうとするが、そんな思考を空腹感が遮る。
・・・・・・背に腹は変えられない。
バレなければいい、狐が起きないように済ませれば良い。
「・・・・・・・・」
可能な限り音を立てず首を動かし、狐の口元に顔を近づける。
良心が僕がこれからなさんとする行為を必死に止めるが、飢餓感がそれらすべてを消し去った。
「ん・・・。おはようじゃ、白。よく眠れたかの?今日から辛い労働の始まりじゃが共に・・・ってどうしたのじゃ。何故泣いている」
「ははははは。いやー悪い夢を見てね。怖くて泣いちゃったよ」
「そうか。全く夢ごときで泣くとは情けないのう」
と、呆れたように言いながら、僕の頭を撫でる。慰めてくれているのだろうが、余計に涙が出そうになる。
「さてと白よ。腹が減った。今すぐうぬの体を差し出すか何か作ってくれるとありがたい」
「じゃあ後者を選ばせてもらおうかな」
「ふむ。それは少し残念じゃが、まあ出来栄え次第で納得してやらんこともない」
「うーす。がんばりまーす」
「ほい、召し上がれ」
「ふむ。面白い見た目をしておるな」
相変わらず野菜しか無いが、ありあわせのものでとりあえず一品だけ作ってみた。
「ポテトサラダだ。ベーコンとか無いから肉抜きだけど我慢してくれ」
「別にうぬの肉でも構わぬぞ」
勘弁してください。
「てかさーお米とか無いわけ?日本食に必要不可欠なんだけど」
「米は好かんのでな。貴様が欲しいなら今度用意するが」
「どうせ食べれないんで良いです」
薄ら笑いで聞いてきたのを見るに、嫌がらせで言っているのだろう。
めげずに今日も試食してみたのだが、大自然(土)の味から大自然(木)の味へと大幅な変容を迎えていた。土から割り箸に。
箸という食に一番近く遠い存在へと変容してしまったが、まあ少しは近づいた。前進はした。
「では、ありがたくいただくとするかの」
手を合わせ、食べ始める。
「ふむ。美味じゃ」
「そりゃどーも」
机の上にただ一つ置かれたポテトサラダを食べる妖怪の王という絵面はなかなかにシュールだ。
その光景を見ていた僕のお腹が、これまた情けなく鳴った。
「なんじゃ、腹が減っておるのか」
「武士は腹など減らぬ」
「いつから武士になったのじゃ。おかしいのう、話によると縁を結んだ人間は腹があまり減らぬと聞いたのじゃが・・・」
「本当?人間だったときよりめっちゃお腹減るんだけど。どうなってるのさ」
「わからぬのう。ただ一つ可能性があるとしたら、お主が人間ではないという可能性なのだが」
いやいやいや。
「僕は人間でしたよ、特別な力とか無いただの人です」
全く何を言っているのやら。僕は人間でしたよ。
この一七年間で自分を人間ではないと思ったことは一度もないね。
「そうか。何か果てしなく大切な事を忘れているような気がしてならんのじゃが、まあ良いか」
ごちそうさまでした、と手を合わせる。そこそこ量あったのにもう完食したのか、早いな。
「これから一仕事あるというのに、空腹のままじゃ辛かろうて。唾液か汗か、それとも髪の毛か、どれが良い」
「・・・・・・・絶望的なラインナップだなぁ」
今朝、心を殺して腹を満たしたのに、もう一度この決断を強いられるとは。
予想していなかったぜ。
「じゃあ、唾液で」
「うむ、分かった。では口を洗う時間をくれ」
「了解でーす」
妾が用意している間に身支度をしておれ、これより外出するのでの、と言われたので、着替えることにした。
何を着ていけばいいだろうかと、昨日狐が出した生活必需品の山から服を漁りながら考える。袴や着物など古風な物がほとんどだが、なぜかたまに現代風の服も出てくる。袴などは着方が全くわからないので、とりあえず現代のサラリーマン風に上下黒のスーツを手に取る。
「なかなか決まっておるな、良い良い」
先程下着姿のまま出ていった狐が、最初に出会った時と同じ様に巫女服を着た小柄な美少女の姿で帰ってくる。
「お褒めに預かり光栄ですよ」
「妾も用意はできた、はよう済ませて行くとするかの」
「あれ、もしかしてその姿でするの?」
「無論じゃ。外出する時はいつも子供に化けることにしておるのじゃ」
謎の拘りがお有りなようで。しかし、すると僕は自分より小さい中学生なりたての少女に唾液を分けてもらうのか。
やめよう。深く考えては心が砕ける。どうせこれから先腹が減れば食事をする必要があるのだ、細かいことを気にしていては生きていけない。
「ではの、少し屈んでもらって良いかの?」
言われたとおりに、彼女と面と向き合える高さまで姿勢を低くする。
「ではまあ、ゆくぞ」
小さな手が僕を掴む。唇と唇が触れ合う最中、狐が口を広げ、僕の中に唾液を流し込む。
口腔内に、筆舌に尽くしがたい甘美な風味が流れ込む。
「・・・ふう。こんなもので良いか?」
「・・・・あい。どうもありがとう」
礼を言うや否や、顔を背ける。
今少し意識してしまった。まだまだ未熟だ。
「どうかしたのか?まさかこの超絶美少女との接吻に理性を溶かされてしまったりしたのかの?」
「してない。あーもーニヤつかないでくれよ。年頃の男子の心の弱さ舐めるなよマジで」
狐はニヤついてからかう余裕があるというのに僕ときたら。全く、自分の未熟加減が嫌になる。
「では互いに腹ごしらえも済んだ。出発するとするかの」
狐が言うと同時に、いきなり部屋の壁に扉が現れる。
「玄関が無いとは思ってたけど・・・」
「いや昨日まではちゃんとあったのじゃがな、念の為に消しておいた」
「消しておいたって、家の玄関消すとか正気かよ。どんな理由でそれが正当化されるのだよ」
「まあ、うぬが逃げないようにするために致し方がなかったのじゃ」
え????
「ああ、いやうぬが帰りたいと言った場合にの、逃げられるのも面倒じゃから脱出を不可能にしておこうと思っての」
「めっちゃ怖いことさらっと言うね」
「細かいことは気にするな。では行こうかの」
そう言って、現れた扉に手をかける。
正直この先何が起こるか全く予想がつかない。仕事といっても何をするのかも検討がつかない。でも、胸が高鳴っている自分がいることも否定できない。未知の景色、未知の妖怪。自分の理解が及ばない世界へ足を踏み入れる、最初の一歩。少しの不安と多くの期待を胸に秘め、開いた扉の先には
「寒いよぉ・・・寂しいよぉ・・・・。なんで玄関消えてるのぅ・・・。うぅぅ・・・」
薄い緑の着物を着た、目の下のクマが目立つ幸薄そうな女性が、地面にうずくまっていた。
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