第7話 始まり
「ふう・・・。変わらずいい湯じゃの」
「・・・・・・・そうすね」
僕の願いは叶わなかった。結局普通に入ってきて湯船につかる。しかも僕の隣。
・・・・まあ、僕が見なければいい話だ。
と無理やり自分を納得させる。
「なあ、もしかして妖怪には恥じらいって感情無かったりするのか?」
「場合によるな。獣の様な姿を普段からしている者にはないが、常時人の形を保っておるあやかしにはあるぞ」
へー。
「なんじゃ、妾だって誰彼構わず共に風呂に入るわけではないぞ?」
「まだ出会って一日も経ってない僕はその誰彼に入らないのかい?」
「だって、夫婦じゃし。この先上手く付き合って行くには裸の付き合いというものが大切じゃろう」
そう言えばそうでしたね。それでもやっぱり心の準備ってやつが必要なんですよ。
「ふむ、うぬよ、服越しで気が付かなかったが、おぬし随分と身が細いの」
「・・・っ・・っすね」
「ん?どうかしたか?」
「なんでも無いですぅ・・・」
彼女が僕の体を興味深そうに触る。くすぐったいし、なんか恥ずかしい。
必死に彼女を視界に入れまいとしていたのに関わらず、彼女は僕の目の前に立ち、しきりに僕の体を観察する。念の為腰にタオル巻いておいて良かったよホント。
「薄々思ってたのじゃが、お主かなり中性的じゃの。その男にしては長い髪の毛もやけに肌白い体もおなごっぽいのじゃが、極めつけはその顔じゃの」
僕の顔に狐が手を当てる。
「妾、人間は基本ただの飯に過ぎんと考えていたのじゃ。しかし不思議とお主からは人間特有の邪気を感じん。恵まれた顔立ちをした人間は清く育つのかの?」
首を傾げる。
確かに僕の顔は、多分かなりかっこいいというか可愛いと言うか、そういう恵まれた方の部類に入ると自負している。
が
「むしろ汚くなると思うぜ。容姿が優れていると人の好意の目に晒されるか、邪険にされるかの二択だからな。容姿が良いってだけで対等に扱ってくれるやつは減るんだ、だから人付き合いには苦労する」
それに、と興味深げに眉をひそめる狐を尻目に続ける。
「人間ってのは、出た杭を徹底的に排斥するんだ。自分らじゃ理解できないものを、遠ざけようとする。理解ができないものを、理解しようとせず遠ざける」
だから。
「僕は人間が嫌いだ」
「なるほど。何やら良く知った口ぶりじゃったが、過去に何かあったのか?」
「・・・・・・・・・」
・・・・・・・・。
「まあ、詳しいことは聞かぬよ。気が向いたらそのうち教えてくれ」
「了解だ」
薄く笑って答える。
「ええい、暗い顔をするな、湯が冷めるじゃろて」
「ははっははは!!やめ、止めてぇぇー・・。ははははは!!!」
突然、僕の脇を両腕でくすぐる。
「それで良い。せっかく良い顔をしているのじゃ、笑っておれば良いのじゃ。といっても妾には及ばぬがな」
「ふぅ・・・。あんたに及んだら僕はアイドルにでもなるさ」
目の前の、美人九尾が笑う。
「あ、そうじゃ。明日の話でもしておくかの」
僕の背中をタオルでこすりながらいう。
「明日?そう言えば働いてもらうとか言ってたな。なんの仕事をするんだ?」
「妾の手伝いじゃ」
「ほう」
お手伝いとな。
「言ったと思うがの、妾は妖怪の王じゃ。馬鹿共が何かをやらかさないよう管理する義務がある。白には妾の補助をしてもらう」
「了解した。ムジナ?の方に手伝ってもらわないのか」
そのうち批魅が帰って来ると先程言っていたがまったく音沙汰がない。
「やつには別件を頼んであってに。予定通りなら今日までに片付いて帰ってくるはずじゃったが、帰ってこんという事はなにかトラブったのであろうて。まあ帰ってき次第、批魅にも手伝ってもらう予定じゃ」
妖怪も大変そうだ。僕のイメージだと妖怪は人を騙したり食べたりするだけで遊び呆けているのだとおもっていたのだけれど、人間と変わらず仕事に追われているのか。
「大変だねぇ」
「他人事みたいにいいおって。明日から貴様も我の手伝いをするのじゃぞ。まあ覚悟しておくのだな」
「了解でぇっす」
僕の気の抜けた返事に、笑みを浮かべながら頭を叩いて返す。
「では上がるとするかの」
泡だらけの僕の体にお湯を掛けて流す。
「了解。あ、先上がって。流石に同じ場所で着替えるのは恥ずかしい」
「ふむ。まったく何を恥ずかしがっておるのじゃ。仕方ないのう」
と呟いて風呂場を後にする。
「着替えるのが遅いのう、白よ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ドライヤーを使いたいならここに座れ」
と言って狐は自身の膝をポンポンと叩く。
嫌、待ってくれ。
「なんで下着しか着てねぇんだよ・・・」
「細かいことは気にするな、ほれ、こっちにこい」
言われるがままほとんど全裸の狐の近くに行き、あぐらの隙間に入るようにして座る。
大事なところしか隠れていない。
はぁ・・・・。まあ、裸よりかはまだいいかぁ・・。
狐がドライヤーを手にして僕の頭を乾かす。
「にしても白よ。うぬ、女性の裸体を見てもあまり動じぬな。つまらぬ」
「心配しなくても動じてますよ・・・・。無理やり見ないようにしてるんです」
「なぜ見ぬのじゃ。年頃の男なのじゃから性の猛りを妾にぶつければ良いものを」
できるかそんな事。
「まあ、気が向いたら、考えさせてもらうよ」
髪を乾かし終わったのか、今度はくしで僕の髪をとく。
「ではなるべく早くその気になってくれると助かるの」
「あんまり期待しないでね」
「断る」
「うへぇ〜」
「では、寝るとするか」
狐の部屋にふたたび戻る。
「やっぱ一緒に寝るんすね。分かってたけど」
「うむ。妾の抱きまくらになれるのじゃ、光栄に思え」
「それはどうも、ありがたいね」
狐が布団に寝転ぶ。そう言えば、誰かと一緒に眠るのはいつぶりだろう。というか、誰かとこんなに話したのもいつぶりだろう。一人での朝、一人での夜。何かをする時、進んで一人になろうとする僕が、誰かと一緒にいることを快く思うのは何故だろう。
「ほれ、はようこい」
寝転んだまま、こちらに向けて腕を広げる。
飛び込んでこいという意思表示だろうと受け取る。
「はいはい」
そう言い、ベッドに入ろうとする僕の腕を掴み
「これでよし。では眠るとするかの」
本当に抱きまくらのように強く僕を抱く。柔らかく温かい感触が全身を包む。
「じゃあ、おやすみなさい」
「うむ。おやすみじゃ」
突然僕の顔に近づき
「おっと、忘れておった」
「・・・・っ」
キスをした。今度こそ本当の。
「では、改めてお休みじゃ、白」
「まったく・・。おやすみなさい、狐」
今度こそ目をつぶる。
白と狐の一日が終わる。
不器用な九尾と、不器用な人間の、出会いの一日。
始まりが終わっていく。
見えない終わりに向けて、不器用な九尾と出来損ないの人間が共に進んでいく。
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